()いも甘いも、イケメンぞろい。

18,残ったしこり

約2,000字(読了まで約6分)


 先輩たちと仲直りしてから……そして、先輩たちに告白されてから、数日。
 いいなんでも屋さんに変わることになった先輩たちは、“今までの清算をする”と言って、いそがしくしているみたいだった。
 わたしはすべてが終わるまで、B棟の備品室にも、先輩たちにも近づかないように、と言われて、今まで通り過ごしている。
 まぁ、“今まで通り”と言うには……みんなからお兄ちゃんのことを聞かれたり、頼みごとをされたりしなくなったんだけど。


「あ……」

「どうしたの?」


 休み時間、日直の女の子を手伝って、クラス全員分のノートを職員室に運ぶとちゅう。
 渡り廊下(ろうか)の向こうにいる葛谷(くずや)さんを見つけて、思わず声をもらしてしまった。


「あ、ううん、ちょっと知ってる人を見つけて。行こう?」

「うん。……本当にありがとう、天衣(あまい)さん。こういうことを手伝ってくれるの、天衣さんだけだよ」

「そうかな? 気にしないで、1人じゃ大変だから」

「ありがとう。みんな、天衣先輩のことばっかり話してるけど……私は天衣さんだってすごくやさしいと思うな」


 職員室まで歩きながら、日直の女の子に()め殺しにされて、照れてしまう。
 わたしは、わたしにできることでみんなのお手伝いができれば、って思ってるだけだから……。
 こんなふうに言われると、すごくいいことをしてるように錯覚(さっかく)しちゃうな。
 実際には、ただノートを一緒に運んでるだけなのに。

 女の子と話しながら職員室にノートを届けたあと、わたしはトイレに行くからと、1階で日直の女の子と別れた。
 用を済ませてトイレを出ると、下駄箱(げたばこ)のほうから見覚えのある男の人が歩いてくるのが見える。


「あ……」

「あん? なに見てんだ」

「あ、すみません。中武(なかたけ)さんだ、と思って」

「あ? てめぇ、なんで俺の名前を知ってる?」

「え?」


 なんでって、未來(みらい)先輩たちが言ってたから……。
 あ、そっか。そういえば自己紹介してなかったっけ。


「改めまして、天衣望羽(あまいみはね)です。中武さんのお名前は、未來先輩たち……えっと、なんでも屋さんからおうかがいしました」

「天衣、望羽? ……そうか、お前か! あのときの女は!!」

「えっ……!?」


 な、なんか急に怒り出した……!?
 びっくりして半歩後ずさると、中武さんは勢いよく近づいてきて、わたしの肩をつかんだ。


「お前の仕業(しわざ)だろ! あの男がヨリを戻したのは!」

「あ、あの男……っ? って、栗本(くりもと)さんですか……?」


 ヨリを戻した……って、確か、別れた2人がまた付き合うことだよね?
 っていうことは、栗本さんたち、やり直してくれたんだ!


「よかったぁ……」

「よくねぇ! せっかく金払って別れさせたのに……! てめぇのせいだろ! なんでも屋が店じまいしたのも!」

「えっ……そ、そうとも言えなくはないですが……!」

「おかげでこっちはイライラしてんだ! 多少は痛い目見せてもいいよなぁ……!?」


 中武さんはわたしを横の壁に押しつけて、こめかみに青筋を浮かべながら拳を上げる。
 え、え、またなぐるつもり……っ!?
 やだ、どうしよう……っ。


「や、やめてくださいっ……!」

「うるせぇっ、一発なぐらねぇと気が済まねぇんだよ!」


 拳を引いたのを見て、もうダメ、なぐられる!と思って目をつぶると、「う゛っ」と中武さんのうめき声が聞こえた。
 肩をつかむ手が離れたのを感じて、そぉっと目を開ければ、中武さんの頭が沈んでいく。
 え……と目を丸くすると、くずれ落ちた中武さんのうしろに、葛谷(くずや)さんがいた。


「く、葛谷さん……?」

「まったく……1回だまらせたって言うのに、今度は望羽にからむとは。これだから休むひまがないんだ」


 葛谷さんはため息をつくと、どうやら気を失ったらしい中武さんを廊下に寝かせて、ブレザーのポケットから出したペンのふたを取る。
 ペンなんてなにに使うんだろう、と思って見ていたら、葛谷さんは中武さんの横にしゃがみこんで、顔にペン先をつけた。


「えっ、ちょ、ちょっと……!」


 “葛谷に負けました(2回目)”って……人さまの顔になにを書いてるの!?
 ペンをしまった葛谷さんは、立ち上がってわたしの手をつかむと、階段のほうへ歩いていく。


「く、葛谷さんっ」

「あいつは放っておけ。もう望羽にからみに行くこともないだろう」

「は、はあ……じゃなくてっ、いいんですか、あれ!?」

「あぁ。油性だから数日は落ちない。プライドがあればあるほど表を歩けなくなる。また向かってくるようなら同じことをすればいい……不良にはいい薬だ」

「そ、そうなんですか……?」


 もしかして葛谷さんたちって、今こんなことをして回ってるの……?
 それっていいのか悪いのか……。


「葛谷さんたち、大丈夫なんですか? 危ないことは……」

「……心配する必要はない。望羽には飛び火しないよう気を遣ってるからな」

「そうじゃなくて! 葛谷さんたちは、怪我をしたりしてませんか? あんなふうにからまれたら……」


 さっきのことを思い出して手がふるえると、葛谷さんが足を止めて振り向き、わたしのほおに触れた。


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