自信を失ったら、

約3100字(読了まで約8分)


 自信を、無くしてしまった。
 ここに、自分がいる必要はないんじゃないか。
 自分がやる必要はないんじゃないか。
 そんな気持ちに(おそ)われて、暗闇しか見えない。


「おい、そこのお前。()えないお前だよ」

「……はい?」


 当たりの強い言葉が胸に刺さる。
 顔を向けると、無愛想(ぶあいそう)な少年が暗闇の中にぽつりと立っていた。


「せっかく星を見てたのに、お前のせいで真っ暗になったじゃないか」

「は……?」


 俺のせいで、と言われても。


「お前が辛気臭(しんきくさ)く落ち込むからこんな景色(けしき)になったんだ。さっさと気持ちを切り替えろ」

「……」


 なんなんだ、この少年は。
 ちょっと口が悪くないか?


「聞いてるのか? さっさと気持ちを切り替えろ、って言ってるんだ」

「いや……」


 そんなことを言われても困る。


「……はぁ。ダメなやつだな」


 少年の溜息と悪口が、思ったよりも胸をえぐった。
 ダメなやつだなんて、言われなくても分かってるよ。


「あぁ、うっとうしい。(きり)まで出てきた。おい、お前」

「うわ」


 驚いて一歩下がろうとすると、手首を掴んで引き留められる。


「何をバカなこと考えてるんだ」

「は……? バカなこと、って」


 一体なんのことだ。


「自分の価値を見失ってるんだろう。自分がいなくても、自分がやらなくてもいいなんて思ってるんじゃないか?」


 図星を突かれて、肩がぴくりと動く。


「いいか、分からないなら教えてやる。お前の価値は……」


 あぁ、この口の悪い少年のことだ。
 とんでもない悪口が飛び出してくるんだろうな、と覚悟をした。


「お前が思ってる100倍はある。0に何をかけても、とかくだらないことは言うなよ。そもそも人の価値なんて論じること自体間違ってるんだ」

「……え?」

「おれは知ってる。お前がどれだけ魅力のある人間か。おれはずっとここでお前に見惚れてたんだからな」

「は……?」


 人格が変わったのか?
 一体何を言われてるんだ?


「なんだその顔は。おれが俺を()めて何が悪い」

「……あの、何を言ってるのかよく……」

「落ち込むのはいいさ。でも自分の価値を(うたが)うな。そんなのバカでしかない」

「う……君、ちょっと言葉が強くないか」

「お前だってあの星を見れば分かる。お前が覚えてない、お前がしてきた善行(ぜんこう)も、お前が生み出してきたものも、お前が表現したものも。おれは全部覚えてる」

「は……? 君は一体……」

「バカな質問だな。くだらない。いいか、お前は“まだ”未熟なんだ」


 未熟……。
 その言葉がぐさりと胸に刺さった。


「落ち込んで、何かに気づいて、ひとつ輝きを増やす。お前が落ち込んだときっていうのは、さらに魅力的になるタイミングなんだ。自分の価値なんて疑ってるな」

「そんなポジティブには……」

「水は本当に水なのか? 人間に必要なのか? なくてもいいんじゃないか? お前はどう思う?」

「は? ……そんなの考えるまでもないだろ」


 水は水だし、人間が生きるために必要だ。
 なくなったらそれこそ大勢の人が、動物が、植物が死んでしまう。


「ほらな、お前だってバカなことだって思っただろ。おれは誰か? お前がやる必要はあるのか? お前はいなくてもいいんじゃないか? 答えは一緒だ」


 答えが一緒?
 どういうことだ。


「世界にとって、周りの人間にとって、自分にとって、おれは俺で、お前にやる必要があって、お前はいる必要がある」

「……屁理屈(へりくつ)みたいに聞こえる」

「何億と人がいたって、お前と全く同じ考えをして、お前と全く同じ行動をするやつはいないんだ。世界規模(きぼ)でイメージがつかないなら、周りと比べてみろ」


 周りと……。
 そう言われて、思い当たる人を頭に浮かべてみた。


「本当にお前は必要ないのか? お前の代わりなんているのか? お前と全く同じ思考をして、全く同じ行動ができるやつが」

「……それは、いないかもしれないけど。でも、世の中にはもっといい人がいて、もっとできる人がいて、俺である必要なんて……」

「それがくだらない考えだって言ってるんだ。軟水(なんすい)硬水(こうすい)、どっちが(すぐ)れていてどっちが(おと)っている?」


 さっきから水に例えるのはなんなんだ。


「……比べるものじゃないだろ? 軟水には軟水の使い道があって、硬水には硬水の使い道がある。ひとつの視点で見たときに優劣(ゆうれつ)はあるかもしれないけど、必要なのはひとつの視点だけじゃない」

