谷底のカスミソウ ―Valor VS Malice ―
2,Malice の倉庫
街からそれほど離れているわけではないけれど、近辺に住宅がないからか、
大きな倉庫の壁にはスプレーで落書きがされていたり、派手なバイクが
近づいてはいけないと一目でわかる
「なんだおまえ?」
おそるおそる振り返ると、私のうしろには、いつも“不運”を運んでくるような、ガラのわるい男子が数人立っていた。
「あ、あの……」
「あん? 女みてぇな声だな」
「……っ」
ハッとして両手で口を押さえる。
声のことまでは、考えてなかった……!
どうしよう、男の子っぽい声なんて出せないよ……。
「うちの周りで、なに うろついてんだ?」
「そ、その……用が、あって……」
気持ち、低めの声で答えると、彼らは「用?」と眉根を寄せて顔を見合わせた。
ドキドキしながらようすを見ていると、短い茶髪の男子が私に視線を向ける。
「おまえ、さては……」
「……!」
もしかして、女だってバレた……!?
息を飲んで、体がこわばるのを感じる。
「新入り希望か!? はっはっは、えんりょすんな、入れよ」
「えっ……?」
予想を裏切る言葉を聞いて目を見開けば、近づいてきた彼に強めの力で肩をたたかれて、今度は痛みで眉をひそめることになった。
歩き出した他の男子たちが私を通り越して倉庫の入り口へ向かうと、「ほら、来いよ」と茶髪の男子が私に声をかけてくる。
“ちがう”と答えることもできないまま、私は離れていく彼の背中を早足で追いかけて、どうしよう、と口元を押さえた。
迷いながら彼らについて いっているあいだに、遠く感じた倉庫の入り口に着いて、たくさんの不良が集まっている光景が目に入る。
「んぁ? なんだそいつ?」
「新入り、女みてぇな声してんだぜ」
「はっ、顔も女みてーじゃん?」
「たしかにな。おまえ、女だったりして?」
倉庫のなかにいた1人の不良に声をかけられて、茶髪の男子は笑いながら私の胸にふれてきた。
思わずビクッとして息をつめると、彼は「はっ」と笑う。
「まな板。こりゃ男だわ」
トン、とノックするように指の背で胸をたたかれて、ホッとひそかに息を吐き出した。
なべシャツ、役に立ってよかった……。
笑い合う不良男子たちから目をそらして倉庫のすみを見ると、壁にある
「あ、あの……あの子たちは……?」
思わず近くにいる茶髪の男子に
「あぁ、総長のコレクション。近づくのはいいが、手は出すなよ。総長に怒られっからな」
こ……コレクション……!?
なにそれ……と思いながら、壁ぎわに点々と散らばっている女の子たちを見ていると、
希望を失ったような、暗い目と視線が
ずっと
そう思っても、私にできることなんてないから、ただ彼女に同情の視線を送っていたら、倉庫のなかが ざわっとさわがしくなる。
「総長だ……!」
“総長”って……あの人?
「おい、
「「うす!」」
なにかの名前、かな……? と考えていたら、不意に“総長”と目が合ったような気がして、呼吸が止まる。
「……そこの女は?」
「……っ」
私……!?
「し、新入りっす。顔も声も女みてぇっすけど、胸ないんで男っすよ」
まちがいなく“総長”に視線を向けられて、心臓が
「ふん……野郎じゃなかったらコレクションに加えたのにな」
そう言い捨てて、“総長”が2階の
私……あの男の子に助けられなかったら、壁ぎわの女の子たちみたいに、ここで捕まってたんだ……。
バクバクと音を立てる胸を押さえて、私は浅い呼吸を重ねながら、私がなるはずだった“未来”を横目に見た。
「ふぅ……ほら、行くぞ」
「っ、え……?」
“コレクション”の女の子たちを見て、唇を引き結んだそのとき、ポンと肩をたたかれて、ハッと我に返る。
となりを見ると、茶髪の男子が倉庫の外に体を向けていた。
「……あ、どこに……ですか?」
「聞いてただろ、
「え……わ、……ボクも、ですか……!?」
でも私、あの男の子にお礼を伝えに来ただけなのに、とあせる気持ちをムシするように、茶髪の男子は眉根を寄せて私を見る。
「あたりまえだろ、“新入り”」
彼のほかにも、ぞろぞろと倉庫を出ていく不良男子たちの波に流されるように、私は足を踏み入れたばかりの倉庫から、外へ引き返すことになった。
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