禁断の想いを、演技に隠して。

5,溶ける境界線

約2,000字(読了まで約6分)


 っていうか、佐々木(ささき)先生と一緒に劇部(げきぶ)の前で台本読(ほんよ)みを……!?
 私のこれはただ妄想(もうそう)をつめこんだものなのに!
 人前で演じるとか、ぜんぜん想定してないんだけど!?


「前に演劇をかじってたことがあると言ってたじゃないですか。藤田(ふじた)も慣れた相手のほうがいいでしょうし、ね?」


 小林(こばやし)先生に肩をたたかれた佐々木先生は、つい、と私へ視線をすべらせた。
 おたがい動揺(どうよう)しきった顔でしばらく見つめ合うと、佐々木先生が先に口を開く。


「はい……分かりました」

「えっ! ……~~っ、わ、分かりましたっ、やりますけど、もうすこし練習する時間をください!」

「はははっ、あぁ、いいぞ。それなら1週間後に部活で披露(ひろう)すること。……うちの藤田がおさわがせしてすみません、そういうわけなので」

「は、はい……失礼しました、佐々木先生」

「あ、いえ」


 数学の先生は佐々木先生にあやまってこの場を離れていった。
 私はきげんよく笑っている小林先生に見送られながら、佐々木先生と一緒に職員室を出る。
 しずかな廊下(ろうか)を歩きながら、私はチラッと佐々木先生を見た。


「あの、佐々木先生……迷惑をかけて、すみませんでした……」

「いえ。藤田さんのせっかくの挑戦ですから、僕も付き合いますよ。1週間後に向けて気持ちを作らないといけませんね」


 苦笑いをする佐々木先生を見て、きらわれたかなと不安に思う。
 私、面倒なことばっかりお願いしてるし……佐々木先生は演劇部の顧問(こもん)でも、私の担任でもないのに。


「……ごめんなさい、面倒なことをたのんで」

「え……」


 視線を落としてあやまると、すこしのあいだ沈黙(ちんもく)が落ちて、佐々木先生のやわらかい声がした。


「面倒なことではありませんよ。僕は“先生”ですから、生徒にたよられるのはうれしいことです」

「佐々木先生……」

「それに、藤田さんのおかげで、また演劇に触れることができました。これでも、学生時代は演劇に情熱をかけていたんです」


 顔を上げた先で、佐々木先生が廊下の先を見つめてほほえんでいるようすが見える。
 “これでも”なんて言葉が似合わないくらい、佐々木先生が演劇をやっていたのは、演技力で分かるけど。


「……佐々木先生は、どうして演劇をやめちゃったんですか?」

「……これ以上ない舞台を演じられたと思ったのに、大会で負けてしまったんです。自分には才能がないんだと痛感したら、つらくなってしまって」

「才能がないなんて……」

「すみません、生徒に聞かせる言葉ではありませんでしたね。でも、藤田さんには才能を感じます」


 佐々木先生が私を見てほほえんだ。
 やさしいまなざしに、ドキッとする。
 私だって、特に演技が上手いとか、そういうわけじゃないんだけど……。


「がんばってくださいね。応援しています」


 好きな人にそう言われたら、がんばろうって気持ちが湧いてくる。
 だから私は、にじみ出る笑顔を佐々木先生に向けて、感謝を告げた。


「ありがとうございます。……よかった、私、迷惑かけて佐々木先生にきらわれちゃったかなって思いました」

「きらうなんて、そんな」

「“祐介(ゆうすけ)先生”にきらわれたら、ショックで泣いちゃいます」


 眉を下げながらも、冗談めかして名前で呼ぶと、佐々木先生はメガネの奥で瞳をゆらして、私の頭に手を伸ばす。


「泣かないで。俺はきらってないから。藤田さんには、明るく笑っていて欲しい」

「……え?」


 頭をなでられる感覚と、まっすぐ見つめてくる切れ長の瞳、それに敬語じゃない言葉。
 一拍遅れてそれらが頭に入ってくると、じわじわと顔が熱くなった。


「佐々木、先生……」

「……あっ」


 名前を呼んだら、佐々木先生はハッとしたように手を引いて、あわてて目をそらす。


「す、すみません、役が抜けきらなくて……!」

「い、いえ……っ」


 そっか、“役”……!
 そうだよね、そうだよね、佐々木先生が素でこんなこと言ってくれるはずない……っ。

 ……でも、佐々木先生、“俺”って言ってた……。
 台本のなかの佐々木先生は、ずっと“僕”なのに……。
 今のは“祐介先生”だったのか、“佐々木先生”だったのか。
 それが分からなくて、私はバクッ、バクッと鼓動(こどう)をひびかせながら、床を見つめて歩いた。


****
Side:佐々木(ささき)祐介(ゆうすけ)


「祐介先生、ずっと好きでした。付き合ってください……!」


 本物の恋心を宿したような、熱のこもった瞳を向けられて、頭がクラッとする。
 今まで、藤田さんに何回告白されただろう。
 彼女が本当に俺に好意を向けているなんて思うのは、演劇の世界に取りこまれすぎだ。
 それは分かっている。

 分かっているのに、彼女が健気(けなげ)に恋心を伝えてくる女の子に見えてしまって、どうしようもない。


「藤田さん……でも、僕たちは生徒と教師です。付き合うことはできません」


 なるべく感情を乗せないように答えても、今までと声色が変わってしまったんじゃないかと不安になった。
 藤田さんが、13歳も年上の教師を好きになるわけがない。
 もし、もし万が一本当に恋心を抱いていたとしても、俺はその気持ちをぜったいに受け入れてはいけない。


ありがとうございます💕

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