「はぁ、なんでこれが自分に適用できないんだ。お前は本当にバカだな」


 ……バカバカ言われすぎて、むかついてきた。
 そもそも年下のくせに……。


「“もっといい人”も、“もっとできる人”も、ひとつの視点で見たときの感想でしかない。全部ひっくるめたお前と優劣を(きそ)える人間なんていないんだよ」


 ……めちゃくちゃ、褒めてくれるんだよな。
 こんなに口が悪いのに。
 俺を俺として、認めてくれる。


「お前はお前のままでいろ。だってお前が必要なんだ。お前じゃなきゃダメなんだ。1回じゃ納得できないなら、何回でも言ってやる」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「お前がお前のままでいることが、必要なんだ。お前の代わりなんていないんだ。お前じゃなきゃできないんだ」


 本当にいいのか、俺。
 口の悪い少年に褒められて、こんなにくすぐったい思いをして。
 ちょっと元気が出てくるなんて……。


「ん? 闇が晴れてきたな。ほら見ろ、お前自身を。お前の魅力を映し出したこの場所を」

「俺自身……?」


 一体なんのことだと思いながら、辺りを見る。
 景色をよく見ようと思う俺の心に比例したように、どんどん闇が薄れていって……。

 俺は息を飲んだ。
 そこに、満天の星空が現れたからだ。


「説明しても分からないかもしれないが。ここは精神の世界だ。そしてこの空間はお前自身。じゃなきゃ、おれはここにいられないからな」

「俺、自身……」


 無数の星が浮かんでいて、キラキラと光っている。
 誰が見ても、見惚れて溜息をつくような綺麗な景色だ……。


「あの星ひとつひとつが、お前の魅力。これだけ魅力があるのに、“まだ”未熟なんだ。お前が成熟したら、どれだけ輝く人間になるんだろうな?」


 少年を見ると、可愛げのある笑顔を浮かべていた。


「おれはお前自身だ。って言っても、お前の一部らしいけどな」

「君が、俺の一部……」


 それならきっと、この少年は俺の自信が具現化した存在なんだろう。
 “自信”だけにしては、口が悪いのが気になるけど……。


「これだけ綺麗な景色なんだ。たまには自分を見るのもいいだろ。おれはたまにと言わず、ずっと(なが)めてるけどな」


 あぁ、だからこの少年は自信に(あふ)れてるのかな。
 自分のいいところをずっと見ているんだから。

 これが自分なんて、まだ実感が湧かないけど……。
 本当にこれが俺自身なら、俺も多少は、自信を持っていいのかもな。
 そう思いながら、俺はずっと、星々を眺めていた。
 目が覚めて、現実に帰るまで、ずっと、ずっと……。



「……いなくてもいいんじゃないか、なんて卑下(ひげ)しすぎてたな。この世界には絶対に俺が必要だ、なんて自信満々にもなれないけど」


 いつの間にか突っ()していた机から、体を起こして、目に焼き付いた星空を思い浮かべる。
 あの星々を眺めていたら、忘れていた色んなことを思い出した。
 人に褒められた経験。
 人に感謝された経験。
 誰かに見られていなくても、自分で満足した出来事。

 あの少年に横から口を出されて、特に意識もしていなかった出来事が、“あの時あの人は感謝していたはずだ”なんて善行(ぜんこう)に変えられて。
 くすぐったくて、涙が出そうになった。
 俺は、いていいに決まってる。
 俺がやることに意味を見出してくれる人も、俺がやることで喜んでくれる人もいるんだ。


「諦めないで、やってみよう。俺ができること、俺にできることを忘れずに」


 決意を口にして、よし、と俺は顔を上げた。


[終]


(※無断転載禁止)
この物語は、別名義でノベルゲームとして作った物語を、小説版として改変したものです。
→ノベルゲーム版「チルする5分