谷底のカスミソウ ―Valor VS Malice ―
4,Malice の裏切り者
「あ、あの……あなたに、伝えたいことが……」
なんとか発した声は、みっともなくふるえている。
お礼、あのときのお礼を、と
「
「っ……」
わかっていた、今彼が私に向けている目は、あのときとは ちがって、自分の敵に向けるきびしいものだって。
せっかく会えたのに……今の私には、彼にお礼を伝えることなんてできないんだ。
私は唇をかんでうつむく。
「……ごめん、なさい」
「……?」
「あの、大丈夫ですか……立てますか?」
「うぅ……」
「……」
しゃがんで、茶髪の男子の体にふれると、うめき声が返ってくる。
体を起こそうとする彼に手を貸して、チラリと黒髪の男の子を見れば、私の
「てめぇ、
一改……そうだ、
茶髪の男子が恩人の彼に向かって吐き捨てた言葉を聞き、私は“一改くん”、と名前を記憶しながら、遠ざかっていく彼の背中を見つめる。
茶髪の男子に肩を貸し、もう1人の男子も起こして、バイクを手で押しながら
バイクを倉庫のわきに停めて、茶髪の男子に肩を貸しながら倉庫のなかへもどると、横から視線を感じた。
一緒に帰ってきた彼らを地面に座らせながら、倉庫のすみを見ると、ポニーテールの女の子が じっと私を見ていることに気づく。
なんだろう……? と思いながら
「あの、さっきの“一改”っていう人は、いったい……?」
「チッ、裏切り者だよ。総長の弟のくせして、総長にさからって、うちから
「くら替え……って、
じゃあやっぱり、前は
それに一改くん、あの“総長”の弟……なんだ……。
しゃがみこんで、茶髪の男子の顔を見ると、「そーだよ」とイラついた声が返ってくる。
「だから、あいつだけは絶対にぶっ殺さなきゃなんねぇ。おまえもただ
キッと私をにらんで、茶髪の男子は私のほおを手のひらで ぶった。
パンッとひびいた高い音を耳にしながら、ヒリヒリと痛むほおを押さえて、眉をひそめる。
私は一改くんに会いに、ここへ来たのに……一改くんがもうここから抜けて、敵対チームに行ってたなんて……。
どうしたらいいの、と思いながら、私は胸にうずまく感情につられて、視線を落とした。
****
「はぁ……」
すっかり黒く染まった空の下、私は
今日はなんとか倉庫を抜け出してこれたけど……。
成り行きで
私はただ、一改くんにお礼を伝えたいだけなのに……。
アスファルトの地面に視線をとめて歩きながら、あぁでも、と今日見たものを思い返す。
あのときの傷……ふさがったみたいで、よかった。
一改くん、元気そうだったし、と視線を上げて、目的のコンビニを見つけると、私は駐車場を照らす明るい電灯にさそわれるように、1人でコンビニへ入った。
****
Side:
人通りが減った夜道を歩いていると、ズボンのポケットに入れていたスマホが振動する。
スマホを取り出して、着信が来ているのを見た俺は、画面を1回タップしてから耳にスマホを当てた。
「なんだ」
〈一改、もうパトロールの時間だぞ? おまえどこにいるんだ?〉
「1人でしてる」
〈はぁ!? おまえはまたそうやって単独行動をして! 一匹オオカミもたいがいにしろ、一改が
ガミガミとうるさく説教する声を聞き流しながら、角をまがって向かいの歩道に出てきた人影に視線を向ける。
コンビニからもれる明かりに照らされた女みたいな顔は、夕方俺をおそってきた
あいつは……あのとき
『おまえ、本当は兄貴がやってること、おかしいと思ってるんだろ?』
『うちに来いよ。おまえは
まだ
〈――ちったぁうちになじむ努力をだなぁ〉
「……用ができたから切る」
〈はぁ!? おい、一改!〉
スマホを耳から離して通話を切ったあと、コンビニに入っていったヤツを追って、俺も早足でコンビニに入った。
「らっしゃいませー」
やる気のない店員の声を聞きながら店内を見まわせば、雑誌コーナーの前を通ってトイレに入ったヤツのうしろ姿が見える。
「……」
俺は雑誌だなの前に移動して、てきとうに誌面をながめているフリをしながら、ヤツが出てくるのを待った。
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