谷底のカスミソウ ―Valor VS Malice ―
6,Malice を抜ける日
初めて
あのとき胸のうちにしまった言葉を思い返すたび、やっぱり私は、“2週間前のお礼”を一改くんに伝えたい、と強く思った。
学校で放課後の
今日は早めに帰ってこれたから、私はまた男装をして、
一改くんにお礼を伝えるために……まずは
“新入り”ってことになったし、1人でも
「ぎゃはは!」
「もっとやればよかったのによ~」
彼を探して倉庫のなかをキョロキョロ見まわしていると、壁ぎわにいるコレクションの女の子たち……そのなかでも、ポニーテールのあの子とまた目が合った。
彼女とはよく目が合うな、と思いながら
私に……なにか言ってる?
不良男子たちの大きな話し声は耳に入ってくるけど、女の子の声はひとつも聞こえない。
彼女の声が聞こえる場所まで近づこうと思って、耳を澄ませながら壁のほうへ歩き出すと、なにも聞き取れないまま彼女の目の前まで来てしまった。
「……あの、なにか……?」
あの茶髪の男子も“近づくのはいい”って言ってたし、べつに大丈夫だよね、と周りの人がこっちに注目してないのを確認してから、彼女の前にしゃがむ。
センター分けの前髪に、ポニーテール。もとは活発そうな容姿の女の子は、パク、とまた口を動かした。
「あなた、女の子でしょ?」
「っ……!」
こんな距離でも聞き取りづらいくらいかすれた、ひどい声。……よりも、その言葉にドキッとして顔がこわばる。
でも彼女は、私の目を見つめたまま続けた。
「あなたまで捕まる前に、こんなところ、早く離れて。そして……私たちを助けて」
「え……?」
私が女だって、バラす気はない……の?
「……でも、助けるって、どうしたら……」
周りの男子たちに聞かれないよう、私もささやくように言葉を返す。
「安全なところに着いてから、
通報……それならたしかに、私でもできる。
私はうなずいて、彼女の目を見つめ返した。
「わかった。これから、ここを抜けたいって話してくるところだから……それが終わったら、通報するね」
「バカね、抜けたいって言って抜けさせてくれるようなところじゃないわ。あなたは今すぐここを離れて、もう一生ここに来なければいいの」
「え……」
「その
ひどくかすれた声でも、つかれがにじんだ暗い表情でも、彼女は私よりしっかりしているらしい。
「そ、そっか……わかった」
コクリとうなずくと、彼女は「あいつらに気づかれないように。行って」と私にささやく。
私はもう一度うなずきを返して、周囲に視線を走らせながら そっと立ち上がった。
私は運がわるい。でも同時に、
それが役に立ったのか、なるべく足音を立てないように、体を小さくしてゆっくり倉庫の出入り口へ近づくと、だれに声をかけられることもなかった。
ホッと息を吐き出しながら、周囲の男子たちが出入り口に視線を向けていないのを確認して、しずかに倉庫を出る。
――すると。
「「……!」」
夕焼けに染まり始めた空の下、
だれかはわからない、でもこんな状況でこっそり倉庫を抜け出すことなんてできない。
私はあわてて倉庫のなかにもどり、壁に背中をつけるように、ズリズリと出入口から離れた。
「
それから一呼吸も置かずに、大きな大きな声が近辺にひびく。
倉庫のなかにいた男子たちは、「なに!?」と一斉にけわしい顔をして出入口をにらんだ。
「今までの礼をしてやる!」
声をあげながら、倉庫のなかになだれこんで来た
そのなかには、
どうしよう、と壁に張りついたまま口を押さえて声がもれないようにしていると、倉庫のなかの
左右に分かれて、壁ぎわに沿うように進む彼らのうち、こっちに来たグループと目が合った。
「……!」
「え……っ」
先頭の男子が眉根を寄せ、こぶしをにぎりながら私のもとへかけ寄って来るのを見て、なぐられる! とギュッと目をつぶる。
「待て! こいつには話がある」
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