2,恋は花冷え、だけじゃない。―後―
あのとき だれかと話したりしたっけ、と眉をひそめて考えこむと、私が思い出すより先に
「あのとき、僕すごく
「……あ」
そういえば、そんなことがあった気がする。
「“緊張するよね。私もすっごく緊張してて……でも、絶対に入りたい学校なんだ。一緒にがんばろう”って、笑って言ってくれた」
「そう、だっけ……」
試験会場で筆箱を落とした男の子がいたことは覚えてる。
彼もすごく緊張してて……仲間がいるんだって思ったら、すこし気持ちが軽くなった気がした。
あのときの男の子が……鈴木くん?
じっと鈴木くんの顔を見つめても、記憶のなかの男の子はおぼろげで、どうしても顔が一致しない。
それでも記憶をたどろうとしていたら、鈴木くんがほんのり ほおを赤く染めたことに気づいて、あわてて視線をそらした。
私のことが好きって……本当なのかな……っ?
「あのとき、僕は中村さんに
「そ、そう、なんだ……っ」
男の子に告白されるなんて初めてのことで、顔が熱くなってしまう。
でも、“笑顔が頭に”って……私が、伊藤先輩を好きになったときみたい。
鈴木くん、本当に……?
特にかわいくもない私の笑顔なんて、一目惚れされるような
「なにがあったのかはわからないけど……この学校に入ったこと、全否定はしないで。すくなくとも僕は、中村さんと会えてよかった」
「鈴木、くん……」
思わず顔を上げると、鈴木くんは ほんのり ほおを赤くしながらも、真剣な顔で私を見つめていた。
鈴木くんは、告白という方法で、私をはげましてくれているんだ……。
そのことに気づいたら、自然と口が開いていた。
「……あのね、私、おなじ中学に好きだった先輩がいて。その人がこの高校に入ったって聞いて、ここを受験したの……」
「え……」
笑うことなんてなく、鈴木くんはショックを受けたように弱々しく瞳をゆらす。
「でもね、さっき、その先輩が彼女さんといるところを見ちゃって……」
「……それは、つらかったね」
鈴木くんだって私の告白に傷ついただろうに、そんなやさしい言葉をかけてくれるなんて。
思わず、うるっと瞳に
「うん……。だからね、今は告白に答えられないです。ごめんなさい……」
「……そっか」
頭を下げてあやまると、右の肩になにかが ふれる。
視線を向けると、それは男の子の手だった。
おずおずと顔を上げた私に、桜の花びらをつまんだ鈴木くんは眉を下げて笑いかける。
「教えてくれてありがとう。ひとつ、お願いがあるんだ。これからの高校生活、よかったら、僕のことを見ていてくれないかな?」
「え……?」
「好きになってもらえるように、がんばるから。この学校に入ったことも“失敗”にさせない。……って、すこし
はにかんで ほおをぽりぽりとかく鈴木くんの気持ちが、私の心を救ってくれた。
春は、別れの季節。
だけど、同時に出会いの季節でもある。
高校生活初日、私には別れと出会いが同時にやってきた。
ざぁっと風が吹いて、
「……うん。わかった」
****
春、
私は鈴木くんを見ていると約束して、高校生活をスタートさせる。
『あの、よかったら一緒にテスト勉強しない? 中村さんが近くにいてくれたら、がんばれそう』
夏、図書室で鈴木くんと一緒にテスト勉強をした。
『へぇ、本が好きなんだ。じゃあ今度、一緒に図書館へ行かない? 僕も本を読むのが好きなんだ』
夏休み中は鈴木くんにさそわれて、一緒に街の図書館へ行ったり、水族館へあそびに行ったりした。
秋、大人しい性格が
『えっ、中村さんも文化祭実行委員なの!? やったぁ! 一緒にがんばろうね』
『中村さん、大丈夫? つかれてない? 僕が代わるから、すこし休んでて』
鈴木くんも実行委員を押しつけられたみたいだけど、「中村さんと一緒でうれしい」と笑顔でがんばっていた。
冬、図書室で鈴木くんとまた一緒にテスト勉強をした。
『中村さんと一緒にテスト勉強すると、やっぱり気合が入るな。家でやるよりはかどるかも』
『もしもし、ありがとう、電話OKしてくれて。中村さんの声が聞きたくなって。今年はホワイトクリスマスになったね。あっ、寒くしてない?』
クリスマスにはめずらしく雪が降って、家の前に積もった雪の写真を鈴木くんと送り合い、電話をした。
出会ってから1年間、鈴木くんはずっと私にやさしかった。
それに、ずっと好意を伝えてくれていた。
季節はめぐり、また春。
私は放課後の夕焼け空の下、校門前で1人桜の木を見上げている。
「中村さん! お待たせ、ごめんね、遅くなって。先生に用事をたのまれちゃって」
「ううん、大丈夫。おつかれさま」
校舎のほうから走ってやってきた鈴木くんに、私は笑顔で答えた。
あの日とおなじ、校門の内側。
私の名前を聞いて、鈴木くんが見上げた桜の木の下で、私はこっそり深呼吸をする。
「今年もきれいに咲いたよね、桜。夕焼け空がバックっていうのも、
「うん……」
私が見ていた桜に目を向けてほほえむ鈴木くんの顔が、夕陽に照らされてきらきらしていた。
緊張で早くなる
「うん?」
「……好き、です」
「……え?」
ぽかん、と目を丸くする鈴木くんの顔から、視線が落ちていくのを止められなかった。
熱が出ているみたいに、顔が熱い。
「返事、1年も待たせてごめんなさい。私も……鈴木くんが好きです」
「……」
1秒……2秒……3秒……4秒……5秒……と経っても、鈴木くんからの反応がなくて、不安になった。
おそるおそる視線を上げると、鈴木くんは夕陽に照らされているだけじゃないとわかるくらい、顔が
「え……本当?」
「う、うん……っ」
「本当に……本当?」
「本当に本当、です……」
私もたぶん、真っ赤になっている顔でしっかり鈴木くんを見つめて言葉を返した。
鈴木くんはまた数秒間だまりこんで、私にかけ寄ってくる。
え、と目を丸くしていると、鈴木くんは目の前まで来ても止まらずに、がばっと私を抱きしめてきた。
「わっ!?」
「うれしいよ……っ! ありがとう、中村さん!」
「う、ううんっ、お礼を言うのは私のほう……! 去年、この場所で声をかけてくれてありがとう。鈴木くんのおかげで私、1年間楽しかったよ」
「そっか……よかった……!」
ぎゅうう、と私を抱きしめたあと、鈴木くんは背中から肩に手を移動させて、私をまっすぐに見つめる。
メガネの奥で、いつもよりぱっちりと開いた一重の瞳にどきどきした。
「中村さん。僕と付き合ってください」
「……はい」
鈴木くんを見つめ返してはっきり答えると、鈴木くんは くしゃっと、うれしそうに笑う。
強い風が吹いて、私たちの春を祝福するように、桜吹雪が舞った。
「好き。大好きだよ、中村さん」
「う、うん。私も大好き、だよ……!」
恋は花冷え、だけじゃない。
それを教えてくれたのは、また、ぎゅうっと私を抱きしめた鈴木くんだった。
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