夢の世界で

約2900字(読了まで約8分)


 もう、疲れたんだよな。
 普遍(ふへん)的な言葉にするなら、“頑張る”ってことに。

 俺はさ、どうしても両親の仲を取り持ちたかった。
 理由なんて聞かれても、それが至極(しごく)当然の感情だから、としか言えないけどさ。

 でも、俺がいくら頑張ったって、2人の仲がよくなるなんて、望む結果は出なくて。
 気づいてしまったんだ。
 頑丈(がんじょう)で、どうやっても(こわ)れない壁があることに。
 俺が何をしたって、その壁がある限り現実は変わらないってことに。

 あれは、絶望だったのかな。
 (むな)しさだったのかな。
 それとも、冷静に納得してたのかな。

 ……全部、どうでもよくなった。
 親戚が諦めきってて、積極的に協力してくれなかった理由が分かったよ。

 だって、無駄なんだ。
 何をしたって、無駄なんだ。
 頑張れば頑張るほど、1人で踊り狂う道化師(どうけし)みたいにただ滑稽(こっけい)(みにく)い姿を(さら)すんだ。

 全員と縁を切って、遠くに行きたくなった。


「だから、ここにいらっしゃったんですね」


 あぁ。
 って言っても、説明された今だってよく分からないんだけど。
 この場所のこと。


「無理もありません。現実で生きる人間の皆様には、ただ眠りについたときに見る(まぼろし)としか思われていない世界ですから」


 自分は人間じゃないみたいに言うんだな。
 まぁ、なんか分かるよ。
 ここは変だ。
 感覚ははっきりしてるのに、どこにいるか分からない。
 まるで起きたまま夢でも見てるみたいだ。


「ふふ……(まさ)しく。ところでお客様、こちらの品物はいかがですか」


 なんだ、これ?
 紫色の、ビー玉?


「口の中に入れると、ゆっくりと溶ける性質を持っています」


 ふぅん……チョコか(あめ)みたいだな。


「あぁ、そうでした。そちらでは飴と呼ばれるものに近い食感をしていますよ」


 へぇ。
 これはいくらなんだ?


「対価は必要ありません。ここへ来た人間の方には、サービスの品を提供する。ここはそういう場所なのです」


 サービスねぇ……。


「お客様は対価を支払うことに慣れていらっしゃるようですね。では、お客様がご自宅へ帰られた際に5円を頂戴(ちょうだい)してもよろしいですか?」


 5円?
 たったの?


「はい」


 ……まぁ、それなら。
 もらうよ。


「ぜひ。そちらの品には、心が(ほぐ)れるリラックス効果があります」


 リラックスか。
 今の俺には、必要なものかもしれないな……。
 いただきます。


「どうぞ。ところでお客様、先ほど聞かせていただいたお話ですが」


 ん、なんだ?


「“頑張れば頑張るほど、1人で踊り狂う道化師(どうけし)みたいにただ滑稽(こっけい)(みにく)い姿を(さら)す”……そう(おっしゃ)いましたね」


 あぁ。
 そうだろ。
 今まで俺がしてきたことは無駄だったんだ。
 なんの意味もなかった。
 現実は、変わるわけがないんだから。


「現実は、そうだったかもしれません。ですが、お客様は無為(むい)なことをしたのではないのです」


 ……あんた、俺のことなんて知らないだろ。


「えぇ。お客様がとても頑張っていたことだけ、お(うかが)いしました。だから分かるのですよ」


 ……一体何が?


「お客様が、(たた)えられるほど素晴らしいことをなさったということが」


 ……やっぱ、あんたは分かっちゃいない。
 俺がやったことは無駄だったんだ。


「お客様が望む結果が出なかったから、でしょうか? 世界とは、雑多な生き物が作り出すもの。個人に優しいことばかりではありません」


 ……分かってるよ。


「人間とは不思議な生き物です。世界が1人に優しくなくても、他の誰かがその1人を想えば、全て(むく)われる」


 全て、ってのは言いすぎじゃないか?


「ふふ、時と場合によるかもしれませんね」


 あんたなぁ……。


「失礼しました、適当なことを言いたいのではないのです。一度(ひとたび)心に闇を抱えれば、もう手を尽くすことができない私達のように、不便な生き物でなくてよかった、という意味ですよ」


 私達のように?


「あぁ、お気になさらず。お客様はご自身がなさったことが全て無駄だったと思っていらっしゃるのですよね」


 ……あぁ、そうだろ。


「望んだ結果が(ともな)わなくても、お客様が現実をよくするために頑張ったということは、とても素晴らしいことなのです」


 そんなの、綺麗(きれい)ごとじゃないか……。


「いいえ。ただの事実ですよ。お客様は素敵なことをしたのです。価値がなかったと思っているのはお客様だけ」


 あんたに、何が分かるんだ……。


「お客様が素晴らしく素敵な頑張りをされた、(とうと)いお方だということが」


 ……()めすぎだよ。
 俺は、結局何もできなかったんだ……。
 どうすることも、できなかったんだ。


「目の前にありますから、気にしない、ということは難しいかもしれません。ですが、結果にばかり(とら)われて、大切なものを(ないがし)ろにしないでください」


 ……大切なものって。


「お客様ご自身です。そして、お客様がなさってきたことも同じく」


 ……。


「無駄などではありません。お客様のご両親が、衝突(しょうとつ)などしなくていいように、仲を取り持ってあげようとなされたのですよね」


 ……あぁ。


「そうしようとするのは、“至極(しごく)当然の感情”だと(おっしゃ)られました。ですが、実際に今まで、ご両親のためにそうしてきたのは、お客様なのです」


 俺……。


「人のために、考え、時に行動を起こす。それは、素晴らしく(とうと)いことではありませんか? 少なくとも、私はそう思っています」


 ……そうするのは、俺だけじゃないよ。


「けれど、お客様“も”そうした。間違いなく、お客様がなさったことです。私には、頑張り疲れて、くたびれたお客様が見えます」


 ……。


「同時に、とても輝いているお客様が。素晴らしく、素敵で、(とうと)いお方が、私の前にはいらっしゃいます」


 ……あぁ、見ないでくれ。
 人前で泣くなんて……。


「ふふ……私は人間ではありませんから。疲労が全て溶けるまで、ごゆっくり滞在(たいざい)なされてください」


 ありがとう……。
 あんたに会えて、よかった……。


「私も、お客様に出会えてよかったです」


 心が(ほぐ)れるという、(あめ)の効果だろうか。
 それとも、人間じゃないというあの人の言葉に救われたのだろうか。
 (あふ)れて止まらない涙に、心を(むしば)んでいた闇が溶け出して。

 ……いい結果には、ならなかった。
 それでも、俺の頑張りがいくらか(むく)われた気がした。

 意識が微睡(まどろ)みに溶ける。
 記憶が薄れる。
 ただ心地よい、胸の温かさだけが胸に残って……。


「……行ってしまわれましたね。ご縁、頂戴(ちょうだい)致しました、素敵な人間さん。これからも貴方の(とうと)い生き様を見守っていますよ」



 小鳥のさえずりが聞こえる。
 昨日は、疲れて寝たはずなのに……。
 なんか、一晩寝たらすっきりしたな。


「ふわ~ぁ……起きるか」


 俺は体を起こした。


[終]

(※無断転載禁止)
この物語は、別名義でノベルゲームとして作った物語を、小説版として改変したものです。
→ノベルゲーム版「チルする5分