()いも甘いも、イケメンぞろい。

4,知らないお兄ちゃん

約2,100字(読了まで約6分)


 犬丸(いぬまる)先輩がスチールラックに置かれた物の裏に、葛谷(くずや)さんのスマホを隠したのを見ながら混乱していると、未來(みらい)先輩が近づいてきた。


「さ、ちょっとこっちに来てちょうだい。望羽(みはね)ちゃんには少しだけ隠れていてもらうわ」


 うしろから背中を押されて、「え、え?」と歩くと、葛谷さんのとなりにある、かなり大きめの段ボール箱の前に立たされる。
 葛谷さんが座ったままその段ボール箱のふたを開けてわたしを見るものだから、まさか、“隠れる”って……!と目を丸くした。


「あ、あの、わたしお兄ちゃんになにも連絡してなくて、もし時間がかかるなら……」

「大丈夫、連絡なんてする必要はないわ。ほら、きゅうくつかもしれないけど、ここに入ってじっとしててね」

「で、でも、どうして段ボール箱なんかに……!」

「早くしないと客が来る」


 葛谷さんからクールに言われて、思わず口を閉じてしまう。
 そのまま、言われるままに段ボール箱の中に入って、ひざを抱えながらちぢこまると、段ボール箱のふたを閉められた。
 一体、なんでこんなことに……??


「本当に入ったッスか。望羽ちゃんはちっちゃいッスね~!」

「女の子をなめちゃダメですよ、イヌ先輩。これくらい楽勝なんですから」

「あのぉ……」

「静かに」


 葛谷さんのクールな声が降ってきて、口をつぐんだ。
 なんだか葛谷さんって、思わず言うことを聞いてしまうような、ふしぎな雰囲気があるなぁ……。
 少しの間、3人の先輩の雑談を聞いていると、カチャッと扉が開く音がした。


「なんだよ、急に呼び出して。昼休みは妹と過ごすって決めてるんだけど」


 あれ? この声、もしかしてお兄ちゃん……?
 でも、いつもより声が低いし冷たいし、しゃべり方もちょっと違うような……?


天衣(あまい)くん! いらっしゃいッス!」

「そのかわいい妹ちゃん、また茅都(かやと)先輩についてきてたりして?」

「確認した、誰もついてきてない」

「それじゃあ、あのとき邪魔(じゃま)された話の続きを聞かせてもらおうか?」

「チッ、他にタイミングあっただろ……」


 お、お兄ちゃんが、舌打ち、した……?
 未來先輩も、わたしがここにいるの知ってるはずなのに……。
 えぇぇ……?


「そう怒るな。かわいい妹に早く会いたいんだろ?」

「……栗本(くりもと)卓也(たくや)弓崎(ゆみさき)(すみれ)は、栗本から告白して付き合ったらしい。弓崎はアイドルオタクなのをバカにされてたが、栗本には受け入れられてうれしかったんだと」

「あら、すてきね」

「栗本は生き生きとオタ活する弓崎がかわいく見えて()れたらしい。最近は弓崎がアイドルに熱上げてて一緒にいる時間が少ないみたいだな」

「ねらい目はそこか」

「弓崎が推してるアイドルはお前と雰囲気が似てたから、お前の顔も好きなんじゃないか、雨蓮(うれん)

「雨蓮くんはかっこいいッスからね! 女の子はみんなメロメロッス」

「ふふっ、そういえば茅都先輩の妹ちゃんもクズ先輩に見惚れてなかったかしら?」


 く、クズ先輩って葛谷さんのこと……?
 バレてたなんてはずかしい……っ。


「はぁ? ふざけんな、望羽はこんなクズ男にはひっかからない」

「ふっ、箱入りほど悪い男にひっかかるって言うけどな」

「雨蓮、望羽に近づいたら一切情報流さないからな」

「そう敵意をむき出しにされると、手を出したくなるのが人間の性分だが?」

「チッ……! クズめ。もういいだろ、俺は帰る」


 本当にお兄ちゃんなのかな、っていうくらい怒ってるし、口も悪いよ……。
 この声、本当にお兄ちゃんなのかな?
 葛谷さんだって、クズクズ言われて怒らないの……?


「あぁ、いつも助かってる。お前は学校中の“人気者”だからな。人の情報がすぐ手に入るおかげで、こっちも仕事がやりやすい」

「……なんだよ、今さら」

「たまには、親友に感謝を伝えようと思ってな」

「気持ち悪いな。そういうの、お前には似合わないぞ」

「ふふっ、茅都先輩にはよく似合うんですけどね」

「そッス、天衣くんは演技上手ッス! 学校のだーれも天衣くんの本当の顔に気づいてないッスからね」

「……妹と昼飯食べるから、もう行く」

「はーい。またナイショのお話しましょ、茅都先輩」


 カチャ、と扉の開く音がして、あ、と思う。
 結局なんの話をしてたのかよく分からないけど、出ていっちゃった。
 先輩たちもお兄ちゃんの名前を呼んでたし、声の人も“望羽”ってわたしのこと呼んでたから、お兄ちゃん、なんだよね……?

 なんだったんだろう、今の、と考えこんでいると、段ボール箱のふたが開いて光が入ってきた。
 少しまぶしくて、くり返しまばたきをしながら起き上がる。


「お疲れさま、望羽ちゃん。静かにしててえらかったわ」

「あ、ありがとうございます……あの、今のって……」

「茅都の裏の顔だ。……藤一(ふじいち)

「はいッス!」


 段ボール箱のなかでひざ立ちしていると、犬丸先輩がスチールラックに隠していたスマホを回収して、少し操作してからわたしに画面を見せた。
 そこに映っていたのは、にこりともしていない冷めた表情だけど、間違いなくお兄ちゃんで。
 さっき聞いた会話が、そっくりそのままスマホから流れてくる。

 やっぱりあの声は、お兄ちゃんだったんだ……。


(※無断転載禁止)