()いも甘いも、イケメンぞろい。

7,仕事の内容

約2,100字(読了まで約6分)


 鏡を背にして立っていたから、ブラシを当てられているときも、まるでどんなふうに変化しているのか、わたしにはさっぱり分からなかった。
 だから、未來(みらい)先輩がなんだかごきげんだなぁ、と思うことしかできなくて。


「ふふっ。想像以上に()けたわね。ほら、望羽(みはね)ちゃんも見てみて。今の望羽ちゃんは学校一の美少女よ」

「えっ……?」


 メイク道具をポーチにしまった未來先輩の手によって、うしろを向かされたわたしは、鏡に映った顔にびっくりした。
 少し高いところにある未來先輩のお顔が美しいのはもちろん、もう1人の人物も、美人集団のなかに放り出されたって目立たない顔をしている。
 いつもより目が大きいしパッチリしているし、顔に凹凸(おうとつ)があって、心なしか小顔に見えるし。
 もしかしてわたし、今、かわいいのでは……??


「……未來先輩、すごいです! わたしの顔がこんなにかわいく見えるなんて! あとで記念に写真を撮ってもいいですか!?」

「あら、あとでなんて言わずに今撮りましょ? 望羽ちゃんのスマホにも送ってあげるから」

「わぁ、ありがとうございます!」


 未來先輩はブレザーのポケットからスマホを取り出して、鏡をバックに、わたしの肩を抱き寄せた。
 インカメラで「はい、笑って~」と写真を撮ると、2人の笑顔がきれいに写る。
 “仕事”が終わったら連絡先を交換しよう、と約束して、未來先輩と女子トイレを出ると、犬丸(いぬまる)先輩が振り返った。


「わ! 望羽ちゃん、超かわいいッス! 今胸がときめいたッス!」

「えへへ、ありがとうございます。未來先輩がかわいくしてくれました!」

「いいでしょう、イヌ先輩? さ、仕事をしに行きましょ」

「はいッス!」


 3人で、近くの階段ではなく、遠いほうの階段に向かって、3階に戻ると、犬丸先輩は道中操作していたスマホを下ろす。
 未来先輩がわたしのうしろから、渡り廊下(ろうか)のとなりにある教室を指さした。


「あのクラスに、弓崎(ゆみさき)(すみれ)ちゃんの彼氏、栗本(くりもと)卓也(たくや)がいるわ。望羽ちゃんは彼を呼び出して、別れ話を切り出しやすいように話していてくれる?」

「わ、別れ話を切り出しやすいように、ですか……」


 そんなこと、わたしにできるかなぁ……。
 でも、なんでも任せてって言ったし、がんばろう!


「大丈夫、上手く話せなくてもいいわ。困ったら、彼の目をじっと見つめるの」

「目を、じっと……? 分かりました。行ってきます!」

「ファイトッス、望羽ちゃん!」


 2人に送り出されて、栗本さんがいるという教室に近づくと、わたしは扉の前から誰にともなく聞いた。


「あの、すみません。栗本卓也さん、いますか?」

「え?」


 振り向いて声を出したのは、窓際の席に座っていた男の人。
 ぺこっと会釈(えしゃく)すると、栗本さんは戸惑(とまど)うように席を立って、こっちに来てくれた。


「お食事中にすみません。わたし、1年の天衣望羽(あまいみはね)って言います」

「はあ、天衣……?」

「あ、天衣茅都(あまいかやと)の妹です」


 視線をななめ上に向けたのを見て補足すると、栗本さんは「あぁ」とうなずいて、少し目を丸くしながらわたしを見る。


「えっと、それで、なんの用?」

「えぇと、ですね……栗本さんってお付き合いしてる人がいるんですよね……?」

「え……うん、まぁ」

「あ、とつぜんすみません、その、彼女さんがいるって知り合いの先輩から聞いて……その、……」


 彼女さんと別れたいって思ってますか?って聞くのは直球すぎるよね……。
 別れ話を切り出しやすいように、って、なにを聞いたらいいんだろう?
 どうしよう、あんまりだまってるのも変だし、えぇと、えぇと……!
 そ、そうだ、未來先輩が言ってた!


「……」

「……?」


 じっと栗本さんの目を見つめながら、必死に頭を働かせる。
 栗本さんが困惑(こんわく)したような顔をしてるのを見て、眉を下げながら、えぇと、と考えた。


「か、彼女さんとは、今、どんな感じなんでしょうか……?」

「え……?」


 いつの間にか、ほおが赤くなっているような気がする栗本さんは、目を丸くして視線をそらした。


「どんな、って……」

「あ、ご、ごめんなさい、えぇと、その……っ。仲がいいのかな、って気になって……!」

「……」


 栗本さんは顔を背けて、首のうしろに触れながらだまりこむ。
 少し、表情が暗いような気がするのは、気のせいかな……?


「なにか、気になることがあるんですか……?」

「え? あぁ、いや……その……天衣、さんはそれを知って、……どう、したいの?」

「えっと……その……」


 弓崎さんと別れさせる、なんて言えないし……。
 言葉を探して視線をさまよわせていると、うしろから、どんっと衝撃(しょうげき)(おそ)われた。


「わっ」

「あ、ごめんなさいッス」

「うわ、だ、大丈夫……!?」


 今の声、犬丸先輩……?
 前に手を伸ばして、栗本さんの胸にもたれかかってしまったわたしは、「はい、大丈夫です、ごめんなさい……」と顔を上げた。
 栗本さんも肩をつかんで受け止めてくれたし、顔がくっつかなくてよかった。
 リップとか、触れたら色がついちゃうんだよね?


「……卓也」

「え、菫……!?」


 そのとき、横から栗本さんの名前を呼ぶ声がした。
 菫って、確か……と振り向くと、教室の前に弓崎さんと葛谷(くずや)さんがこちらを向いて立っている。

 あ、いくら別れる前だからって、人さまの彼氏さんにくっついてたらまずい!


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