禁断の想いを、演技に隠して。

3,想像とは違う台本読(ほんよ)

約2,100字(読了まで約6分)


 “藤田(ふじた)さん……でも、僕たちは生徒と教師です”。
 それが次のセリフだった。
 セリフとまったく違うその返答が、口をついて出た先生の“本音”だと分かってしまって、胸がズキッと痛む。


「……先生、セリフ、違います……」

「え……あ、すみません!」


 うつむいて小さく訂正すると、佐々木(ささき)先生のあわてた声が聞こえた。


「藤田さんの演技があまりにも鬼気(きき)せまっていたもので……もう一度お願いできますか」


 だって、本当に告白したつもりだったから。
 泣きたい気持ちをこらえて、もう一度“セリフ”を口にする。


「……“祐介(ゆうすけ)先生、ずっと好きでした。付き合ってください”」

「藤田さん……でも、僕たちは生徒と教師です。付き合うことはできません」


 台本通りに返ってきた言葉が、鼓膜(こまく)を通った。
 “期待しないで”って言ってたけど、佐々木先生の台本読み、すごく自然だなぁ……。
 さっきの本音を聞いていなければ、本当にこんな会話をしてる気分になってたかも。
 そう思いながら、“先生”と付き合うために一歩を踏み出す、次のセリフを口にした。


「“それくらいのこと、分かってます。それでもがまんできないくらい、祐介先生のことが好きなんです。だから、私のことを見てください――”」


 ただの台本読(ほんよ)みでもよかった。
 そのはずなのに……。

 私は最初のように本気の気持ちをこめることなく、すこしゆううつな気分で台本読みをおこなった。


「“――祐介さん。好きです”」

「僕も好きだよ」


 よどみのない会話の連続を経て、最後のセリフが落とされる。
 うれしかったはずの時間も終わる。


「……ところどころ漢字や言葉の意味を間違えていますが、いい台本だと思いますよ」

「ありがとうございます……佐々木先生から見て、不自然なところはありませんでしたか?」

「うーん……そうですね、たとえばこことか――」


 せめて、本当の佐々木先生だったらどんな言葉を返すのか、それを知りたくて質問した。
 その結果、佐々木先生は私の台本づくりに付き合ってくれることになって。
 私の恋は玉砕(ぎょくさい)したけど、それから佐々木先生と一緒に休み時間を過ごせる日々が始まった。


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Side:佐々木(ささき)祐介(ゆうすけ)

 演劇(えんげき)に出会ったのは、中学1年生のころ。
 役者になる夢をあきらめたのは、高校3年生のころ。
 数字に変えてみれば、俺が演劇に熱中していた時間は、ほんのわずかでしかない。


「祐介先生、ずっと好きでした……付き合ってください」


 俺を見つめて、何度目かの“セリフ”を口にする藤田さんは、本当に告白されていると錯覚(さっかく)するほど、リアルな表情をしていた。
 ほんのり赤くそまったほおも、切なくゆれる瞳も、かんたんに作れるものではない。
 彼女には、俺が欲しかった“才能”があるんだと、生徒相手なのにうらやましく思った。


「藤田さん……でも、僕たちは生徒と教師です。付き合うことはできません」


 何度もくり返し口にして、自然と出てくるようになった声の温度は、きっと藤田さんに引っぱり出されたもの。
 相手を劇の世界に連れこむ力があるのに、勉強が苦手で、台本づくりに苦戦しているようすはかわいらしく、彼女の面倒を見ているここ数日が楽しい。

 学生時代から、ものを教えるのが上手だとか、先生に向いてるとか、よく言われてきた。
 役者になる夢をあきらめたあと、教育大学へ進んだのは、それが理由だ。
 周りにくらべて熱意は少なかった。それでも今、こうして生徒を持つ楽しさを味わうと、この道に進んでよかったと思う。


「――祐介先生ってほんと、真面目ですね。お……お……」


 藤田さんは俺が持たせてもらっている台本をのぞきこんで、ぐぐぐっと眉根を寄せた。
 それから勢いよく顔を上げて、泣きそうな顔で俺を見つめる。


「先生ぇ……これなんて読むんでしたっけ……?」

「ふふっ、“おかたくて”ですよ」

「あーっ! そうだった!!」


 高校2年生としては心配になるものの、教えがいのある生徒は愛らしく思えるのが教師というもの。
 パァッと明るくなる顔も、天真爛漫(てんしんらんまん)な性格が表れていて、ほほえましく思えた。
 彼女の台本づくり、そして台本読みに付き合うようになってから、より“藤田愛(ふじたあい)”という生徒を知って、肩入れしてしまっている自覚がある。


「私、祐介先生の教え方、先生のなかで一番好きです。やさしくて、ぜんぜん怒らないから」

「え……」


 本当にうれしそうな笑顔で言ってくれた言葉が、“アドリブ”なのか、本音なのかつかみかねて、動揺(どうよう)してしまった。
 今まで別の存在と割り切っていたのに、彼女がぐうぜん“祐介”と名付けた教師役の男が、急に自分と重なったように感じる。


「あ、佐々木先生! 佐々木先生でした!」

「あ、あぁ……いえ、僕も“祐介”ですから。ありがとうございます。そう言ってもらえると、僕もうれしいです」


 藤田さんに笑いかけながら、自分を落ちつかせようと努力した。
 生徒に好かれる教師になれていることはうれしい。
 それが特によく面倒を見ている生徒なら、ついやした熱量が返ってきたようで、教師みょうりにつきるくらいだ。


ありがとうございます💕

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