()いも甘いも、イケメンぞろい。

9,本当の依頼人

約2,200字(読了まで約6分)



「で、なにをやらかしたんだ?」


 備品室についてすぐ、葛谷(くずや)さんは目を細めてわたしと未來(みらい)先輩を見た。


「ん~、ちょっと望羽(みはね)ちゃんが予想外だったというか? とりあえず動画見ます?」

「動画……?」

「依頼人への提出用に一部始終(いちぶしじゅう)を撮ってたんッスよ。来るのが間に合ったッスから、渡す必要はなくなったッスけど」

「依頼人への提出用って……」


 依頼人は弓崎(ゆみさき)さんじゃなかったの?
 来るのが間に合ったって……。
 なんだか(むな)さわぎがする、と眉を下げながら、わたしは未來先輩のスマホから流れる動画を鑑賞している先輩たちをながめた。


『おい』

『あぁ、中武(なかたけ)先輩。いいタイミングですね。今仕上げに移るところです』

『行ってくるッス!』


 知らない会話が聞こえてきたあと、弓崎さんが別れを告げる声が流れる。
 動画の再生が終わると、葛谷さんは、ふ、と笑みを浮かべた。


「なるほど、妹のほうは本物のいい子ちゃんってわけか」

「そうなんですよ。そんなところもかわいいんですけどね」

「望羽ちゃんは、か弱い女の子なんッスから、あんまり無茶しちゃダメッスよ。不良を怒らせるなんて危ないッス」


 腰をかがめて、心配そうな顔でわたしの顔をのぞきこんできた犬丸(いぬまる)先輩に頭をなでられて、ドキッとしつつ「ごめんなさい」と謝る。
 家族以外の男の人に頭をなでられたのって初めてかも……。


「度胸があるのは悪くない。だが、茅都(かやと)の動画がどうなってもいいのか?」

「依頼に(さか)らうことになったのはごめんなさい。他の仕事も手伝うので、お兄ちゃんの動画はそのときに消してもらえませんか?」

「他の仕事ね……望羽、こっちに来い」

「は、はい……」


 葛谷さんに呼ばれて目の前に移動すると、葛谷さんはわたしのあごをつまんで、右に左に顔を動かした。


「あ、あの……?」

「最初に見たときも思ったが……なかなかかわいい顔になったな」


 ()めるように目を細めてほほえむ葛谷さんの顔を近くで見たせいか、かぁっとほおが熱くなる。


「あ、ありがとうございます……未來先輩のおかげで……」

「ちょっと、望羽ちゃんは私のお気に入りなんですから、その顔でたぶらかさないでください」

「ふつうにしてるだけだ。……まぁ、これならハニートラップにも使えるし、他の仕事をさせるのはかまわない。が」


 葛谷さんの手が離れて、一歩うしろに下がった。
 なんだか、葛谷さんの近くにいるのはあんまりよくない気がする。
 今のわたしの顔、きっと弓崎さんみたいになってるもの。


「望羽がやる気を維持(いじ)できるかは、疑問だな?」


 妖しく笑う葛谷さんの顔を見て、たぶん今が気になったことを聞くタイミングだと、わたしはドキドキする胸を押さえこむようにあごを引いた。


「……あの男の人は、誰なんですか? 今回の依頼人って、弓崎さんなんですよね?」


 葛谷さんは目を伏せてほほえむだけで、なにも答えてくれない。
 だから未來先輩にも、犬丸先輩にも目を向けた。


「望羽ちゃん、かわいいわ。ずーっと私の言葉を信じている姿を見たいけど……」

「それは未來くんがついたうそッス。今回の依頼人は、あの中武くんッスよ。中武くんがあの2人を別れさせろって依頼したッス」

「え……?」

「歩いてるときに栗本(くりもと)卓也(たくや)とぶつかった、なんてくだらない理由からだが、俺たちがもうかるなら依頼の理由なんてどうでもいい」

「あのときは雨蓮(うれん)くんが言葉足らずだったッスけど、俺たちは不良生徒の依頼で、どんな悪いこともするなんでも屋なんッスよ」

「え……」


 ぐらり、と目の前がゆれたように感じる。
 ……うそ。うそ、つかれてたの……?
 本当はあの男の人が、栗本さんと弓崎さんを別れさせようとしてたの……?
 歩いてるときに、栗本さんとぶつかったから……?

 そんな理由で、別れる必要のない2人を、別れさせちゃったの……?


「さぁ、どうする? うちはこんな仕事ばかりだが……茅都の秘密を守るために、悪事を働けるか? いや、働かないと……」


 葛谷さんが妖しく笑いながら、ズボンのポケットに手を入れてスマホを取り出した。
 悪いことをしないと、お兄ちゃんを助けられない……?


「わ、たし……」


 あれ、息がしづらい……。
 わたし、どうしたらいいんだろう……。
 お兄ちゃん……。

 くらくら、ぐらぐらとする頭が気持ち悪くて、倒れちゃいそう、なんて思っていたら、うしろからガチャンッと大きな音がした。


「はぁっ、はぁっ……! 望羽、やっぱりここに……!」

「チッ……延長はキャンセルか。しかたない」

「あら、茅都先輩、いらっしゃいませ」

「いらっしゃいッス、天衣(あまい)くん! 走ってきたッスか?」

「……おにい、ちゃん……」


 お兄ちゃんが、来た……?
 ゆっくり振り返ると、こっちへ歩いてきていたお兄ちゃんと目が合う。


「望羽、かわいい……ハッ、じゃなくてどうしたの、顔色が悪いよ!?」

「お兄ちゃん……」


 うつむいてだまりこむと、お兄ちゃんに抱きしめられた。


「僕の妹がお世話になったみたいだね。今は保健室に連れていったほうがいいみたいだ。今日のお礼はまた今度するよ。それじゃあ」


 お兄ちゃんに抱きしめられたら、頭のくらくらも収まって、呼吸も楽になってきた。
 そのままお兄ちゃんに体を支えられて、備品室の外へ連れていかれそうになったけど……。


「……待、って、お兄ちゃん……」


 わたし、お兄ちゃんを助けたい。


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