()いも甘いも、イケメンぞろい。

8,別れさせたその後

約2,200字(読了まで約6分)


 あわてて栗本(くりもと)さんから離れると、弓崎(ゆみさき)さんは、じっとわたしを見てから、栗本さんを見た。


「……あたしたち、別れよ。お互い、気持ちが薄れたみたいだし」


 きた、別れ話!
 でも、このタイミング……きっと誤解されてるよね……?
 眉を下げて、おずおずと栗本さんを見ると、ショックを受けたような、こわばった顔をしていて胸が痛む。


「……いいのか?」

「はい。行きましょう」


 弓崎さんは葛谷(くずや)さんに笑顔を向けて、葛谷さんと腕を組みながら廊下(ろうか)の奥に向かっていった。
 そんな、栗本さんの返事も聞かずに……。
 もう一度栗本さんを見ると、傷ついた顔をして、うつむいていた。
 こんな終わり方で、いいのかな……?


「……栗本さん」

「あ……ごめん、なんの話だっけ」


 ふらりと顔を上げた栗本さんは、貼り付けたような愛想笑いをしていて、心の奥に押しこめた傷がよけいに感じられるようだった。
 ……本当に、これでいいのかな。
 弓崎さんの依頼だったとしても……こんなふうに別れる必要ってあったのかな?
 お互いの気持ちを話す余地だって、あってもいいんじゃないのかな。

 “仕事”には反することになっちゃうけど……。
 お兄ちゃんの動画……は、また別の仕事を手伝わせてもらって、そのときに消してもらおう。
 心を決めたわたしは、まっすぐに栗本さんを見て尋ねた。


「本当は……別れたくないんじゃないですか?」

「え……」


 不意をつかれたような顔をした栗本さんは、くしゃっと顔をゆがめると、そっぽを向く。


「……菫は、イケメンが好きだから。よくしてくれるイケメンがいたら、心変わりするのは分かってた。……分かってて、俺は見てることしか」


 できなかった、とつぶやく声を聞いて、わたしは栗本さんの気持ちを確認した。


「栗本さんは、まだ弓崎さんが好きなんですよね?」

「……そんなこと、どうでもいいだろ」

「どうでもよくないです。栗本さんの大切な気持ちじゃないですか。恋人って、2人の気持ちがあって成り立つ関係ですよね」

「……だったら、俺たちはもう終わりだな。俺しか未練が残ってないんだから」


 自嘲(じちょう)するように笑う栗本さんの顔をのぞきこんで、わたしはうなずく。
 栗本さんは弓崎さんのことがまだ好きなんだ。別れたくないんだ。
 恋をしたこともないわたしだから、間違ってるかもしれない。
 でも、人を好きな気持ちって、かんたんになくなるものじゃないと思う。
 弓崎さんだって、一度は栗本さんを好きになったから、付き合ったんだと思うし……。

 また、好きになる可能性だってあるよね?


「栗本さん。もう一度、弓崎さんとちゃんと話してみましょう。気持ちを伝え合えば、仲直りもできるかも!」

「え……?」

「恋人になれたんですよ。想い合う2人のきずなって、かんたんに(こわ)れるものじゃないんじゃないですか?」


 笑顔を向けると、「でも、天衣(あまい)さんって俺のこと」と目を丸くして言われた。
 “俺のこと”……?


「とにかく、話しに行きましょう! わたしも誤解をとかなきゃいけないので」

「あ、あぁ……」


 弓崎さんのあとを追うために廊下の奥を見ると、犬丸(いぬまる)先輩と葛谷さんが一緒にこっちへ向かって歩いてきていることに気づく。
 あれ……?


「おいおい、余計なことすんなよ」

「え?」


 うしろから荒っぽい男の人の声がして振り向くと、階段のほうから制服を着崩した男の人が近づいてきていた。
 わ、怖そうな人……。


「せっかく別れさせたんだ、復縁なんてさせてたまるか」

「あ……あんた、は……」


 栗本さんが知ってる人?
 でも、“別れさせた”ってどういうこと……?
 疑問に思って眉を下げていると、男の人はわたしをにらみながらせまってくる。


「お前、これ以上そいつに関わったら痛い目見せるからな」

「え……そ、そうは言われても、わたしにも責任があるので、お2人にはちゃんと話し合って納得してもらわないと……」

「あぁ!? 関わるなっつってんだ! 外野はお呼びじゃねぇんだよ!」

「わっ……!?」


 男の人が拳を振り上げたのを見て、頭を守るように両腕を顔の前へ動かした。
 ギュッと目をつぶって顔を(そむ)けると、胸の上に腕が回されて、うしろへ抱き寄せられる。
 そして、頭のすぐ上から、葛谷さんの声が降ってきた。


「こいつはうちの新人だ。丁重(ていちょう)にあつかってもらおうか」

「へ……?」

「そうですよ、中武(なかたけ)先輩」


 未來(みらい)先輩の声も聞こえて、おそるおそる顔の前の腕を動かすと、振り下ろされた男の人の腕が、誰かに止められていた。
 顔を動かせば、犬丸先輩がわたしのとなりで、笑みを浮かべながら男の人の腕をつかんでいる。
 男の人のうしろに、未來先輩が近づいてきたのも見えた。


「なんだ、お前らの仲間か。ったく、もう少しで台無しにされるところだったんだぞ、新人のしつけはしっかりやっとけ」

「クレームどうも。よく言い聞かせておこう」

「はっ……にしても傑作(けっさく)だ。女に振られたこいつの顔! お前らに依頼してよかったぜ、これで気が晴れた」

「えっ……?」


 “依頼”?
 気になることを言った男の人は、嵐のようにそのまま階段のほうへ去っていった。
 思わず栗本さんを見ると、信じられないものを見るような顔でわたしたちを見ている。
 葛谷さんとわたしが一緒にいるからだよね、心が痛い……。


「あの、どういう……」

「ひとまず、帰るぞ」

「はぁい」

「はいッス!」


 葛谷さんたちに聞こうとしたわたしは、葛谷さんの言葉で、なにも聞けないままB棟の備品室に連れていかれた。


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