禁断の想いを、演技に隠して。
7,いつもと違う演技
「ゆ、
声はふるえるし、どもるし、本当に
だけど。
「“
佐々木先生の返しがいつもよりそっけなくて、あれ?とそっちのほうが気になった。
ふつうに会話をしているような自然さは充分にある。
でも、国語準備室でやっていたときのような、プラスアルファの感情が乗っていない。
「それくらいのこと、分かってます。それでもがまんできないくらい、祐介先生のことが好きなんです。だから、私のことを見てください――」
出鼻をくじかれて、
どうして佐々木先生は今日に限って、手を抜いた演技をしてるんだろう?
それがふしぎでしかたなくて、心のなかでずっと首をかしげながらセリフのやりとりを重ねる。
「――祐介先生と、両想いのままいられるなら」
「“それじゃあ、僕と付き合ってください。藤田さん”」
「よろこんで」
最近の
私は笑みを浮かべながらも気持ちをこめられず、最初のころのように、ただのセリフを口にする。
「祐介さん。好きです」
「“僕も、好きだよ”」
にっこり笑いかけて答えてくれた佐々木先生は、そのまますこし静止して、私から視線をそらした。
私も佐々木先生が見ているほう……みんなが座っているほうを見ると、パチパチと拍手が起こる。
「いいじゃないか。藤田、すこし上手くなったか?」
「佐々木先生がこんなに演技上手いって知らなかった~!」
「本当の先生と生徒でやるとなんかドキドキしちゃうね」
口々に感想が飛んできて、私は「あ、ありがとう……ございます」と答えながら、チラッと佐々木先生を見た。
主に自然な演技力をほめられている佐々木先生は、笑顔を浮かべながらみんなに
「――みんなも、書きたいと思ったら自由に台本を書いてみろ。先生が見てやる」
佐々木先生も「それじゃあ、失礼します」とあっさり部室を出ていって、2人で話すひまもなく。
小林先生には、“さっきの台本読みみたいに真剣にやれ”なんて怒られながら、私は夕暮れまで部活に打ちこんだ。
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翌日の休み時間。
授業を終えてうちの教室から出ていこうとする佐々木先生を、私はこっそり呼び止めた。
「あの、佐々木先生」
「あぁ、藤田さん。準備室に行きますか?」
「あ、はい……!」
ほほえんでさそわれ、とっさにうなずいたものの、演劇部でのお
他に練習しなきゃいけない演目があるし、上演されることもない劇をこれ以上練習する理由はない。
なにより私、今台本持ってないし。
教科書を持った佐々木先生のうしろを手ぶらでついていき、しずかな国語準備室に来た私は、「昨日はおつかれさまでした」と話しかけられて顔を上げた。
「あ、佐々木先生こそ。あの、今まで台本読みに付き合ってもらって、ありがとうございました」
「いえ。また新しい台本を書いたら、ぜひ先生にも見せてください」
「は、はい……えぇと、その」
にこやかな顔をしている佐々木先生をおずおずと見つめて、私はためらいながら気になっていたことを尋ねる。
「佐々木先生、昨日はなんで、いつもと演技が違ったんですか……?」
「あぁ……すみません、僕のせいでやりづらかったですよね」
「い、いえ、そんなことは!」
「藤田さんの演技力が充分に
私のは、演技力というか、本気の気持ちなんだけど……。
純粋な演技力でいったら、昨日はむしろよくできてたほうだ。
目を伏せた佐々木先生は、自分を
「以前も言ったように、僕は役者として特にすぐれているわけではありません。ここで藤田さんと台本読みをしていたあいだは……特別なことをしていました」
「特別なこと……?」
「僕がしていたのは、きっと演技ではありません。だから、人前でいつも通りやることはできなかったんです」
演技じゃないって……どういうこと?
佐々木先生が言ってることがよく分からなくて眉を下げると、伏せたまぶたを開けた佐々木先生が、私を見つめて笑う。
「ズルがバレては、職を失ってしまいますから。藤田さんの演技力に、飲まれてしまったんです。僕は教師としてもすぐれていませんでした」
佐々木先生の言葉は、大事なキーワードを隠しているようにふわっとしていて、意味が分かりづらい。
国語が苦手な私に、隠された言葉を見つけ出すことなんてできなくて、私は頭を悩ませたあと、決意とともに佐々木先生を見つめた。
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