谷底のカスミソウ ―Valor(ヴァラー) VS Malice(マリス)

4,Malice(マリス)の裏切り者

約2,200字(読了まで約6分)



「あ、あの……あなたに、伝えたいことが……」


 なんとか発した声は、みっともなくふるえている。
 お礼、あのときのお礼を、と()いた気持ちは、彼の冷たい一言で切り捨てられた。


Malice(マリス)戯言(ざれごと)に耳を貸す気はない」

「っ……」


 わかっていた、今彼が私に向けている目は、あのときとは ちがって、自分の敵に向けるきびしいものだって。
 せっかく会えたのに……今の私には、彼にお礼を伝えることなんてできないんだ。
 私は唇をかんでうつむく。


「……ごめん、なさい」

「……?」


 若干(じゃっかん)の痛みが残る肩から手を離して、私は地面にたおれ()している茶髪の男子に近づいた。


「あの、大丈夫ですか……立てますか?」

「うぅ……」

「……」


 しゃがんで、茶髪の男子の体にふれると、うめき声が返ってくる。
 体を起こそうとする彼に手を貸して、チラリと黒髪の男の子を見れば、私の恩人(おんじん)は数秒眉をひそめて私と視線を合わせてから、私たちに背中を向けた。


「てめぇ、一改(いっかい)……! 覚えてやがれ……!」


 一改……そうだ、Malice(マリス)の総長もそう呼んでた。
 茶髪の男子が恩人の彼に向かって吐き捨てた言葉を聞き、私は“一改くん”、と名前を記憶しながら、遠ざかっていく彼の背中を見つめる。
 茶髪の男子に肩を貸し、もう1人の男子も起こして、バイクを手で押しながらMalice(マリス)の倉庫にもどってきたのは、それから十数分あとのこと。

 バイクを倉庫のわきに停めて、茶髪の男子に肩を貸しながら倉庫のなかへもどると、横から視線を感じた。
 一緒に帰ってきた彼らを地面に座らせながら、倉庫のすみを見ると、ポニーテールの女の子が じっと私を見ていることに気づく。
 なんだろう……? と思いながら会釈(えしゃく)を返して、茶髪の男子に気になっていたことを(たず)ねた。


「あの、さっきの“一改”っていう人は、いったい……?」

「チッ、裏切り者だよ。総長の弟のくせして、総長にさからって、うちからValor(ヴァラー)にくら()えしやがったクソ野郎だ」

「くら替え……って、Malice(マリス)からValor(ヴァラー)に移ったってことですか?」


 じゃあやっぱり、前はMalice(マリス)のメンバーだったの?
 それに一改くん、あの“総長”の弟……なんだ……。
 しゃがみこんで、茶髪の男子の顔を見ると、「そーだよ」とイラついた声が返ってくる。


「だから、あいつだけは絶対にぶっ殺さなきゃなんねぇ。おまえもただ棒立(ぼうだ)ちで見てんじゃねぇぞ」


 キッと私をにらんで、茶髪の男子は私のほおを手のひらで ぶった。
 パンッとひびいた高い音を耳にしながら、ヒリヒリと痛むほおを押さえて、眉をひそめる。
 私は一改くんに会いに、ここへ来たのに……一改くんがもうここから抜けて、敵対チームに行ってたなんて……。

 どうしたらいいの、と思いながら、私は胸にうずまく感情につられて、視線を落とした。


****


「はぁ……」


 すっかり黒く染まった空の下、私は街灯(がいとう)に照らされた道を1人でとぼとぼと歩き、こらえていたため息をつく。
 今日はなんとか倉庫を抜け出してこれたけど……。
 成り行きでMalice(マリス)のメンバーってことになっちゃったし、この格好(かっこう)のままじゃ、Valor(ヴァラー)の倉庫に行ったって、一改くんに話を聞いてもらえないよね……。

 私はただ、一改くんにお礼を伝えたいだけなのに……。
 アスファルトの地面に視線をとめて歩きながら、あぁでも、と今日見たものを思い返す。
 あのときの傷……ふさがったみたいで、よかった。

 一改くん、元気そうだったし、と視線を上げて、目的のコンビニを見つけると、私は駐車場を照らす明るい電灯にさそわれるように、1人でコンビニへ入った。


****
Side:反町(そりまち)一改(いっかい)

 人通りが減った夜道を歩いていると、ズボンのポケットに入れていたスマホが振動する。
 スマホを取り出して、着信が来ているのを見た俺は、画面を1回タップしてから耳にスマホを当てた。


「なんだ」

〈一改、もうパトロールの時間だぞ? おまえどこにいるんだ?〉

「1人でしてる」

〈はぁ!? おまえはまたそうやって単独行動をして! 一匹オオカミもたいがいにしろ、一改がMalice(マリス)にいたことなんてだれも――〉


 ガミガミとうるさく説教する声を聞き流しながら、角をまがって向かいの歩道に出てきた人影に視線を向ける。
 コンビニからもれる明かりに照らされた女みたいな顔は、夕方俺をおそってきたMalice(マリス)の1人とおなじものだった。

 あいつは……あのときMalice(マリス)のやつらに肩貸してた、Maliceっぽくねぇやつ……?


『おまえ、本当は兄貴がやってること、おかしいと思ってるんだろ?』

『うちに来いよ。おまえはMalice(マリス)(くさ)っていって いいやつじゃない』


 まだMalice(マリス)にいたころ、電話の相手……Valor(ヴァラー)の総長からしつこくかけられた声が頭のなかによみがえる。


〈――ちったぁうちになじむ努力をだなぁ〉

「……用ができたから切る」

〈はぁ!? おい、一改!〉


 スマホを耳から離して通話を切ったあと、コンビニに入っていったヤツを追って、俺も早足でコンビニに入った。


「らっしゃいませー」


 やる気のない店員の声を聞きながら店内を見まわせば、雑誌コーナーの前を通ってトイレに入ったヤツのうしろ姿が見える。


「……」


 俺は雑誌だなの前に移動して、てきとうに誌面をながめているフリをしながら、ヤツが出てくるのを待った。


ありがとうございます💕

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