()いも甘いも、イケメンぞろい。

6,なんでも屋の仕事

約2,000字(読了まで約6分)


 なんでも屋をやっている3人の先輩と出会った日から、もう1週間が過ぎた。
 仕事を手伝うと約束したのに、あれから葛谷(くずや)さんにも、犬丸(いぬまる)先輩にも、未來(みらい)先輩にも会っていない。
 休み時間にB棟の備品室に行ってみたこともあったけど、誰もいなくて。
 このまま、なんの知らせもなくていいのかなぁ?と不安に思いながら日々を過ごしていた。

 今日だって、なにごともないまま昼休みになっちゃったし。
 お兄ちゃんに先輩たちのクラスを聞いて、教室を訪ねてこようかな?
 そう考えながら、お弁当を机の上に出すと、「望羽(みはね)ちゃん!」と男の人の明るい声が聞こえた。


「久しぶりッス。一緒に来て欲しいッスよ」

「犬丸先輩!」


 目を丸くして、開いた扉の前に立っている、体の大きな犬丸先輩を見る。
 きっと、約束の“仕事”だ!
 わたしはあわてて席を立ち、犬丸先輩のほうに向かってから、あ、と思い出して席へ戻った。
 リュックに入れているスマホを取り出し、お兄ちゃんに[ごめんね、用事ができたから教室で待ってて]と連絡を入れておく。

 スマホをリュックに戻すと、わたしは今度こそ犬丸先輩のもとへかけ寄った。


「お待たせしました。お久しぶりです、約束の件ですね?」

「そッス!」


 犬丸先輩は、にぱっと笑って、わたしを遠いほうの階段へ連れていく。
 2年生の教室がある3階へ下りると、階段の前でポーチを持った未來先輩が待っていた。


「お久しぶり、望羽ちゃん」

「未來先輩! お久しぶりです」


 笑顔で手を振る未來先輩に笑って近づくと、「今日もかわいいわね」とはずんだ声で言われる。
 そんなことを言われると照れちゃうな。


「ありがとうございます」

「ふふっ。あっちを見てちょうだい」


 きれいな笑顔にドキドキしながら、あっち、と指さされた廊下(ろうか)を見ると、見覚えのある横顔が見えた。
 2-Bと書かれた教室の前に、葛谷さんと女の人がいる。


「あそこにいるの、葛谷さんですよね……?」

「そッス、雨蓮(うれん)くんッスよ」

「そして、一緒にいる女の子が、今回の依頼人。弓崎(ゆみさき)(すみれ)ちゃんよ」

「弓崎……?」


 あれ、なんだか聞き覚えがある名前のような。
 どこで聞いたんだっけ……?
 うーん?と考えている間にも、未來先輩は話を続けた。


「彼女には恋人がいるんだけど、別れたいと思っているのに話を切り出せなくて悩んでいるそうなの」

「そうなんですか……」


 せっかく好き同士になって、付き合うっていう高いハードルを乗り越えた仲なのに、残念な話だなぁ……。


「俺たちの今回の仕事は、弓崎菫と栗本(くりもと)卓也(たくや)を別れさせることッス!」


 栗本……こっちも聞き覚えがあるような気がする。
 なんだったっけ……?と考えながら、葛谷さんと弓崎さんをぼーっと見ていると、葛谷さんが弓崎さんの頭をぽんぽんとなでた。
 すると、弓崎さんが赤面して。
 葛谷さんが笑うと、弓崎さんは耳まで真っ赤になってしまう。


「ふふっ、今回は時間をかけたみたいだけど、ちゃんと打ち解けてますね」

「雨蓮くんは女の子のあつかいが上手ッスからね。俺たちも行こッス!」

「そうですね。じゃあ、望羽ちゃん、ちょっと移動しましょうか」

「は、はい」


 葛谷さんって大人だ……!
 見てはいけないところを見たような気がしてドキドキしつつ、わたしは未來先輩、犬丸先輩と階段を下りていった。
 1階に来ると、先輩たちはトイレの前で足を止める。


「じゃ、俺はここで待ってるッス!」

「ちゃんと見張りしててくださいね。……さ、望羽ちゃん」

「え……」


 にこ、と笑って未來先輩にさそわれたのは、女子トイレのなか。
 もしかしなくても、未來先輩、一緒に入るつもりなのかな……?


「あ、あの、未來先輩って男の人なんですよね。一緒に女子トイレに入るのは、ちょっと……」


 かぁっと、ほおが熱くなるのを感じながら言うと、未來先輩はおどろいた顔をした。


「……それ、誰から聞いたの?」

「お兄ちゃんが教えてくれました……」


 未來先輩は顔を(そむ)けて、眉根を寄せる。


「まったく、茅都(かやと)先輩はいじわるだな……」


 ぼそっとつぶやかれた声が、低い、男の人のもので、びっくりした。
 未来先輩はすぐに顔の向きを戻すと、にこっと笑って、今まで通り“女の人の声”でしゃべる。


「ちょっとメイクをするだけだから、大丈夫よ。1階のトイレなら他の人もいないし。望羽ちゃんが男子トイレに入るより、いいでしょ?」

「そ、それは、確かに……」

「他の人が来ないように見張ってるから、大丈夫ッス!」

「うーん……分かりました……」


 いいのかなぁ、と思いつつ、まったく男の人には見えない未来先輩を見つめて、わたしはうなずいた。
 そうして女子トイレに入ると、未來先輩はポーチを手洗い場に置いて、わたしの髪をクリップで留める。


「め、メイクって、もしかしてわたしに……?」

「そうよ。とびきりかわいくしてあげるから、楽しみにしててね」


 ほおに人差し指を添えて、ウインクする未來先輩を前に、わたしはただ緊張(きんちょう)しながら立つことしかできなかった。
 メイクするなんて、わたし生まれて初めてだよ……!


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