邪神(じゃしん)花嫁(はなよめ)は、金目当ての傭兵(ようへい)にさらわれる

9,常夜(とこよ)の森で待ち受ける邪教徒(じゃきょうと)

約2,100字(読了まで約6分)


 常夜(とこよ)の森は、王都を出たところにある。
 身を隠した孤児院(こじいん)がある街からも、そう遠くはない。
 うっそうと しげった木々が陽をさえぎり、日中でも薄暗い森であることから、常夜の森と呼ばれていると、地理を解説した本に書かれていた。

 手紙と同様に、孤児院でお願いして もらってきた物を服のそでに隠しながら、私は到着した常夜の森に足を踏み入れた。
 きっと、私がここから生きて帰ることはない。
 グレンさんにさらわれてから、グレンさんや、院長先生に、子どもたち。これまでの人生からは考えられないほど、この数日間でたくさんの人と話すことができた。

 最後に、人の(ぬく)もりを知ることができたのは……神様が私にあたえてくださった、やさしさなのかもしれない。


「シンシア(ひめ)

「……!」


 おくへ進むほど、薄暗くなっていく森のなかを歩いていると、木々のあいだから真紅(しんく)のローブを着た数人の人物が現れた。
 王妃殿下が着ていたのとおなじローブ……私を待ち()せていたの?
 真紅のローブを着た人たちの先頭に立っている人物が、道をあけるように半身引き、森のおくを手で()ししめす。


「王妃殿下がお待ちです」


 ごくりとつばを飲みながら、私はうなずいて、おそらく邪教徒(じゃきょうと)である彼らについていった。
 城に忍びこんだグレンさんとおなじように、ローブのフードをかぶりながら、口元を布でおおいかくしている彼らの素性(すじょう)はわからない。
 逃げ道をふさぐように、私の周りをかこんで歩く邪教徒たちの中心で、私はそでを押さえてこっそり深呼吸をした。

 ザクザクと土を踏みしめる音を立てながら歩くこと、しばらく。
 その薄暗さから“常夜”と名付けられたはずの森に、陽が()しこむ一帯があった。
 ひらけたその場所で、キラキラと太陽の光を反射する湖の青さとは対照的に、真紅のローブを着た人たちが十数人 陽射しを受けてたたずんでいる。

 そして、そんな彼らの中央に、どこからともなく真紅のローブを着た女性がパッと現れた。


「よく来たわね、シンシア。えらいわ」


 日中で着替える時間がなかったのか、前回とはちがい、ローブの下に華美(かび)なドレスが見える。
 フードをかぶらず、結い上げた紫色の髪と、ルビーのような赤い瞳を太陽のもとにさらしているのは、この国でもっとも(とうと)い身分の女性……王妃殿下。
 赤い唇に笑みを浮かべた姿は、ならぶ者がいないほどに美しい。

 国王陛下からゆずり受けた青い瞳が、唯一(ゆいいつ)王妃殿下と(こと)なる色彩である私は、まっすぐに顔を上げて、王妃殿下を見つめた。


「殿下。ジュリアンは……?」

「城で元気にしているわ。あなたが大人しく したがっているうちはね」


 目尻のつり上がった瞳を細めてほほえむ王妃殿下を見ながら、ホッと息を吐く。
 ジュリアンの無事が確認できてよかった……。


「シンシア。ただヴァーノン伯爵(はくしゃく)(やと)われただけのあの傭兵(ようへい)を動かしたのは、あなたね?」

「……はい」

「ここへは1人で来たようだけれど、今まであの男と一緒にいたのかしら?」


 王妃殿下は私が人と関わることを禁じていた。
 そのことで しかられるのかもしれない、と思いながらもう一度「はい」と答えると、王妃殿下は笑みを消して私を見つめる。


「あの男と関係を持ってはいないでしょうね、シンシア?」

「……関係、というのは?」

「たとえば、口づけを()わしたり……」


 口づけ……!?
 どうしてとつぜんそんなことを、と思いながら、私は「い、いえ」と即座に否定した。
 すると、王妃殿下は唇に笑みをもどす。


「そう、よかったわ。男と口づけをしてあなたの純潔(じゅんけつ)が失われたら、生贄(いけにえ)としての価値を失ってしまうもの」

「え……?」

「そのような変わった条件があるから、“花嫁(はなよめ)”と呼ばれているのだし。……なんて、あなたにはわからないことよね」


 美しくほほえむ王妃殿下を見ながら、私はおどろきを胸におさえこんだ。
 私が男性と口づけを交わせば、邪神(じゃしん)の花嫁としての価値を失う……!?
 命を絶たずとも、そんな方法があったなんて。

 王妃殿下はあの禁書以上の知識を持っているみたい……。


「いい子のシンシア、お母さまの言うことをよく聞きなさい。あなたはこれから邪神さまの(かて)となるの」

「……」

「胸をナイフで一突きして、湖に落とす。そして邪神さまへお祈りすれば、この世界は邪神さまのものになるのよ!」

「「邪神さまバンザイ!」」


 私へていねいに説明してくれた王妃殿下のあとに、周りの邪教徒たちが声を合わせて邪神をたたえる。
 “胸をナイフで一突きして、湖に”。儀式(ぎしき)をおこなう方法がわかってよかった。
 王妃殿下はうっとりとした表情を浮かべながら、私を見つめる。


「私の生家(せいか)、クワイン侯爵(こうしゃく)家はずっと邪神さまを信仰(しんこう)してきたの。生贄をささげれば すばらしい力をさずけてくださる邪神さまが、この世を支配なされたら」


 クワイン侯爵家……王妃殿下が邪教とつながりを持ったきっかけは、生家にあったんだ。
 油断(ゆだん)なく王妃殿下を見つめると、殿下は興奮(こうふん)したようすで言葉を続けた。


「花嫁を生み、育て、ささげた私にはどのような褒美(ほうび)をさずけてくださるのか……! さぁ、シンシア、私の娘! すばらしい世界の、私のいしずえとなるのよ!」



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