谷底のカスミソウ ―Valor VS Malice ―
7,見られた素顔
いつのまにか、私の前には
「一改……早く済ませろよ」
私にせまってきた
こっそり入ってきた彼らは私たちの前を通過して、壁ぎわで
“コレクション”の子たちを……助けに来た、のかな……?
「……やっぱりおまえは、さわがないんだな」
数人ずつで女の子の
私はハッと我に返って、一改くんの顔を見る。
夜道で話したときよりも冷たいけど、一改くんをおそいに行ったときよりは、その視線にトゲがないように感じた。
でも、一改くんが私に“話”って……なんだろう……?
「……わ、ボク、
「……! 待て!」
今の私で伝えたい唯一のことを口にして、私はバッと、倉庫の外に走った。
「っ……は、離して……」
力の差で、一改くんを振り切って走り続けることができなくて、私は眉を下げながら振り向いた。
力強い一改くんの瞳と視線が
「おまえ……?」
一改くんの言葉の続きも気になったけれど、彼のさらにうしろに、倉庫のなかをにらみながら外に出てきた茶髪の男子が見えて、息を飲んだ。
どうしよう……っ。
逃げようとしてたこと、気づかれちゃう……!
腕を引いても一改くんの手はびくともせず、あせっているうちに、茶髪の男子がこっちに気づく。
一改くんのうしろ姿を見てニヤリと笑い、こぶしをかまえながらこっちに走って来る彼を見た私は、思わず一改くんの腕を両手で引っぱった。
「あぶない!」
「は……っ?」
うしろにたおれる いきおいで、体重をかけて全力で引っぱったからか、今度はグラリとかたむいた一改くんが、私のほうへたおれてくる。
「わ……っ」
2人一緒になって地面にたおれたせいで、地面と
「~~っ……!」
「っつ……おい、…………かつら?」
おどろいたような一改くんの声を聞いて、いつのまにか頭が涼しくなっていることに気づく。
転んだせいでウィッグが取れちゃった……!?
パチッと目を開くと、一瞬私の上におおいかぶさる一改くんと視線がからんだものの、一改くんが急に「くっ」と顔をゆがめて、うしろを振り返った。
今のうちに、と痛みが残る体をひねって、地面に落ちてしまったウィッグを回収する。
かがみがないと変になっちゃうけど、今は
私がウィッグを回収しているあいだに立ち上がったらしい一改くんは、今、茶髪の男子と
前におそわれたときも、茶髪の男子には勝っていたから、一改くんはきっと大丈夫だろう。
今は一改くんの心配よりも、私自身が逃げることを考えなきゃ、と小走りで倉庫の前から離れようとすると。
「新入り、なに逃げようとしてんだ! おまえもやれ!」
「っ……!」
「よそ見してるよゆう、あんのかよ!」
「ぐぁっ! ク、ソ……が……」
茶髪の男子に呼び止められてビクッとした私のうしろで、彼は次の瞬間、一改くんの一撃をくらって たおれこんだようだった。
すこし振り向いて彼らの格闘の結果を見ると、一改くんがこっちを向いて私に近づいてくる。
私にできたのは、息を飲んで数歩あとずさることだけ。
一改くんに腕をつかまれても、とっさに声を発することができなくて、倉庫わきに私を引っぱっていく一改くんの背中から視線を落とし、唇をかんだ。
「……」
パサッと肩に落ちた髪と同様に、私の気持ちもどん底に落ちたようだった。
「おまえ……この前の女、だったんだな。なにを考えてるんだ?」
「っ……そ、の……」
非難混じりの、冷たい声。
こんな形で、バレたくなかった……。
今の状況じゃ、なにを言ったって、一改くんにちゃんとお礼を聞いてもらえない……。
うつむいたまま唇をキュッと閉じると、倉庫のほうがさわがしくなる。
「出てこい、
「……!」
一改くんはハッとしたように私の腕をつかんで、バイクとバイクのあいだに私を引っぱっていった。
「話はあとで聞く。今はここに隠れてろ。……勝手に逃げるなよ」
うばいとったウィッグ一式を私に返して、一改くんは私をまっすぐに見つめる。
肩を押されるまましゃがみこみ、「は、はい……」と遅れて返事をすると、一改くんは走って倉庫のなかにもどっていった。
「……」
どうしよう……。
ちゃんと
一改くん、私のこと、どう思うかな……。
ウィッグ一式を手に持ち、ひざを
声を出さないように口を閉ざして、視線だけであたりを探ると、絶えず聞こえた足音で、複数人いることがわかった。
「急げ」
「「……」」
近づく足音と一緒に、見える
“コレクション”を連れて、逃げてきたんだ……。
ジャリ、と。
私の体に引き寄せられた自分の足元から音が鳴って、目の前を通過するところだった
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