()いも甘いも、イケメンぞろい。

10,すべてのうそ

約2,000字(読了まで約6分)



望羽(みはね)……?」

「ふ……お前の妹はいい子ちゃんだな。メイクのおかげで仕事は上手くいったが、危うくパァにされかけた」

「は……? まさか、望羽に手伝わせたの?」


 お兄ちゃんはわたしの肩をギュッと抱いて、振り向いた。
 お兄ちゃんも“なんでも屋”さんのこと、知ってるの……?
 そういえば、弓崎(ゆみさき)さんと、栗本(くりもと)さんの名前……お兄ちゃんが、ここで……。


栗本(くりもと)卓也(たくや)弓崎(ゆみさき)(すみれ)は、栗本から告白して付き合ったらしい』

『弓崎が推してるアイドルはお前と雰囲気が似てたから、お前の顔も好きなんじゃないか、雨蓮(うれん)


 あ……そっか。
 お兄ちゃんが、2人のことを先輩たちに教えたんだ。
 どうして、お兄ちゃんが……?


「わざわざ猫を被らなくてもいいぞ。お前が一番本性を(・・・・・)知られ(・・・)たくなか(・・・・)った(・・)最愛の妹(・・・・)は、お前の裏の顔をもう知ってる」

「……は?」

「え……」


 お兄ちゃんが、あの姿を一番知られたくなかったのは私……?
 だって、未來(みらい)先輩がうちの生徒のなかにいるって……全校生徒にあの動画を見られたらすっごく困るって、言ってたのに。
 信じられない気持ちで先輩たちを見ると、未來先輩が困った顔で「あら」と言った。


「もうバラしちゃうんですか? うそを信じてる姿を見るのがいいのに……」

「真剣にやったことを(こわ)す瞬間が一番楽しいんじゃないか」

「ごめんなさいッス、天衣(あまい)くん、望羽ちゃん。ちょっとイタズラしたくなったッス」


 葛谷(くずや)さんも、犬丸(いぬまる)先輩も、笑顔でなにを言ってるんだろう。


茅都(かやと)、お前が情報を持ってきたあの日、お前の妹はココにいたんだ。全部聞いてたんだよ」


 葛谷さんはほほえみながら、となりにある大きな段ボール箱をコンコンと指でたたいて、あの動画を流した。
 先輩たちやわたしの声と姿が流れて、お兄ちゃんのいつもと違う姿も映っている。
 わたしのとなりにいるお兄ちゃんが、ひどくショックを受けた、焦ったような顔でわたしを見たのを見て、ぽろっと、涙がこぼれた。


「望羽……ごめん」


 お兄ちゃんがこの世の終わりみたいな、ひどい顔をして、ギュッと目をつぶりながら顔を(そむ)ける。
 かすれた声だって痛々しくて、わたしはお兄ちゃんの制服をつかみながら、3人の先輩たちを見た。


「……全部、うそだったんですか。お兄ちゃんの秘密を守るために、手伝うって約束しました。それなのに、わたしが、一番知られたくない相手だったなんて」

「……望羽」

「弓崎さんが依頼したって言うから……気の毒に思いながら、栗本さんと話しました。それなのに、本当は別れる必要のなかった2人を、別れさせて……」

「「……」」

「悪いことだって、お兄ちゃんを助けるためなら、手伝おうって、すごく悩んで決めたのに……それが全部、いじわるだったんですか?」


 ぽろぽろと、涙を流しながらしゃべると、先輩たちはみんなおどろいた顔をしてわたしを見つめる。
 こんなことをしたら、わたしもお兄ちゃんも傷つくって、分かってたはずなのに。
 横から伸びてきたお兄ちゃんの手が、わたしの目をおおって、反対の手で頭を抱き寄せられた。


「望羽、帰ろう」

「……うん」


 お兄ちゃんの胸に顔を(うず)めて、ギュッと制服をつかむと、やさしく背中をなでられる。


「雨蓮、犬丸、早乙女(さおとめ)。もう二度と望羽に近づくな」


 低く、冷たい声で言い放ったお兄ちゃんに背中を押されて、わたしは備品室の外に向かった。
 でも、備品室を出る前に、ひとつ言い忘れていたことがあったと気づいて、葛谷さんたちに顔を向ける。


中武(なかたけ)さんから、助けてくれてありがとうございました」


 会釈(えしゃく)して備品室を出ると、お兄ちゃんがカチャンと扉を閉めた。
 振り向いたお兄ちゃんを見て、ブレザーの胸のあたりが汚れていることに気づき、「あ」と声をもらす。


「ごめんなさい、メイクついちゃった……」

「気にしなくていいんだよ。今日は早退しようか」

「……うん」


 お兄ちゃんは眉を下げてほほえみ、わたしの背中に手を添えながら歩き出した。
 B棟の1階に下りてA棟へ戻ると、お兄ちゃんはわたしを職員室の前で待たせて、「失礼します」と中に入る。
 わたしと、お兄ちゃんの担任の先生を呼んで、話す声が少し聞こえてきた。


「妹の具合が悪いようなので、早退させます。この時間は両親も仕事で留守にしてるので、僕も一緒に帰って妹の看病をしてもいいですか?」

「そうか、分かった。もちろんかまわない、お大事に」

「ありがとうございます。授業を休むことになってすみません。それでは失礼します」


 職員室から出てきたお兄ちゃんは、ほほえんでわたしの頭をなでる。


「荷物を取ってくるから、下駄箱(げたばこ)の前で待ってて」

「うん、ありがとう、お兄ちゃん……」

「これ、汚していいから」


 お兄ちゃんがブレザーのポケットから取り出したハンカチを受け取って、わたしはお兄ちゃんを見送ったあと、1人で下駄箱に向かった。

 葛谷さんも、未來先輩も、犬丸先輩も……悪い、人だったんだな……。
 お兄ちゃんの友だちだし、あたりまえのようにいい人だって信じてた。
 こんな、ひどいことをされるなんて……ショックだよ。


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