()いも甘いも、イケメンぞろい。

2,B棟の備品室

約2,200字(読了まで約6分)



「失礼しました」


 職員室を出てあいさつをしたあと、わたしは階段に向かって歩いた。
 先生に頼まれたプリントも届け終わったし、残りの休み時間はなにをしようかな?
 そんなことを考えていると、お兄ちゃんが1人で廊下(ろうか)を横切るのを見つけて、声をかけようと手を上げる。
 でも、わたしが声を出す前に、お兄ちゃんは渡り廊下のほうへ消えてしまった。
 1人なのもめずらしいと思ったけど、お兄ちゃん、なんだかちょっと急いでるみたい?

 早足で渡り廊下の前に出て、B棟のほうを見ると、お兄ちゃんは渡り廊下の奥にいて、横の階段を上がっていく。
 次の授業は移動教室じゃなかったはずだし……わざわざB棟に行くなんて、もしかしてなにか頼まれたのかな?
 それならわたしも手伝いに行こう!
 もし違ったら、お兄ちゃんと話して教室に帰ればいいもんね。
 うん、とうなずいて、わたしは渡り廊下の奥へ小走りで向かった。


「お兄ちゃーん……?」


 声を出しながらB棟の階段を上がり、2階の廊下に顔を出して一応お兄ちゃんの姿を探すと、お兄ちゃんが廊下の奥の部屋に入っていくのを見かける。
 すぐにあとを追うと、“備品室”と書かれた部屋から、うっすらと人の話し声が聞こえてきた。
 お兄ちゃん、きっとここに入ったんだ!
 ……でも、どうしよう? 他に人がいるみたいだし……入っていったらまずいかな?

 うーん、でも“備品室”だし、やっぱり先生になにか頼まれたんじゃ……!?
 とりあえずあいさつして、お邪魔(じゃま)そうだったら1人で帰ろう!
 わたしは心を決めて、扉をノックしてから、そっとドアノブを回した。


「すみませーん……」


 備品室の扉を少しだけ開けて、顔をのぞかせると、部屋の中には3人の美男美女がいた。
 左右の壁に沿って置かれたスチールラックの前で、床に座りこんでいる大きな体の男の人と、反対側に立っている長髪の美人な女の人。
 部屋の奥に置かれた段ボール箱に座って足を組んでいる男の人なんて、冷たそうに見えるけど、お兄ちゃんに負けないくらいかっこいい。
 思わずしゃべるのも忘れて、ぽかーんと口を開けたまま見惚(みほ)れてしまった。


「なんの用だ?」


 奥のかっこいい人に話しかけられて、ハッと我に返る。


「あ、えっと、ここにわたしのお兄ちゃんが入っていったように見えて……天衣茅都(あまいかやと)、いますか?」

望羽(みはね)!?」


 備品室のなかを右、左、と見ると、お兄ちゃんが扉の裏から顔を出した。
 ものすごくびっくりした顔をしてる。


「あら、この子が、茅都先輩が溺愛(できあい)してる妹ちゃん? かわいいお顔ね」

「いらっしゃいッス! 天衣くんの妹なら歓迎(かんげい)するッスよ!」

「こ、こんにちは」

「望羽、廊下で話そう」


 パッと笑顔になった2人に会釈(えしゃく)すると、お兄ちゃんが扉の前に立って、笑顔でわたしの肩に手を置いた。
 もしかして、お邪魔なほうだったかな……?


「ここで話してもかまわないぞ」

遠慮(えんりょ)しておくよ。……行こう、望羽」

「う、うん……失礼しました」


 お兄ちゃんの横から顔を出して、3人に会釈したあと、お兄ちゃんと備品室から離れる。
 わたしの肩を抱いたまま、お兄ちゃんは柔らかくほほえんでわたしを見た。


「こんなところまで、どうしたの?」

「あのね、プリントを職員室に届けに行ったら、お兄ちゃんがB棟に行くのが見えて……お兄ちゃんもなにか頼まれたのかなって」

「そっか、手伝いに来てくれたんだ。ありがとう、望羽」


 お兄ちゃんはうれしそうに笑って、わたしの頭をなでる。


「ううん。でもわたし、お邪魔だったかな……?」

「そんなことないよ。かんたんな用事だったから、もう終わっちゃったんだけどね。そうだ、一緒に教室へ帰ろっか」

「あ、うん。でも、あの人たちが……」

「彼らはもう少し用事があるんだって。2人で帰っても大丈夫だよ」

「そうなの? それならわたし、手伝ってくる!」


 備品室に戻ろうとすると、腕をつかんで引き止められた。
 きょとんとして振り向けば、お兄ちゃんがにっこりと笑っている。


「お兄ちゃん……?」

「先生に頼まれた用事はもう終わってるんだ。3人でもう少し話したいんだって」

「あ、そうなんだ。それじゃあ邪魔しちゃいけないね……お兄ちゃんはいいの?」

「うん。僕はたまたま居合わせただけだから」

「え?」


 お兄ちゃんが友だちにそんなことを言うなんて。
 めずらしいというか、変というか……。
 ……もしかして。


「お兄ちゃん、あの人たちのこと、あんまり好きじゃないの……?」

「え? ……そんなこと、ないよ。ただ、今日初めて会った3人だから」

「初めて? 友だちじゃ、ないの?」

「うん」


 あれ? そんなふうには見えなかったけど……。
 うーん?と首をかしげると、お兄ちゃんは笑ってわたしの手を引いた。


「行こう。望羽のクラスは、次の授業なにやるの?」

「あ、現代社会だよ」

「そっか。僕と予習する?」

「えっ、いいのっ?」

「うん。屋上前の階段でやろうか」

「それだと、お兄ちゃんが教室に戻るの大変になっちゃうよ」

「大丈夫だよ。階段上がっていくほうが大変でしょ?」


 3階の渡り廊下を通ってA棟に戻りながら、お兄ちゃんは、にこっとわたしを見る。
 わたしも、えへへ、と笑って「ありがとう」と返した。

 やっぱり、お兄ちゃんはやさしいな。
 ちょっと様子が変な気がしたのは、気のせいだったかも。


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