()いも甘いも、イケメンぞろい。

1,人気者のお兄ちゃん

約2,100字(読了まで約6分)



「なんでも屋、依頼だ」


 B棟2階、備品室にて。
 ブレザーのそでをまくった腕を伸ばして、1000円札をぴらり、と突き出した不良生徒は、悪だくみをするように笑った。


「OK、話を聞こう」


 奥の段ボール箱に腰かけて、長い足を組んだ男は、クールな美貌(びぼう)にほほえみを浮かべる。
 壁に沿って置かれたスチールラックに背中を預けた美女は、「ふふ」と笑い声をもらした。


「今回はどんな内容かしら?」

「俺たち、なんでもやるッス! 任せて欲しいッスよ!」


 あぐらをかいて床に座りこんでいた男は、手に持った袋からポテトチップスを取り出して、ピンと腕を上げる。
 その後、パリパリッという、そしゃく音がひびくなか、男たちの商談は始まった。


「この前――」



****
Side:天衣望羽(あまいみはね)


 コツコツ、コツコツ、と鳴るローファーの音を聞きながら、わたしはとなりを歩くお兄ちゃんの笑顔を見上げた。


「それでね、チョコバナナクレープが一番おいしいんだって。望羽(みはね)、チョコ好きでしょ? 学校から帰ったら駅前に行ってみる?」

「うんっ、行ってみたい!」

「よしよし、それじゃあ今日のおやつはクレープね」


 美人なお母さんに似て美男子なお兄ちゃんは、わたしの頭をなでて、きれいに笑う。
 最近学校で話題の、駅前にできたクレープ屋さんの話を聞いて、朝ご飯を食べたばっかりなのにちょっとお腹がすいてきた。
 かっこよくて、やさしくて、頭がよくて、運動もできるお兄ちゃんが人気者なのは、幼いころからの日常。
 学校が近づいてくると、わたしは少しお兄ちゃんから離れた。


天衣(あまい)せんぱーい! おはようございまーす!」

「きゃー! 今日も茅都(かやと)さまかっこいい~!」

「あ、天衣! はよーっす。ははっ、今日もモテモテだな~、この野郎!」

「茅都先輩! この前はありがとうございました!」


 同じく学校へ向かう制服姿のみんなが、一度はお兄ちゃんを見て、遠くから声をかけたり、近くに寄ってきたりして。
 お兄ちゃんの周りは、あっという間に、にぎやかになる。


「おはよう。あ、ネクタイまがってるよ。はは、ひっぱらなくても聞いてるって」

「ねぇ茅都、この前言った新商品が今日出るの! 一緒に行かない?」

「あぁ、あれ今日出るんだ。ごめん、今日は妹と約束してるんだ、明日でもいいかな?」

「え~、まぁしかたないか……茅都ってシスコンだもんね?」

「かわいい妹を大事にするのはあたりまえだよ」


 堂々とそんなことを言ってくれるお兄ちゃんに、いつも照れちゃう。
 見た目で言えば、お父さんに似たわたしはとりわけ美人でもなくて、“愛嬌(あいきょう)がある”ってよく言われるような顔なんだけど。


「お兄ちゃん! クレープ屋さんは明日でもいいよ」


 歩道からはみ出さないように、うしろに下がったわたしはお兄ちゃんの背中に声をかけた。
 すると、お兄ちゃんは振り向いて眉を下げる。


「だーめ。望羽はすぐにそうやって自分をあと回しにするんだから。僕が望羽と、今日クレープを食べに行きたいの」

「……うん、分かった」


 そんなふうに言われちゃったら、もう明日でいいよ、なんて言えない。
 わたしは、はにかんで笑った。
 お兄ちゃんをさそった女の人は、残念そうな顔をしながら笑って「ありがと~、妹ちゃん」と軽く手を振る。
 わたしは、「いえ」と頭を下げた。


「クレープって、もしかして駅前のお店ですか? あたしも一緒に行きたいです!」

「ごめんね、大勢で行くと妹があと回しになっちゃうから。また今度でいいかな?」

「分かりました……今度、絶対一緒に行きましょうね!」


 2年生っぽい女の人は、お兄ちゃんにそう言ったあと、ジロリとわたしをにらむ。
 あわてて視線を落とすと、にぎやかな話し声に混ざって、その女の人の明るい声が聞こえた。
 こっそり、ふぅ、と息を吐き出して、また集まってきた人に場所を空けるため、わたしはうしろに下がっていく。
 校門が目の前に来ると、もうお兄ちゃんの周りには二重、三重に人の輪ができて、一切近づけなくなるのが常。

 だからわたしは学校につくと、静かにお兄ちゃんから離れて1人で教室に向かう。
 お兄ちゃんはそれが気になるみたいで、いつも[ほったらかしにしちゃってごめんね]ってメッセージをあとから送ってくれるんだけど。

 教室につくと、わたしに気づいた女の子たちは「おはよう」とあいさつして近づいてきた。


「ねぇ、天衣さん、今日の天衣先輩の時間割教えてくれない?」

「今日はお昼、私も一緒に食べていいかな?」

「お願い、天衣さん! 茅都先輩を紹介して! 3年と1年じゃ全然接点ないし、昼休みも茅都先輩すぐ出て行っちゃうし!」

「わ、う、うん、お兄ちゃんに聞いてみるね……?」


 いつものことだけど、ついつい勢いにびっくりしちゃう。
 お兄ちゃんは学校中の人気者だから、教室でも廊下(ろうか)でも、わたし、よくお兄ちゃんのことを聞かれるんだよね……。
 みんな、お兄ちゃんと仲良くなりたいみたい。
 わたしもみんなの力になりたいからできることはしてるんだけど、人が多いから毎日同じようなことをしている気がする。

 一番すごいのは、それだけ大勢の人を()きつけて、友だちになれるお兄ちゃんだけどね!

 わたしは今日も、みんなと()えず話したあとに、ホームルームギリギリで席についてリュックを下ろした。


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