()いも甘いも、イケメンぞろい。

12,なんでも屋の過去

約2,400字(読了まで約7分)


Side:葛谷雨蓮(くずやうれん)


「柔道部だからって、腕に自信があるようだな。恐喝(きょうかつ)(くっ)しないのはご立派だが……払うものは払っておいたほうがいいんじゃないか?」

「なっ、その写真……!? ど、どうしてあんたがそんなものを……っ!」


 ブレザーの胸ポケットから取り出した写真を見て、柔道部の男はみるみるうちに青ざめていく。
 不良生徒しか存在を知らない、“なんでも屋”。
 今回の仕事は、金払いの悪い男に金を払う気にさせるというもの。


「“どうして”は意味がないだろう。問題は――」

『……全部、うそだったんですか』


 ぽろぽろと涙を流しながら、静かにこっちを見ていたあの顔が頭によぎって、一瞬、言葉に詰まった。


「……俺がこれを、誰に渡すか、ということだ」

「まさか、あの不良に……!? やめろ、やめてくれ、なにをされるか分かったもんじゃ……!」

「俺には関係がないことだな。まぁ、払うものを払えば、あいつもお前の願いを聞き入れるんじゃないか?」

『それが全部、いじわるだったんですか?』


 目をつぶって、写真を見えるように振りながら、柔道部の男に背を向ける。
 あとはこれを依頼人に渡せばいい。
 無意識にため息をつきながら、俺は依頼人に会いに行って、写真を渡してから備品室に戻った。


「お疲れッス、雨蓮(うれん)くん! どうしたッスか? なんだか暗い顔してるッスよ?」

「俺が? ……辛気臭(しんきくさ)いのは未來(みらい)だろう」

「はぁ……望羽(みはね)ちゃん……」


 最近は備品室のすみで体育座りしていることが多くなった未來を見ると、何回も聞いたぼやきがまた出てくる。
 未來は特に望羽をかわいがっていたから、気軽に近づけなくなって落ちこんでるんだろう。
 ここでは女のフリだってしなくなっている。


「未來くん……俺もなんだか、ブルーな気分ッス」

「望羽ちゃんの泣き顔が、こんなに心にクるなんて……あぁ、僕、望羽ちゃんを泣かせちゃったんだぁ……っ」

「……確かに、他人の泣き顔がこんなに頭にこびりつくのは初めてだな」


 他にも泣かせた人間は両手で数えるほどいるが、何日もフラッシュバックするようになったのは初めてだ。
 泣いて取り乱すのかと思えば、悲しみをうったえるように、ただ静かに見つめてくるだけだったからだろうか。


中武(なかたけ)さんから助けてくれて、ありがとうございました』


 泣いたまま、最後に感謝を伝えていった様子も、頭に焼きついている。


「望羽ちゃんは、まっすぐないい子だったッスから」

「望羽ちゃん……傷ついたよな……」

「……うん。傷ついたッスよね」

「傷ついた……だろうな」


 罪悪感なんて、(いだ)いたことはなかったのに。


「……子どものときぶり、だな」


 心がゆさぶられる出来事は。

 小学校に入ってから始めた剣道は、俺にとって初めて出会った熱中できるものだった。
 毎日竹刀(しない)に触れていたし、練習を休んだことは1日たりともなかった。
 だが、あるとき両親が金のことで大ゲンカして、イライラしていた母親に剣道の道具をすべて捨てられた。
 とうぜん、道場にも辞めると連絡していたらしい。
 学校から帰ったら、剣道を失っていた俺は、大きく心をゆさぶられて……名前も分からないその刺激(しげき)が、忘れられなくなった。

 それから、他人が真剣にやっていることを(こわ)すのが快感になったんだが……。
 今思えば、そのとき俺を飲みこんだ大きな感情の正体は、悲しみだったのかもしれない。
 今まで、他人にも同じ思いを味あわせて、自分の悲しみやうらみを晴らしていたのだとしたら……幼稚(ようち)すぎて、笑えるな。


「子どものときッスかぁ……そういえば俺、小2のとき、友だちにイタズラされて大泣きしたことがあるッス」

「……僕は、幼稚園で初めて、友だちに“男だ”って言われて、距離を置かれましたね……」

「あのとき、友だちに“こんなことで泣くなよ、友だち同士のじゃれ合いだろ”って言われたッス。あれは大きな衝撃(しょうげき)だったッスねぇ」

「親に女の子として育てられて、自分でも自分が女子だとうたがってなかったから……僕が本当は男だって知って、衝撃でした」

「あれから、人にイタズラするのが好きになったッス」

「僕も……あれから、人がうそを信じている様子をながめるのが、好きになりました」


 俺の言葉につられて昔を思い出したらしい2人の言葉を聞いて、あきれはてた。
 どう考えても、その状況は。


「お前たちも、傷ついたんじゃないのか? いつまで経っても忘れられないくらい」

「……俺が、傷ついた、ッスか?」

「傷ついた……そう言われれば、確かにこれ以上ないほどしっくりきますね」

「傷ついた……傷ついた……そう、かもしれないッス?」

「まったく……俺たちはバカだな。今になってようやく気づくなんて」


 俺の趣味を理解しない周りのほうが、おかしな人間だと思っていたが……なんてことはない。
 おかしいのは、俺のほうだったんだ。
 昔の傷を引きずって、ただの復讐(ふくしゅう)でしかないことを、好きだからやっていることだと勘違いして。
 バカらしくて目も当てられない。


「……僕、望羽ちゃんも同じように傷つけちゃったんですね」

「望羽ちゃん……雨蓮くん、未來くん、望羽ちゃんに謝りに行かないッスか!?」

「謝りに……そう、だな」

「でも……茅都(かやと)先輩に“二度と近づくな”って言われましたよね、僕たち?」

「……知らないのか? 悪いことをしたら謝る、それが“正しいこと”だ」


 笑って、茅都を引きつけておく策を考えると、藤一(ふじいち)が「雨蓮くん、悪い顔してるッス!」とうれしそうに言った。


「いいのかなぁ……あんまり望羽ちゃんに嫌われるようなことしたくないんですけど、僕」

「このままなにもしなければ、一生嫌われたままだぞ」

「う……分かりました、分かりました! なんとしても挽回(ばんかい)してみせるっ」

「よっしゃ、決まりッスね! 早く望羽ちゃんのところに行こッス!」

「あぁ、寄り道をしてからな」


 俺たちは備品室を出て、望羽に会いにいくため、A棟へ向かった。


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