1,心の友へ、ありがとう
姿はなく、声をひびかせることもない。
けれどよく笑い、よく怒って、たまに泣く、たったひとりの僕の友だち。
彼の名前は、コウタと言う。
赤く染まった落ち葉を踏んで、
(なあ、
頭のなかに、僕のものではないしゃべり声が浮かんで、毎日欠かさずにつけているマスクをつまんだ。
鼻の頭がすっぽり隠れるように位置を直すと、目的の本屋があるショッピングモールへ入る。
(読みたいマンガでもあるの?)
歩きながら頭のなかで言葉を返せば、コウタは(それは本屋で探す!)と元気よく答えた。
マスクのなかで、思わず笑う。
高校2年生、人見知りで人付き合いが苦手な陰キャ男子、
学校へ行ってもクラスメイトとは一言二言話すだけ、一緒に遊ぶような仲のいい友だちはいない。
目の上ギリギリまで伸びた、表情が読みにくいマッシュヘアも相まって、周りの人には暗いやつだと思われているだろう。
それでもかまわない。僕には、コウタというかけがえのない友だちがいるから。
(
(“
土曜日の今日、ショッピングモールへ来たのは、2つ下の妹が今日発売の新刊を欲しがっていたからだ。
その妹は、今ごろ部活に打ちこんでいることだろう。
エレベーターに乗って2階に来た僕は、角にある本屋を目指して人混みのなかを歩いた。
(そうだ、それだ。その小説もおもしろそうだよなぁ。藤乃が読み終わったら貸してもらわないか?)
(うん、そうだね)
コウタに同意したあと、本屋に入って小説コーナーを練り歩く。
ならんだ背表紙のタイトルにざっと目を通していると、藤乃から送ってもらった画像とおなじ表紙の本が たなに置かれていた。
見つかってよかったと思いながら手を伸ばし、1冊取る。
そのあとは、コウタの要望どおりマンガコーナーに移動して、これがおもしろそうだ、と言い合いながらマンガをながめた。
僕にコウタを紹介してくれたのは、おじいちゃんだった。
小学校に入って、友だちができないと泣いていた僕に、おじいちゃんが演じてみせてくれた、たったひとりの友だち。それがコウタだ。
他人にもわかりやすく言うなら、イマジナリーフレンドというところだろう。
4年前におじいちゃんが病気で亡くなってしまったとき、僕の友だちも とうぜんのように消えてしまった。
大切な人を同時に失った僕は、色をなくした日常の中で、日々さみしさを感じながら、“コウタがいたら今、なんて言うだろう”と考え続けた。
考えて、考えて、考え続けた結果――。
(なあ、梓。暗い顔ばかりしているな。じいちゃんが心配して天国に行けないだろう?)
コウタは僕のもとに、帰ってきてくれた。
「いらっしゃいませ。……って、あれ、広田くん?」
「……え?」
藤乃にたのまれた小説と、コウタと選んだマンガを1冊ずつ持ってレジへ来た僕は、店員さんに名前を呼ばれて顔を上げる。
カウンターの向こうでエプロンをしていたのは、おなじクラスの
「あ……えっと」
「ぐうぜんだね。こっちのほうに住んでるの?」
「……うん」
センター分けのミディアムヘアに、ぱっちりとした二重の瞳。
目元の印象がはっきりしている杉中は、薄い唇のはしを上げて僕に笑いかけてくる。
(やばい、どうしよう、コウタ……まさかクラスメイトに会うとは思わなかった)
目を合わせたのは一瞬だけ。
すぐに視線を落とした僕は、心臓をバクバクさせながらコウタに話しかけた。
電車通学している生徒はそれなりにいるとは言え、おなじ駅で乗り降りする人なんて見かけたことがなかったのに。
(落ち着け。ただのクラスメイトだろう。俺もついているんだし、そんなに
コウタになだめられて、すこしだけ落ち着く。
「そっか。僕はとなりの駅なんだ。春からここでバイトしてるんだけど、会うのは初めてだね」
「あぁ……あんま、来ないから……」
「そうなんだ。あ、この小説、今日発売のやつだよね。広田くん、本好きなの?」
本のバーコードを読み取りながら、杉中は絶えることなく話しかけてくる。
きっと、人付き合いが得意なんだろう。
僕は乾燥したのどを震わせて、「や……」と声を発した。
「それは妹の代わりに、買いに来たやつで……」
「へぇ。妹さんは読書好きなのかな。広田くん、やさしいね」
「そんなこと……」
あぁ、いつもこうだ。
話しかけられても、なんて答えればいいのかわからない。
そして、うまく答えられずにいるうちに、みんな離れていく。
(俺と話すみたいに、気楽にしゃべればいい)
(コウタみたいになんて、無理だよ……)
コウタに弱音を吐きながら、なんとか杉中と話をして会計を済ませると、僕は「またね」という杉中に小さくあいさつを返して、そそくさと本屋を出た。
(※無断転載禁止)