谷底のカスミソウ ―Valor VS Malice ―
9,「ありがとう」
「あの……どうして、助けてくれたの……?」
彼女たちに声をかけると、みんなは振り向いて私を見る。
「あなたも、助けてくれたから……私たちの代わりに、声、あげてくれて、ありがとう……」
かすれた声で答えた女の子だけじゃなく、みんなが弱々しい笑顔を浮かべて、同意するようにうなずいた。
私が、彼女たちを助けた……。
「……ううん。私こそ……ありが、とう」
「うん……」
先ほどよりすこし光を取りもどした瞳に見つめられ、うまく言葉にできない気持ちが湧き上がってきて、視線を落とす。
私たちの話が終わるのを待っていたように、近くにいた
「仲間が他の子たちを助け出してるから、きみたちもそっちに合流して、この戦いが終わるのを待ってて」
「「はい……」」
女の子たちは声を合わせてうなずいたけど、私は
私たちの誘導を終えた
「さぁ、こっちだ」
そばに残っていた男子にそっと背中を押されて、私も女の子たちも、倉庫わきへと誘導された。
そこにはたしかに、数人の男子とともに、“コレクション”にされていた女の子たちが解放されて、集められている。
そのなかにいたポニーテールの女の子は、私と目が合うと数回まばたきをして、笑顔を向けてくれた。
私も眉を下げつつ、ほほえみを返したけれど……。
やっぱり私は一改くんが心配になって、「ごめんなさい……っ」と
オレンジ色の空の下、先ほどの場所では、私に声をかけてくれたあの男子が、みんなの協力で動きが
「やれ、一改!」
「俺はあんたに勝つ!」
彼に指名を受けた一改くんは、武器をなくした
「が、はっ……」
「はぁっ、はぁっ……」
肩で息をしながら、地面にたおれる
「よくやった!」
一緒に戦っていた
ナイフを蹴飛ばした人なんかは、一改くんの頭をぐしゃぐしゃなでていたけど、「やめろ」と手を振りはらわれていた。
ホッと胸をなでおろしながら、仲がよさそうだな、と思って一改くんたちを見ていると、倉庫のようすを見ようとしたのか、振り向いた一改くんと目が合う。
「……」
一改くんは無言で肩にまわされた腕を外して、私のほうに歩いてきた。
なんとなく……今ならちゃんと、伝えられる気がする。
「あの日も、あなたに助けてもらいました……ありがとう」
ずっと言いたかった言葉を口にしながら、私は目の前に来た一改くんに向かって、深々と頭を下げた。
「……あの日?」
とまどうような声色で、一改くんが
私は頭を上げて、胸に手を添えながら説明した。
「2週間ほど前の、雨の日に……私、新しい“コレクション”にされそうになって」
「2週間前……あっ……! あんた、あのときの……どおりで、どこか見覚えがあると思った」
覚えていてもらえて、よかった。
私はすこし目を丸くした一改くんにほほえみを返して、視線を落とす。
「“不運”には、なれていました。小さいころから、ずっと……“不運”だとあきらめて、ただ、
「……?」
「だから、あの日……初めて、一改くんに体を張って助けてもらえて、私、世界が塗り替わったような気がしました」
両手で胸を押さえて、今も目に焼き付いている、あの日の一改くんを、閉じたまぶたの裏に思い返した。
「“不運”……ううん、“理不尽”から、助けてくれる人がいるんだって。私、どうしても……一改くんにお礼を伝えたくて」
目を開けて、目の前に立っている一改くんをまっすぐに見つめる。
眉を下げてほほえみながら、「
「あんた……俺に礼を言うために、
「……はい」
コクリとうなずけば、一改くんは口を開けたまま、言葉を失ったようにだまりこむ。
「正体を隠していて、ごめんなさい。成り行きとは言え、
「……いや、俺も、“伝えたいことがある”って言ってくれてたのに、聞こうとしなくてわるかった」
一改くんはわるくないのに、そんなふうにあやまられてしまって、私は首を横に振った。
それでも、すこし眉根を寄せて、謝意を伝えるように見つめてくる一改くんは、やっぱりいい人だ。
「あらためて、2週間前は本当に……ありがとうございました。一改くんと出会うことができて、よかったです」
私の世界を変えてくれた人。私にやさしさをくれた人。
ほほえんで見つめると、今度は一改くんが首を横に振る。
「俺も、あの日にやっと変われたんだ。初めて兄貴にさからって、
一改くんはすこし表情をやわらげて、「ありがとう」と逆に感謝を口にした。
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