禁断の想いを、演技に隠して。
5,溶ける境界線
っていうか、
私のこれはただ
人前で演じるとか、ぜんぜん想定してないんだけど!?
「前に演劇をかじってたことがあると言ってたじゃないですか。
おたがい
「はい……分かりました」
「えっ! ……~~っ、わ、分かりましたっ、やりますけど、もうすこし練習する時間をください!」
「はははっ、あぁ、いいぞ。それなら1週間後に部活で
「は、はい……失礼しました、佐々木先生」
「あ、いえ」
数学の先生は佐々木先生にあやまってこの場を離れていった。
私はきげんよく笑っている小林先生に見送られながら、佐々木先生と一緒に職員室を出る。
しずかな
「あの、佐々木先生……迷惑をかけて、すみませんでした……」
「いえ。藤田さんのせっかくの挑戦ですから、僕も付き合いますよ。1週間後に向けて気持ちを作らないといけませんね」
苦笑いをする佐々木先生を見て、きらわれたかなと不安に思う。
私、面倒なことばっかりお願いしてるし……佐々木先生は演劇部の
「……ごめんなさい、面倒なことをたのんで」
「え……」
視線を落としてあやまると、すこしのあいだ
「面倒なことではありませんよ。僕は“先生”ですから、生徒にたよられるのはうれしいことです」
「佐々木先生……」
「それに、藤田さんのおかげで、また演劇に触れることができました。これでも、学生時代は演劇に情熱をかけていたんです」
顔を上げた先で、佐々木先生が廊下の先を見つめてほほえんでいるようすが見える。
“これでも”なんて言葉が似合わないくらい、佐々木先生が演劇をやっていたのは、演技力で分かるけど。
「……佐々木先生は、どうして演劇をやめちゃったんですか?」
「……これ以上ない舞台を演じられたと思ったのに、大会で負けてしまったんです。自分には才能がないんだと痛感したら、つらくなってしまって」
「才能がないなんて……」
「すみません、生徒に聞かせる言葉ではありませんでしたね。でも、藤田さんには才能を感じます」
佐々木先生が私を見てほほえんだ。
やさしいまなざしに、ドキッとする。
私だって、特に演技が上手いとか、そういうわけじゃないんだけど……。
「がんばってくださいね。応援しています」
好きな人にそう言われたら、がんばろうって気持ちが湧いてくる。
だから私は、にじみ出る笑顔を佐々木先生に向けて、感謝を告げた。
「ありがとうございます。……よかった、私、迷惑かけて佐々木先生にきらわれちゃったかなって思いました」
「きらうなんて、そんな」
「“
眉を下げながらも、冗談めかして名前で呼ぶと、佐々木先生はメガネの奥で瞳をゆらして、私の頭に手を伸ばす。
「泣かないで。俺はきらってないから。藤田さんには、明るく笑っていて欲しい」
「……え?」
頭をなでられる感覚と、まっすぐ見つめてくる切れ長の瞳、それに敬語じゃない言葉。
一拍遅れてそれらが頭に入ってくると、じわじわと顔が熱くなった。
「佐々木、先生……」
「……あっ」
名前を呼んだら、佐々木先生はハッとしたように手を引いて、あわてて目をそらす。
「す、すみません、役が抜けきらなくて……!」
「い、いえ……っ」
そっか、“役”……!
そうだよね、そうだよね、佐々木先生が素でこんなこと言ってくれるはずない……っ。
……でも、佐々木先生、“俺”って言ってた……。
台本のなかの佐々木先生は、ずっと“僕”なのに……。
今のは“祐介先生”だったのか、“佐々木先生”だったのか。
それが分からなくて、私はバクッ、バクッと
****
Side:
「祐介先生、ずっと好きでした。付き合ってください……!」
本物の恋心を宿したような、熱のこもった瞳を向けられて、頭がクラッとする。
今まで、藤田さんに何回告白されただろう。
彼女が本当に俺に好意を向けているなんて思うのは、演劇の世界に取りこまれすぎだ。
それは分かっている。
分かっているのに、彼女が
「藤田さん……でも、僕たちは生徒と教師です。付き合うことはできません」
なるべく感情を乗せないように答えても、今までと声色が変わってしまったんじゃないかと不安になった。
藤田さんが、13歳も年上の教師を好きになるわけがない。
もし、もし万が一本当に恋心を抱いていたとしても、俺はその気持ちをぜったいに受け入れてはいけない。
(※無断転載禁止)