()いも甘いも、イケメンぞろい。

20,恋か、錯覚(さっかく)

約2,500字(読了まで約7分)



望羽(みはね)?」

「どうしたの、望羽ちゃん?」


 今にも笑顔を捨て去りそうだったお兄ちゃんも、先輩たちも、みんなわたしを見て、話を聞く姿勢をとってくれる。
 わたしは、「とりあえず周りの人の目がないところに移動しませんか……?」と遠くからこっちを見ている人たちをちらりと見て言った。

 わたしの提案が受け入れられて、みんなでB棟の備品室に来たあと。
 わたしはドキドキする胸を落ちつかせるように深呼吸をして、目をつぶりながら言った。


「あのっ! わたし、好きな人ができましたっ!」

「え。まさかこいつらじゃないよな、望羽!?」


 すぐにお兄ちゃんが横からわたしの肩をつかんできて、わ、とおどろく。


「う、うん……その……」


 かぁっと赤面しながら、ちらりと、奥にいる雨蓮()さんを見た。
 それだけで、お兄ちゃんにも、先輩たちにも伝わったらしい。
 パシッと音がしてから、わたしはお兄ちゃんが雨蓮さんになぐりかかって、手のひらで受け止められたことに気づいた。


「ふっ……」

「はぁ!? なんでよりによって一番クズなこの人に!?」

「どうしてッスか、望羽ちゃん!? あれから1回も会ってないのに!」

「雨蓮、お前! 望羽になにをした!?」

「わ、わ! あの、ごめんなさい! 何日か前に、中武(なかたけ)さんにからまれて、雨蓮さんに助けてもらったことがあって!」


 みんなの反応にあたふたしながら説明すると、みんながそろって「“雨蓮さん”?」と雨蓮さんをにらむ。
 雨蓮さんは涼しい顔をして、わたしと目が合うと妖しくほほえんだ。
 ドキッと、鼓動が速くなるのを感じながら、わたしは視線を落として「そ、その……」と目をつぶる。


「そのとき、わたし……雨蓮さんと、キス……して、そしたら、雨蓮さんのことで頭がいっぱいになって……」


 ブォン、と音がしたから目を開けて顔を上げると、お兄ちゃんも未來(みらい)先輩も犬丸(いぬまる)先輩も、みんな雨蓮さんになぐりかかっていた。
 雨蓮さんはうしろに下がってよけてたから、無事みたいだけど。


「てめぇ、雨蓮……!」

「望羽ちゃん、それはとつぜんのことにびっくりしちゃっただけだよ」

「そッス、雨蓮くんは女の子をたらしこむのが上手ッスから、ドキドキさせるのはお手の物なんッスよ!」

「そ、そうですか……?」

「うん。強引に望羽ちゃんをドキドキさせて、好きになったって錯覚(さっかく)させただけ。クズ先輩の“いつもの手口”さ」

「おい、お前ら……」

「だまれ雨蓮! 一発なぐる、ぜってぇなぐる! 望羽に手ぇ出しやがってこの野郎!」


 お、お兄ちゃんがすごい怒って、大変なことになってる……!
 雨蓮さん大丈夫かな、とハラハラしていると、未來先輩に備品室のすみへ連れていかれた。


「あの人は茅都(かやと)先輩に任せておこう。それよりも……」

「望羽ちゃん、本当に雨蓮くんが好きなのか、実験してみようッス!」

「じ、実験?」

「そう。まず、望羽ちゃんとクズ先輩はこれから絶対に接触禁止。僕とイヌ先輩が望羽ちゃんにアプローチするから……」

「望羽ちゃんがドキドキしたら、雨蓮くんを好きになったわけじゃないってことッス!」

「は、はあ……」

「クズ先輩と2人きりになりそうだったら、すぐに逃げてね。また反則技を使われたら、実験にならなくなっちゃうから」


 反則技……?
 わたし、キスされてものすごくドキドキしただけで、雨蓮さんを好きになったわけじゃないのかなぁ……?
 雨蓮さんが好き……だと思うんだけど、なにしろ初めてのことだし、未來先輩たちのほうが恋についてはよく知ってるはずだから……。
 わたしの気持ちを確信するためにも、実験をしてみるの、大事かも。


「……分かりました。実験、してみます!」

「よし、それじゃあ決まりね。僕はクズ先輩と違って、同意なしに大事なことはしないから安心して」

「俺も許可を取らずにキスなんてしないッス! そんなことするのは雨蓮くんだけッスよ」

「は、はあ……」


 雨蓮さん、散々な言われようだなぁ……。
 せまい備品室のなかで、まだお兄ちゃんと格闘している雨蓮さんをちらりと見ると、指をからめるように左手をにぎられた。


「僕は望羽ちゃんを大切にする。おたがいの好きなものを知って、大事にしたいことを知って……誰よりも、居心地がいい男になるよ」

「俺は望羽ちゃんが望むことをなんでもかなえるッス。俺の気持ちも、たくさん伝えるッスよ。俺がどれだけ望羽ちゃんのこと好きか、知って欲しいッス」


 左手は未來先輩につながれて、右手も犬丸先輩につながれて。
 からめた指にキスをして、2人からまっすぐに見つめられると、胸がドキッと音を立てた。


「あ……わたし、今、ドキッとしちゃいました」

「ほらね。クズ先輩を好きになったっていうのは、錯覚だよ」

「そッス、刺激が強いことをされて、誤解しちゃったッスよ」

「おい、望羽をだますのもそこまでだ。望羽は俺に()れたって言ってるだろ」

「そんなこと認めるか!」

「雨蓮さん……でもわたし、実験の結果、勘違いだったみたいです!」


 未来先輩たちにドキドキしちゃったから、雨蓮さんが好きなわけじゃないんだよね……?
「ざまぁみろ!」とうれしそうに言うお兄ちゃんや、雨蓮さんをあおる未來先輩と犬丸先輩を見て、あわわ、と眉を下げる。


「はっ……負け犬どもはそこでほえてろ。……来い、望羽」

「えっ? は、はい! ごめんなさい、未來先輩、犬丸先輩っ」

「あ!? おい、待て!」

「「望羽ちゃん!」」


 イラっとしたように眉根を寄せて冷たく笑った雨蓮さんは、お兄ちゃんから(のが)れて備品室の外に出た。
 呼ばれて、とっさに返事をしてしまったわたしも、先輩たちの手をほどいて備品室を出ると、雨蓮さんに手を引かれる。
 とたんに、胸がドキドキと呼応し始めて。

 あれ……? やっぱりわたし、雨蓮さんのこと好きなのかな……!?


「待ちやがれクズ野郎!」

「逃がしませんよクズ先輩! 望羽ちゃんをもてあそぶのもそこまでです!」

「そッスよ! 望羽ちゃんを返すッス!」


 追いかけてきたみんなと不本意に始まった鬼ごっこは、先生に見つかって怒られるまで続いた。
 結局、わたしは雨蓮さんを好きになったのか、キスされてそう錯覚しただけなのか、はっきり分からず。
 わたしたちの恋愛模様(もよう)に答えが出るのは、まだまだ先のことみたい……。


[終]

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