()いも甘いも、イケメンぞろい。

11,お兄ちゃんの本音

約2,100字(読了まで約6分)


 学校を出て、アスファルトの歩道を歩きながらうつむく。
 いつもはいろんなことを話すのに、今日はお兄ちゃんとの間に沈黙(ちんもく)が落ちていて、そっと口を開いた。


「お兄ちゃんは、どうして“なんでも屋”さんに協力してるの……?」

「……」


 答えてくれない、かな。
 お兄ちゃんのことだから、きっと理由があるんだよね……?


「……悪い意味で、気が合う友だちだったから」

「悪い意味で……?」


 顔を上げると、お兄ちゃんは眉を下げながらほほえんで、視線を落とす。


「俺は……ごめん、望羽(みはね)みたいないい子じゃないんだ。望羽のやさしさを都合よく利用して、損をさせる周りのやつらなんてどうなってもよくて」

「え……」

雨蓮(うれん)たちがどんなことをしてるか、知ってた。俺が聞いたことを教えれば、その相手は痛い目を見るんだろうなって」

「……うん」

「でも、そんなこと、興味がないから。雨蓮たちに聞かれたことは、なんでも教えてきた」

「それは……悪いこと、だよ」


 お兄ちゃんはちらりとわたしを見ると、「うん」とほほえんだ。
 お兄ちゃんは、誰にでもやさしい、いい人だと思ってた。
 ……でも、それは演技だったんだ。
 本当は、冷たいところも、悪いところもあって……。


「望羽、覚えてる? 保育園でも、小学校でも。みんな、片付けとか掃除は望羽に頼んで、別の場所で遊んでたんだよ」

「え……うん。みんな、遊びたかったんだよね」


 きょとんとしてうなずくと、お兄ちゃんは悲しそうな顔をしてほほえむ。


「望羽はそうやって、自分のことをあと回しにして、頼まれたことはなんでも引き受けちゃって……それがつらいとも思わない子だから」

「……?」

「俺は、大好きな妹が損ばっかりしてるの、見てられなかったんだよ。誰よりもやさしくていい子なのに、嫌なことばっかり押しつけられてる」


 やさしい声で話しながら、お兄ちゃんはわたしの頭をなでた。
 わたしが、損ばっかり……?
 別に、嫌なことを押しつけられたことなんてないんだけどなぁ……。


「大きくなってから、知ったことだけど。生きてる人間は、みんな一緒に生きてる仲間だ、隣人(りんじん)だ、だから助け合おうって考え方があるらしいね」

「そうなんだ……」


 でも、一緒に生きてる仲間、隣人、か。
 なんだか、よく分かるかも。


「あぁ、望羽もきっとこういう考え方をしてるから、笑顔でなんでも引き受けられちゃうんだろうなって思った」

「……お兄ちゃんは違うの?」

「うん。俺は、望羽を利用する他の人間なんて、みんないなくなればいいと思ってる」


 やさしくわたしを見つめながら、ぶっそうなことを言ったお兄ちゃんにびっくりした。
 お兄ちゃんがそんなことを考えてたなんて……。


「最初はね、俺が望羽のまねをして、望羽を利用するやつらから守ろうって思って、いい人の演技を始めたんだ」

「わたしを守る……?」

「俺が先に嫌なこと引き受けちゃえば、望羽はなにもしなくていいでしょ。……望羽も、みんなにやさしい俺が大好きだって言ってくれた」


 確かに、お兄ちゃん大好き、とは、子どものころよく言った気がする。
 今でもそう思ってるし。


「本当の俺を隠さなきゃって思ったのは、成長して、さっきの考え方を知ってから。俺がみんなを嫌ってるって知ったら、望羽、悲しむでしょ」

「……」


 うん、とは言えなくて、眉を下げながら目をそらした。


「ごめんね、俺が、本当はこんな人間で。長いこと演技してきたけど……どうしても、望羽みたいにはなれなかった」

「……ううん。わたしを守ってくれてありがとう、お兄ちゃん」


 お兄ちゃんがずっと、わたしのために、本当の自分を隠して人気者でいてくれたこと。
 胸が()めつけられるくらいうれしくて、その気持ちが温かくて、自然と笑みが浮かんだ。


「でも……悪いことは、して欲しくないよ」

「……うん。俺も、雨蓮たちとはもう関わらない」


 わたしは眉を下げながら笑って、お兄ちゃんの腕に手をからめる。


「お兄ちゃん。わたしは、どんなお兄ちゃんでも好きだよ。どんなお兄ちゃんも、私の自慢のお兄ちゃんだよ」


 だって、お兄ちゃんがやさしいのは変わらないもん。
 こんなにわたしのことを思ってくれるお兄ちゃんが、わたしだって大好き。
 満面の笑顔を向けると、お兄ちゃんは目を大きく開いて、くしゃっと、うれしそうに笑った。


「望羽……ありがとう。俺は幸せ者だな、こんなにやさしい妹がいて。これからも、望羽は俺が守るから」

「えへへ、ありがとう! でも、無理はしないでね。わたし、お兄ちゃんがしたいことをして欲しい」

「無理したことなんてないよ。俺が望羽を守りたくてやってることだから」

「お兄ちゃん……ありがとうっ」


 ぴたっと、お兄ちゃんの腕に顔をくっつけて歩くと、頭をなでられる。
 それから、ほおに触れられた。


「帰ったら、メイクの落とし方調べないとな」

「あ……せっかくかわいくしてもらったのに、くずれちゃったよね」

「どんな望羽もかわいいから大丈夫だよ」

「えへへ……わたし、メイクの仕方、調べてみようかな」

「興味が出たの? だったらまずは、母さんに聞いてみたら?」

「うん、そうするっ!」


 それからは、いつものようにいろんなことを話しながら、2人で家へと帰った。


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