()いも甘いも、イケメンぞろい。

19,うばわれた心

約2,300字(読了まで約6分)



「大丈夫だ。……不良にからまれて負けるようなら、不良相手になんでも屋なんて始めない」

葛谷(くずや)さん……」


 もう大丈夫、って安心させてくれたように感じて、こわばった心がほぐれていく。
 もしかして先輩たちって、強いのかな……?
 前も、中武(なかたけ)さんから助けてくれたし。

 あ、そういえばまだお礼を言ってない!
 ハッと気づいたわたしは、葛谷さんの目を見て口を開いた。


「葛谷さん、助けてくれてありがとうございます。葛谷さんが来てくれなかったら、どうなってたことか……本当に、ありがとうございます」


 距離が近いから、ほんの少しだけ頭を前にかたむけて感謝の気持ちを伝える。
 ほおに触れている葛谷さんの手に触れて、この手が助けてくれたんだな、と目をつぶって(ぬく)もりを感じていると「望羽(みはね)」と名前を呼ばれた。


「はい……」

「お礼の気持ち、もらってもいいか」

「え? は、はい」


 それは受け取って欲しいけど、と思いつつ、どういう意味で言ったのか分からなくて、きょとんとしていると。
 葛谷さんは、ふっと笑って目を伏せ、わたしに顔を近づけた。

 え……?
 え……!?
 えぇっ……!?

 近いな、と思ってもまだまだせまってくる葛谷さんの顔にびっくりして、ギュッと目をつぶると、唇に柔らかい感触がした。
 ……初めてだったけど、分かってしまう。
 わたし、今……っ。
 バクバクバクッて心臓がさわいで、頭がくらくらしてくるくらい、体が熱くなった。


「望羽を助けるのに、礼なんていらない。……が、感謝の気持ちを示すなら、こうしてくれたほうが俺はよろこぶ」


 そう言った葛谷さんは、“魅惑(みわく)”って言葉が似合うような笑みを浮かべて、わたしの唇を指でなぞる。
 頭のなかが真っ白になって、パチンッとなにかがはじけたような感覚がした。
 そのあと、胸いっぱいに広がって、わたしを支配したのは……。
 わたしを見つめる葛谷さんの瞳と、弧を描く唇、どこか甘いひびきを持った声に、わたしに触れる指の温度。


「くずや、さん……」

雨蓮(うれん)。……覚えたか?」


 葛谷さん……ううん、雨蓮さんは妖しくほほえんでわたしを見つめた。
 ドッドッドッと速く、大きな鼓動が聞こえるなか、わたしは小さくうなずく。


「ふ……好きだ、望羽。近いうちに、俺の彼女になってもらう」


 耳元で甘くささやいて、雨蓮さんはほおをなでおろすように手を離した。
 ドキッと跳ねた心臓に、よろこびがにじんでいた気がして、まさか、と気づく。

 わたし、もしかして雨蓮さんのこと……っ。


「まっすぐ教室に帰れ。すべてが片付いたら、また会おう」

「は、はい……っ」


 雨蓮さんはほほえむと、わたしに背中を向けて、渡り廊下(ろうか)のほうへと歩いていった。
 その背中を、ずっと見つめてしまって……雨蓮さんの姿が見えなくなって、しばらくしてから、わたしはようやく階段に向かえたのだった。


****

 雨蓮さんとイレギュラーに会った日から数日が経つと、いい“なんでも屋”さんが始動すると同時に……先輩たちと再会する今日がやってきた。
 毎朝の登校も、今は周りの人に場所をゆずってお兄ちゃんから離れることなく、なぜかお兄ちゃんと一緒に囲まれているわたしなのだけど……。


「望羽ちゃーん! 茅都(かやと)先輩!」

「おはようッス、望羽ちゃん! 天衣(あまい)くんもおはよッスよ~!」

「……早乙女(さおとめ)犬丸(いぬまる)


 にこやかに周りの人と話していたお兄ちゃんが、2人の声を聞いたとたんに、愛想をそぎ落としたような顔に変わる。
 たぶん、それにびっくりしたのもあってみんなが少し離れると、校舎の前で待っている先輩たち3人の姿が見えた。


「きゃーっ、あれ葛谷くんじゃないっ!? 久しぶりに見た! 最近学校によく来てるってうわさ本当だったんだ!」

「犬丸くんも一緒だ! あの2人って仲よかったの!?」

「え、誰あの長髪の美男子! あんな男子うちの学校にいたっけ!?」


 女子の悲鳴が次々に上がるのも分かるほど、先輩たちはかっこいい。
 未来(みらい)先輩だって、今日はスカートじゃなくてズボンをはいて、髪をポニーテールに結んでいるから、美人な“男の人”に見える。
 女装するの、やめたんだ……なんだか新鮮で、ドキドキしちゃうな。

 先輩たちがこっちに来ると、みんな距離をとるように離れて、わたしたちの間に道ができた。
 女子も男子も、イケメンが集まりすぎてて近づけない、って顔をしてる。
 わたしも分かるような気がする……。
 周りの人に注目されてるのもあって、ここから逃げ出したいもんっ。


「おはよう、望羽ちゃん。会いたかったよ」

「はぁ~っ、望羽ちゃんの顔を見たら今日までの疲れが吹き飛んだッス~!」

「久しぶりだな、望羽」


 わたしたちの前まで来た3人に笑顔を向けられて、わたしはドキドキしながら「おはようございます。お久しぶりです、みなさん」とあいさつした。
 自然と、真ん中に立っている雨蓮さんに視線が吸い寄せられる。


「きみたち、僕のことは無視?」


 お兄ちゃんがわたしの前に手を出して、無理やり貼り付けたような笑顔で先輩たちを見た。


「おはようございます、茅都先輩。先に(いと)しの望羽ちゃんへあいさつしただけですよ」

「そッス、好きな子が優先になるのはしかたないッス」

「あいさつが必要な仲か?」

「……そう、よく分かったよ」


 あ、お兄ちゃんが怒り出しそう……!
 先輩たちと引き離されちゃう前に!と、わたしは先輩たちに会ったら言おうと思っていたことを口に出した。


「あ、あの……! わたし、みなさんに大事なお話があって……! 聞いてもらえますか!?」



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