2,心の友へ、ありがとう

約2,200字(読了まで約6分)



「はあ……」

(おつかれ。よく がんばったな)

(ありがとう……次からは、藤乃(ふじの)に自分で行ってもらおう……)


 クラスメイトがバイトしてるんじゃ、今後この本屋には行きづらくなる。
 マンガの続きが買えるのはいつになるか。


(まぁ、せっかくショッピングモールに来たんだ。気持ちを切り替えて、他の場所も見て行かないか?)

(……そうだね。そうしよっか)


 僕は力なく答えて、コウタと話をしながら本屋を離れた。



 コウタとまた話せたと口にしたとき、父さんと母さんは深刻(しんこく)な顔をした。
 電話でもしたのか、家にかけつけたおばあちゃんは、僕と扉を1枚へだてた向こう側で「おじいさんのせいで……」と父さんたちに あやまりたおしていて。
 おじいちゃんもコウタも、決してわるい存在なんかじゃないのに、と(なみだ)がこぼれた。

 だから僕はそれ以来、二度とコウタの存在を口にせず、彼と日々を過ごしていることが周りの人に知られないよう、細心の注意をはらっている。



 翌週の月曜日、いつもどおり予鈴の5分前に教室へ来た僕は、ゲームをして時間をつぶすために、ポケットからスマホを取り出した。


「おはよう、広田(ひろた)くん」

「……え、あ、おは、よ……」


 横からかけられた声にびっくりして、どもったあいさつを返す。
 顔を向けた先にいたのは杉中(すぎなか)だった。


(ほう、学校でも声をかけてくるとは。(あずさ)、杉中とは仲良くなれるんじゃないか?)

(えぇ……冗談(じょうだん)でしょ)


 土曜日にぐうぜん会ったからって、教室でも話しかけてくるとは、僕も思ってなかったけど。


「広田くんって、いつもスマホで何してるの?」

「え……ゲーム、だけど」

「へぇ、そんなにおもしろいの? よかったら僕にも教えてくれない? なんていうアプリ?」


 杉中は友だちに向けるような笑顔を浮かべて、ズボンのポケットからスマホを取り出す。
 ぎょっと目を()きそうになるのをこらえて、僕は自分のスマホに視線をもどした。

 どうして杉中が僕に話しかけてくるのかわからない。


「ごめん……あの、ただのまちがい探し……」

「まちがい探し? 僕も好きだよ。広田くんって頭を使うゲームが好きなの?」

「う……ん」


 こういうのなら、コウタともあそべるから、とは言えないし。
 言葉をにごすと、杉中は僕にスマホの画面を見せてくる。


「このアプリは知ってる? 電車を待ってるときとか、僕、よくやってるんだけど」

「や……知らない」

「じゃあ ためしにやってみる? かんたんに言えば、一筆書きってやつなんだけど」


 杉中はスマホを引っこめてから、もう一度僕に見せてきた。
 ステージ1と書かれた画面を見て、ためらいながらスマホを受け取る。


「2つの星をつなぐんだ。このボックスのなかを全部埋めるように」

「ん……」


 説明を聞いて、チュートリアルステージと思わしき かんたんな問題を解いた。
 横から“次のステージへ”というボタンを押す杉中によって、僕は次々と問題を解くことになる。


「広田くんって頭いいね。僕、このステージから詰まるようになったんだ」

「そう、なんだ……」


 口下手な返答でも気にすることなく、杉中はよくしゃべった。
 おかげで、気づいたら予鈴が鳴っていて。


「あ、そういえば けっきょく、まちがい探しアプリの名前聞いてなかったね。あとで教えてくれる?」

「あぁ、うん……」


 また話す約束をして、自分の席にもどる杉中を見送ってから、すこし心が浮足立(うきあしだ)っていることに気づく。
 クラスメイトとこんなに話しこんだのは何年ぶりだろう。
 それも、授業とか、委員会の仕事とか、必要にせまられた会話じゃない。

 ただの雑談。楽しむためだけの、意味のないもの。
 そんな会話を、コウタや家族以外の人としたのは、ひさしぶりだった。


****


 杉中と話すようになって、2週間ほどが経った。
 僕は学校で声を出す機会が増えて、帰りに杉中とおなじ電車に乗ったり、今までより5分くらい早く登校するようになったりと、日常に変化が出ている。
 学校に行くのが楽しくなった。それは、一見いいことに思えるかもしれない。

 でも、今の僕には なやんでいることがあって……。


「梓? 大丈夫?」

「……え? あ、あぁ、ごめん、ちょっとぼーっとしてた……」


 いつかのタイミングで、“呼び捨てでいいよ”と言ったら名前で呼んでくるようになった杉中が、僕の顔をのぞきこんでくる。
 前よりずいぶんとまともな返答ができるようになった僕は、目の前に現れた顔にびっくりしつつ、自分の部屋のなかに意識を戻した。

 今日は、バイトが休みだと言う杉中を家に連れて来ている。
 その目的は、藤乃が持っているサイン本を杉中に見せること。
 本屋でバイトをしているのも、本好きが(こう)じて、と言う杉中は、不意にこぼした“妹がサイン本を持っている”という話に食いついてきた。


「お兄ちゃん、持ってきたよ」


 部屋の扉がコンコンとノックされたのを聞いて、イス代わりにしていたベッドから立ち上がる。
 扉を開けに行くと、部活から帰ってきたばかりの藤乃が、青い表紙の本を持って廊下(ろうか)に立っていた。


「ありがとう」

「ううん。……ね、お兄ちゃん、私もお兄ちゃんの友だちと話していい……っ!?」


 茶色いフレームのウェリトンメガネをかけた藤乃は、声をひそめながら僕を見つめる。
 ボブヘアにかこまれた瞳はらんらんと輝いていた。
 僕がクラスメイトを家に連れて来ることなんてなかったから、父さんや母さんのように僕を心配していた藤乃は、この状況がうれしいのかもしれない。


ありがとうございます🍀

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