谷底のカスミソウ ―Valor(ヴァラー) VS Malice(マリス)

9,「ありがとう」

約2,200字(読了まで約6分)



「あの……どうして、助けてくれたの……?」


 彼女たちに声をかけると、みんなは振り向いて私を見る。


「あなたも、助けてくれたから……私たちの代わりに、声、あげてくれて、ありがとう……」


 かすれた声で答えた女の子だけじゃなく、みんなが弱々しい笑顔を浮かべて、同意するようにうなずいた。
 私が、彼女たちを助けた……。


「……ううん。私こそ……ありが、とう」

「うん……」


 先ほどよりすこし光を取りもどした瞳に見つめられ、うまく言葉にできない気持ちが湧き上がってきて、視線を落とす。
 私たちの話が終わるのを待っていたように、近くにいたValor(ヴァラー)の人が声を発した。


「仲間が他の子たちを助け出してるから、きみたちもそっちに合流して、この戦いが終わるのを待ってて」

「「はい……」」


 女の子たちは声を合わせてうなずいたけど、私は一改(いっかい)くんが気になって、つい振り向いてしまう。
 私たちの誘導を終えたValor(ヴァラー)の数人が、一改くんと合流してMalice(マリス)の総長と戦っているけど、あの人の手にはナイフがにぎられたまま。


「さぁ、こっちだ」


 そばに残っていた男子にそっと背中を押されて、私も女の子たちも、倉庫わきへと誘導された。
 そこにはたしかに、数人の男子とともに、“コレクション”にされていた女の子たちが解放されて、集められている。
 そのなかにいたポニーテールの女の子は、私と目が合うと数回まばたきをして、笑顔を向けてくれた。

 私も眉を下げつつ、ほほえみを返したけれど……。
 やっぱり私は一改くんが心配になって、「ごめんなさい……っ」とValor(ヴァラー)の人にことわりを入れてから、歩いてきた道を小走りでもどる。
 オレンジ色の空の下、先ほどの場所では、私に声をかけてくれたあの男子が、みんなの協力で動きが(ふう)じられたMalice(マリス)の総長に近づき、ナイフを蹴飛(けと)ばしていた。


「やれ、一改!」

「俺はあんたに勝つ!」


 彼に指名を受けた一改くんは、武器をなくしたMalice(マリス)の総長にこぶしを打ちつけて、打ちつけて……。


「が、はっ……」

「はぁっ、はぁっ……」


 肩で息をしながら、地面にたおれるMalice(マリス)の総長を、見下ろした。


「よくやった!」


 一緒に戦っていたValor(ヴァラー)の人たちは、一斉に一改くんのもとへかけ寄る。
 ナイフを蹴飛ばした人なんかは、一改くんの頭をぐしゃぐしゃなでていたけど、「やめろ」と手を振りはらわれていた。
 ホッと胸をなでおろしながら、仲がよさそうだな、と思って一改くんたちを見ていると、倉庫のようすを見ようとしたのか、振り向いた一改くんと目が合う。


「……」


 一改くんは無言で肩にまわされた腕を外して、私のほうに歩いてきた。
 なんとなく……今ならちゃんと、伝えられる気がする。


「あの日も、あなたに助けてもらいました……ありがとう」


 ずっと言いたかった言葉を口にしながら、私は目の前に来た一改くんに向かって、深々と頭を下げた。


「……あの日?」


 とまどうような声色で、一改くんが(たず)ね返す。
 私は頭を上げて、胸に手を添えながら説明した。


「2週間ほど前の、雨の日に……私、新しい“コレクション”にされそうになって」

「2週間前……あっ……! あんた、あのときの……どおりで、どこか見覚えがあると思った」


 覚えていてもらえて、よかった。
 私はすこし目を丸くした一改くんにほほえみを返して、視線を落とす。


「“不運”には、なれていました。小さいころから、ずっと……“不運”だとあきらめて、ただ、()えるものだと思っていたんです」

「……?」

「だから、あの日……初めて、一改くんに体を張って助けてもらえて、私、世界が塗り替わったような気がしました」


 両手で胸を押さえて、今も目に焼き付いている、あの日の一改くんを、閉じたまぶたの裏に思い返した。


「“不運”……ううん、“理不尽”から、助けてくれる人がいるんだって。私、どうしても……一改くんにお礼を伝えたくて」


 目を開けて、目の前に立っている一改くんをまっすぐに見つめる。
 眉を下げてほほえみながら、「Malice(マリス)に来るのが遅くて、一改くんとはすれちがってしまいましたが」と言うと、一改くんは目を見開いた。


「あんた……俺に礼を言うために、Malice(マリス)に近づいたのか!?」

「……はい」


 コクリとうなずけば、一改くんは口を開けたまま、言葉を失ったようにだまりこむ。


「正体を隠していて、ごめんなさい。成り行きとは言え、Malice(マリス)の一員になってしまったから……私だって知られたら、話を聞いてもらえなくなると思って」

「……いや、俺も、“伝えたいことがある”って言ってくれてたのに、聞こうとしなくてわるかった」


 一改くんはわるくないのに、そんなふうにあやまられてしまって、私は首を横に振った。
 それでも、すこし眉根を寄せて、謝意を伝えるように見つめてくる一改くんは、やっぱりいい人だ。


「あらためて、2週間前は本当に……ありがとうございました。一改くんと出会うことができて、よかったです」


 私の世界を変えてくれた人。私にやさしさをくれた人。
 ほほえんで見つめると、今度は一改くんが首を横に振る。


「俺も、あの日にやっと変われたんだ。初めて兄貴にさからって、Valor(ヴァラー)に入る決意をした。あんたにきっかけをもらったんだ」


 一改くんはすこし表情をやわらげて、「ありがとう」と逆に感謝を口にした。


ありがとうございます💕

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