()いも甘いも、イケメンぞろい。

5,動画と取り引き

約2,300字(読了まで約7分)



「さて、これを全校生徒に見られたくなかったら、俺たちの仕事を手伝ってもらおうか」

「え……仕事?」


 急になにを、と目を丸くしてから思い出す。
 そういえばお兄ちゃんにも、“仕事がやりやすい”、とかなんとか言ってたっけ。
 となりの段ボール箱に座っている葛谷(くずや)さんは、わたしを見下ろしてほほえんだ。


「なんでも屋だ。生徒に依頼されれば、なんでもやる」

「はあ……」


 なんでも屋……。
 視線が葛谷さんの顔にぬい留められるのに抵抗して、ちらりと他の2人の先輩を見ると、にこにこと笑顔を返される。
 手伝って、と言われたら手伝うけど、でも。


「わたしも、びっくりはしましたけど、どんなお兄ちゃんもお兄ちゃんだし、誰に見られたっていいんじゃないですか?」

「え……」

「わぁ、柔らかい子ッスねぇ」


 未來(みらい)先輩と犬丸(いぬまる)先輩におどろいたような反応をされて、こっちもおどろいた。
 葛谷さんなんて、顔から笑みが消えて、クールな顔でわたしを見つめている。


「……予想外だな」

望羽(みはね)ちゃん、茅都(かやと)先輩にはね、ど~してもこの本性を知られたくない相手がうちの生徒にいるのよ」

「え……」

「全校生徒にあんな動画を見られちゃったら、茅都先輩はすっごく困るわ。お兄ちゃんを助けたいでしょう?」


 眉を下げた顔の横で、両手を合わせてわたしを見つめる未來先輩の視線に、ドクン、と心臓が音を立てた。
 あの動画を見られたら、お兄ちゃんが困る……?
 そんなの絶対にダメだよ。


「助けたいです。お兄ちゃんが困ること、しないでください」


 となりの葛谷さんを見つめてお願いすると、葛谷さんは、ふ、と口元を緩めた。
「それは」と言いながら右手をわたしのほうに伸ばして、ほおのラインをなぞるように指先をすべらせ、あごを少し持ち上げる。


「お前の働き次第だ」


 胸からドキドキと音がする。
 わたしは緊張(きんちょう)しながらも、おずおずと葛谷さんに言った。


「どんな仕事も、一生懸命(いっしょうけんめい)、ていねいにやります。だから、葛谷さんたちを手伝ったら、あの動画、消してください」


 犬丸先輩が持っている葛谷さんのスマホを指さすと、葛谷さんはにこりと笑って指を離した。


「あぁ、いいだろう。期待してるぞ、望羽」

「なんでも任せてください!」


 顔の熱を感じながら、両手を胸の前でグッとにぎってみせると、葛谷さんはほほえんで視線をそらす。
 犬丸先輩からスマホを受け取る様子を見ていると、犬丸先輩がわたしに向かってにこにこと言った。


「望羽ちゃんも、雨蓮(うれん)くんにメロメロッスね」

「えっ。ち、違います……っ! 葛谷さん、お兄ちゃんにも負けないくらいかっこいいから、なんだかドキドキしちゃって……!」

「まあ、ピュアなのね。かわいいわ~。望羽ちゃん、クズ先輩みたいな悪い男の人にひっかかっちゃダメよ? 女同士、私と仲良くしましょ」

「俺とも仲良くして欲しいッス! おかしいっぱいあげるッスよ」

「あ、ありがとうございます。未來先輩も、犬丸先輩も、よろしくお願いします」


 はにかんで笑うと、未來先輩が「やだ」と口に手を当てた。


「笑顔がキュートだわ。段ボール箱にちょこんと入ってる様子と相まって、愛らしいわね」

「あっ……! も、もう出てもいいですか……?」

「子犬みたいな目がかわいい~!」

「もちろんッスよ! ね、雨蓮くん」

「あぁ。教室に帰っていいぞ。茅都が探してるだろうからな」

「あ!!」


 そうだった、お兄ちゃん!
 急いで教室に戻らなきゃ、とあわてて立ち上がって段ボール箱から出ると、未來先輩が手を差し出して支えてくれた。


「教室まで送ってあげるわ。一緒に行きましょ」

「ありがとうございます、未來先輩」


 笑顔の未來先輩に笑顔を返すと、「かわいい!」と美しすぎるお顔で言われる。


「私、望羽ちゃんの笑顔好きよ。たくさん笑った顔を見せてね」

「えへへ、照れちゃいますけど……はい」


 顔をのぞきこまれて、はにかんで笑えば、未來先輩はわたしの腕に手を回した。
「それじゃあデートしてきま~す」と葛谷さんたちに手を振った未來先輩に合わせて、頭を下げてから備品室を出ると、わたしは未來先輩と歩き出す。
 渡り廊下(ろうか)を通って、A棟4階まで戻ると、階段へ向かってくるお兄ちゃんと目が合った。


「望羽! よかった……2人でどこに行ってたの?」

「あら、茅都先輩。ふふっ、私たちだけの秘密です。じゃあ、またね、望羽ちゃん」

「あ、はい、また」


 こくんとうなずいて、手を振る未來先輩に手を振り返すと、お兄ちゃんがそばにきて私の腕に触れる。
 階段を下りていく未來先輩を見る顔は、いつも通りにこやか。
 だけど……お兄ちゃんには“裏の顔”、もあるんだよね。


早乙女(さおとめ)さんと仲良くなったの? 望羽」

「うん」


 ほほえみながら聞かれて、わたしは笑顔でうなずいた。


「……そっか。早乙女さんは趣味(しゅみ)で女装してるだけで、本当は男子だから、女の子同士って思っていろいろ話しすぎないように気をつけてね?」

「えっ?」


 未来先輩が、男の人?
 そんなの、全然気づかなかった……。
 わたしは、もう未來先輩の姿が見えなくなった階段のほうを見る。


「……でも、お兄ちゃん、未來先輩、心は女の人とかなんじゃ……?」

「ううん、早乙女さんは心も男子だよ。女の子のフリをするのが好きなんだって」

「そ、そうなんだ……教えてくれてありがとう、お兄ちゃん」


 わたし、未來先輩が女の人だって信じてうたがってなかった。
 なにか失礼をする前に、男の人だって教えてもらえてよかったな。


「うん。さ、一緒にお昼を食べよう?」

「あ、うん。そうだ、お兄ちゃん、一緒にお昼ご飯食べたいって子がいて……」

「そうなんだ。じゃあ今日は望羽のクラスで食べようか?」

「うん!」


 わたしはうなずいて、お兄ちゃんと教室に戻った。


(※無断転載禁止)