酸 いも甘いも、イケメンぞろい。
8,別れさせたその後
あわてて
「……あたしたち、別れよ。お互い、気持ちが薄れたみたいだし」
きた、別れ話!
でも、このタイミング……きっと誤解されてるよね……?
眉を下げて、おずおずと栗本さんを見ると、ショックを受けたような、こわばった顔をしていて胸が痛む。
「……いいのか?」
「はい。行きましょう」
弓崎さんは
そんな、栗本さんの返事も聞かずに……。
もう一度栗本さんを見ると、傷ついた顔をして、うつむいていた。
こんな終わり方で、いいのかな……?
「……栗本さん」
「あ……ごめん、なんの話だっけ」
ふらりと顔を上げた栗本さんは、貼り付けたような愛想笑いをしていて、心の奥に押しこめた傷がよけいに感じられるようだった。
……本当に、これでいいのかな。
弓崎さんの依頼だったとしても……こんなふうに別れる必要ってあったのかな?
お互いの気持ちを話す余地だって、あってもいいんじゃないのかな。
“仕事”には反することになっちゃうけど……。
お兄ちゃんの動画……は、また別の仕事を手伝わせてもらって、そのときに消してもらおう。
心を決めたわたしは、まっすぐに栗本さんを見て尋ねた。
「本当は……別れたくないんじゃないですか?」
「え……」
不意をつかれたような顔をした栗本さんは、くしゃっと顔をゆがめると、そっぽを向く。
「……菫は、イケメンが好きだから。よくしてくれるイケメンがいたら、心変わりするのは分かってた。……分かってて、俺は見てることしか」
できなかった、とつぶやく声を聞いて、わたしは栗本さんの気持ちを確認した。
「栗本さんは、まだ弓崎さんが好きなんですよね?」
「……そんなこと、どうでもいいだろ」
「どうでもよくないです。栗本さんの大切な気持ちじゃないですか。恋人って、2人の気持ちがあって成り立つ関係ですよね」
「……だったら、俺たちはもう終わりだな。俺しか未練が残ってないんだから」
栗本さんは弓崎さんのことがまだ好きなんだ。別れたくないんだ。
恋をしたこともないわたしだから、間違ってるかもしれない。
でも、人を好きな気持ちって、かんたんになくなるものじゃないと思う。
弓崎さんだって、一度は栗本さんを好きになったから、付き合ったんだと思うし……。
また、好きになる可能性だってあるよね?
「栗本さん。もう一度、弓崎さんとちゃんと話してみましょう。気持ちを伝え合えば、仲直りもできるかも!」
「え……?」
「恋人になれたんですよ。想い合う2人のきずなって、かんたんに
笑顔を向けると、「でも、
“俺のこと”……?
「とにかく、話しに行きましょう! わたしも誤解をとかなきゃいけないので」
「あ、あぁ……」
弓崎さんのあとを追うために廊下の奥を見ると、
あれ……?
「おいおい、余計なことすんなよ」
「え?」
うしろから荒っぽい男の人の声がして振り向くと、階段のほうから制服を着崩した男の人が近づいてきていた。
わ、怖そうな人……。
「せっかく別れさせたんだ、復縁なんてさせてたまるか」
「あ……あんた、は……」
栗本さんが知ってる人?
でも、“別れさせた”ってどういうこと……?
疑問に思って眉を下げていると、男の人はわたしをにらみながらせまってくる。
「お前、これ以上そいつに関わったら痛い目見せるからな」
「え……そ、そうは言われても、わたしにも責任があるので、お2人にはちゃんと話し合って納得してもらわないと……」
「あぁ!? 関わるなっつってんだ! 外野はお呼びじゃねぇんだよ!」
「わっ……!?」
男の人が拳を振り上げたのを見て、頭を守るように両腕を顔の前へ動かした。
ギュッと目をつぶって顔を
そして、頭のすぐ上から、葛谷さんの声が降ってきた。
「こいつはうちの新人だ。
「へ……?」
「そうですよ、
顔を動かせば、犬丸先輩がわたしのとなりで、笑みを浮かべながら男の人の腕をつかんでいる。
男の人のうしろに、未來先輩が近づいてきたのも見えた。
「なんだ、お前らの仲間か。ったく、もう少しで台無しにされるところだったんだぞ、新人のしつけはしっかりやっとけ」
「クレームどうも。よく言い聞かせておこう」
「はっ……にしても
「えっ……?」
“依頼”?
気になることを言った男の人は、嵐のようにそのまま階段のほうへ去っていった。
思わず栗本さんを見ると、信じられないものを見るような顔でわたしたちを見ている。
葛谷さんとわたしが一緒にいるからだよね、心が痛い……。
「あの、どういう……」
「ひとまず、帰るぞ」
「はぁい」
「はいッス!」
葛谷さんたちに聞こうとしたわたしは、葛谷さんの言葉で、なにも聞けないままB棟の備品室に連れていかれた。
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