禁断の想いを、演技に隠して。

7,いつもと違う演技

約2,100字(読了まで約6分)



「ゆ、祐介(ゆうすけ)先生、ずっと好きでした。付き合ってください……!」


 声はふるえるし、どもるし、本当に佐々木(ささき)先生のことが好きだってバレないか、そんな心配が頭のなかをかけめぐる。
 だけど。


「“藤田(ふじた)さん……でも、僕たちは生徒と教師です。付き合うことはできません”」


 佐々木先生の返しがいつもよりそっけなくて、あれ?とそっちのほうが気になった。
 ふつうに会話をしているような自然さは充分にある。
 でも、国語準備室でやっていたときのような、プラスアルファの感情が乗っていない。


「それくらいのこと、分かってます。それでもがまんできないくらい、祐介先生のことが好きなんです。だから、私のことを見てください――」


 出鼻をくじかれて、緊張(きんちょう)がしぼんだように、私もいつもより感情がこもっていない、ただの“演技”をした。
 どうして佐々木先生は今日に限って、手を抜いた演技をしてるんだろう?
 それがふしぎでしかたなくて、心のなかでずっと首をかしげながらセリフのやりとりを重ねる。


「――祐介先生と、両想いのままいられるなら」

「“それじゃあ、僕と付き合ってください。藤田さん”」

「よろこんで」


 最近の台本読(ほんよ)みでは一番好きなラストシーンでも、佐々木先生はいつものように愛されていると錯覚(さっかく)するリアルな演技を見せてくれなかった。
 私は笑みを浮かべながらも気持ちをこめられず、最初のころのように、ただのセリフを口にする。


「祐介さん。好きです」

「“僕も、好きだよ”」


 にっこり笑いかけて答えてくれた佐々木先生は、そのまますこし静止して、私から視線をそらした。
 私も佐々木先生が見ているほう……みんなが座っているほうを見ると、パチパチと拍手が起こる。



「いいじゃないか。藤田、すこし上手くなったか?」

「佐々木先生がこんなに演技上手いって知らなかった~!」

「本当の先生と生徒でやるとなんかドキドキしちゃうね」


 口々に感想が飛んできて、私は「あ、ありがとう……ございます」と答えながら、チラッと佐々木先生を見た。
 主に自然な演技力をほめられている佐々木先生は、笑顔を浮かべながらみんなに(こた)えている。


「――みんなも、書きたいと思ったら自由に台本を書いてみろ。先生が見てやる」


 小林(こばやし)先生がそんなふうにまとめて、私の台本読みについては終わった。
 佐々木先生も「それじゃあ、失礼します」とあっさり部室を出ていって、2人で話すひまもなく。
 劇部(げきぶ)でこれから練習するのは、相変わらず魅力的(みりょくてき)に感じない、文化祭でやる予定の劇。
 小林先生には、“さっきの台本読みみたいに真剣にやれ”なんて怒られながら、私は夕暮れまで部活に打ちこんだ。


****

 翌日の休み時間。
 授業を終えてうちの教室から出ていこうとする佐々木先生を、私はこっそり呼び止めた。


「あの、佐々木先生」

「あぁ、藤田さん。準備室に行きますか?」

「あ、はい……!」


 ほほえんでさそわれ、とっさにうなずいたものの、演劇部でのお披露目(ひろめ)も終わった私の台本は、もう役目を終えたはず。
 他に練習しなきゃいけない演目があるし、上演されることもない劇をこれ以上練習する理由はない。
 なにより私、今台本持ってないし。

 教科書を持った佐々木先生のうしろを手ぶらでついていき、しずかな国語準備室に来た私は、「昨日はおつかれさまでした」と話しかけられて顔を上げた。


「あ、佐々木先生こそ。あの、今まで台本読みに付き合ってもらって、ありがとうございました」

「いえ。また新しい台本を書いたら、ぜひ先生にも見せてください」

「は、はい……えぇと、その」


 にこやかな顔をしている佐々木先生をおずおずと見つめて、私はためらいながら気になっていたことを尋ねる。


「佐々木先生、昨日はなんで、いつもと演技が違ったんですか……?」

「あぁ……すみません、僕のせいでやりづらかったですよね」

「い、いえ、そんなことは!」

「藤田さんの演技力が充分に発揮(はっき)されていなかったのは、もったいなかったなと思っていました」


 私のは、演技力というか、本気の気持ちなんだけど……。
 純粋な演技力でいったら、昨日はむしろよくできてたほうだ。
 目を伏せた佐々木先生は、自分を卑下(ひげ)するように笑って、口を開いた。


「以前も言ったように、僕は役者として特にすぐれているわけではありません。ここで藤田さんと台本読みをしていたあいだは……特別なことをしていました」

「特別なこと……?」

「僕がしていたのは、きっと演技ではありません。だから、人前でいつも通りやることはできなかったんです」


 演技じゃないって……どういうこと?
 佐々木先生が言ってることがよく分からなくて眉を下げると、伏せたまぶたを開けた佐々木先生が、私を見つめて笑う。


「ズルがバレては、職を失ってしまいますから。藤田さんの演技力に、飲まれてしまったんです。僕は教師としてもすぐれていませんでした」


 佐々木先生の言葉は、大事なキーワードを隠しているようにふわっとしていて、意味が分かりづらい。
 国語が苦手な私に、隠された言葉を見つけ出すことなんてできなくて、私は頭を悩ませたあと、決意とともに佐々木先生を見つめた。


ありがとうございます💕

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