3,心の友へ、ありがとう

約2,100字(読了まで約6分)



「友だちって言うか、クラスメイトだけど……」


 “たったひとりの友だち”が頭によぎって小さく言い換えたものの、藤乃(ふじの)は気にすることなく部屋のなかをのぞいて「こんにちは」とあいさつした。
 僕はため息混じりに藤乃を部屋へ招き入れる。

 僕の部屋には、勉強机のイスとベッドぐらいしか座れる場所がない。
 だから、藤乃にもベッドへ座るよう(すす)めた。


「初めまして、私は広田(ひろた)藤乃(ふじの)です。お兄ちゃんと友だちになってくれてありがとうございます! うちのお兄ちゃん、いいところいっぱいあるので!」

「初めまして。僕は杉中(すぎなか)葉輔(ようすけ)。うん、(あずさ)はいい人だよね」


 とつぜん僕のプレゼンをし始めた藤乃に、杉中がにこりと笑って答えるのを見て、目をそらす。
 ……杉中は、友だちじゃない。
 僕の友だちはたったひとり、コウタだけだから。


(ね、そうでしょ、コウタ?)


 頭のなかに意識を集中させて、いつものようにコウタへ話しかける。
 けれど、どれだけ待ってもコウタの返事がない。
 最後にコウタと話したのは、何日前のことだっただろうか。

 杉中と仲良くなるにつれて、コウタと話す機会がずいぶんと減った。
 それに気づいて、意識的にコウタへ話しかけるようになってから、僕の胸には不安とあせりがうず巻いている。
 ――コウタの声が、聞こえなくなったから。


「……が、サイン本です」

「ありがとう。……かったんだ」


 2人の会話に、意識が向かない。
 どうしてコウタは返事をしてくれないんだと奥歯をかんで、さらに集中するために目をつぶった。


(コウタ。ねぇ、コウタ。聞こえてないの? おねがいだから、返事をしてよ)


 頭のなかには、僕の思考しか浮かばない。
 コウタのしゃべり声が浮かんでこない。


(なにか、怒らせちゃった? ごめん、ごめんね。僕はコウタと仲直りしたい。だから、返事をして)


 きっとそういうことではないと、頭のどこかではわかっている。
 けれど、認めたくない。


「……で、ずっとそばにいた友だちの幽霊が消えちゃうんですよね」


 コウタが消えてしまったかもしれない、なんて。


「うん。もう二度と会えなくなってしまうんだけど、生きる力をもらって、晴れやかな気持ちで別れを告げるんだよね」

「……友だちが、消えて。晴れやかな気持ちになんて、なるもんか……!」

「「え?」」


 心をゆさぶられて思わずこぼした言葉が、2人を振り向かせる。


「大事な友だちなんだ……たったひとりの……!」


 声をしぼり出して、僕は両手で頭を抱えた。
 幻のように消えてしまった友だちを追い求めて、にじみ出す(なみだ)をこらえながら(コウタ、コウタ!)と呼びかける。
 自分の内側、その奥深くへと入りこむことに必死な僕に、杉中と藤乃を気にかける よゆうは なかった。


****


 僕がまたひとりぼっちになれば、あのころのように切実に求めれば。
 そう考えて、学校にも行かず、部屋からも出ず、ずっとコウタへ呼びかけるようになってから、どれくらいの日数が経過したのだろう。
 ぼうっとする頭では、なにもわからない。

 コウタを失うくらいなら、ふつうの友だちなんていらない。
 杉中と、他のクラスメイトと仲良くなりたいなんて、もう思わない。
 だから。


(だから、お願いだよ。返事をしてよ、コウタ……消えたりなんてしないで。いなくならないで)


 瞳からあふれ出す涙が、まくらに しみこんでいった。

 杉中と話すようになって、あっさりと大事な友だちをないがしろにした僕に、コウタは愛想(あいそ)を尽かしたのだろうか?
 わからない。コウタが今なにを考えているのか、わからなくなってしまった。
 こんな僕だから、コウタは……。


「――梓。元気を出してくれないか」


 ギュッと目をつぶると、部屋の外からくぐもった声が聞こえて、心臓が大きくはねた。


「コウタ……?」

「人間、ご飯を食べないと死んでしまうぞ。俺は、梓が心配だ」


 聞こえるはずがない声。
 けれどたしかに、“コウタ”がしゃべっている。
 僕は急いで布団のなかから出て、もつれる足で部屋の扉にかけ寄った。冷たいドアノブをにぎって、内側に扉を引く。

 僕が期待したのは、どんな姿だったのだろう。


「……藤乃?」


 ――そこに立っていたのは、藤乃だった。


「あ……お兄ちゃん。ごめんね、よけいなことかもしれないけど……そういえば昔、おじいちゃんがこうやって しゃべってたなって……」


 なにを言っているのか、理解できなかった。
 けれど、一拍遅れて飲みこむ。


「コウタくん……私も、好きだった」


 あれは、藤乃の声だったんだ。
 胸に(らく)たんが広がるのと同時に、目の前の暗闇に光が差したような気持ちになった。
 たしかにコウタなら、こんな僕のことも心配してくれるんだろうな、と思えたから。

 もし、今の藤乃の言葉をコウタが聞いていたなら、きっと――。


(さっきの、俺のまねか? なかなか似ていたなぁ。なぁ、梓!)

「え……コウタ?」

「え?」


 藤乃がきょとんとした顔で僕を見つめる。藤乃がしゃべったんじゃない。


(どうした、梓。そんな、ぽかんとした顔をして)


 ……たしかに聞こえる。
 コウタが、しゃべっている。僕のなかで。


ありがとうございます🍀

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