邪神(じゃしん)花嫁(はなよめ)は、金目当ての傭兵(ようへい)にさらわれる

10,花嫁(はなよめ)の運命から(のが)れるとき

約2,300字(読了まで約7分)



「その前に! 私が命を絶てば、王妃殿下たちのたくらみは、夢で終わりますね」


 服のそでから出したナイフを自分の のどもとに突きつけて、私は王妃殿下に強い視線を向ける。
 真紅のローブを着た邪教徒(じゃきょうと)たちからざわめく声が上がり、目を見開いた王妃殿下が、一瞬で私の目の前に移動してきた。
 怒りに満ちた顔をして、王妃殿下が私の腕をつかむ。


「やめなさい、シンシア!」

「いやですっ!」


 ギリギリとにぎられた腕を気にすることなく、私は全力をこめてナイフをのどに引き寄せようとした。


「――シア!」


 そのとき、私の心をゆさぶる男性の声がして、腕にこめた力がゆるむ。
 王妃殿下はそのすきを(のが)さず、私の手からナイフを取り上げた。
 逆手(さかて)に持ち直したそのナイフが振り上げられて、王妃殿下が笑みを浮かべながら私の肩をつかむ。


「いや……っ」


 ゾクリとした恐怖(きょうふ)と絶望におそわれて、小さな悲鳴をあげることしかできなかった私の胸に、ナイフが振り下ろされた。


 ――キンッ

「チィッ!」


 ギュッと目をつぶった私の耳に、甲高(かんだか)い金属音が届く。
 私の肩をつかむ手が離れて、まぶたの向こうに光が()した。


「無事かっ!? 無茶なことすんなバカ!」

「グレン、さん……?」


 パチッと目を開けて声が聞こえたほうを見ると、抜き身の剣をにぎって馬に乗ったグレンさんが、真剣な顔で私を見下ろしていた。
 金色の目と視線が(まじ)わった瞬間、ホッと肩の力が抜けて泣きそうになる。


「なにをしているのです、早くあの者を始末しなさい!」


 王妃殿下の声が離れた場所から聞こえて、いつのまにか湖の前に殿下が避難(ひなん)していたことに気づいた。
 転移の力は人にふれていると使えないから……私を連れて逃げることはできなかったんだ。
 周りを見ると、私のうしろにいた邪教徒たちは地面にたおれ()し、湖の前にいる邪教徒たちは応戦するように身構えていた。


「グレンさんっ、乗せてください!」

「そこで待ってろ、全員――」

「――早く!」


 馬上にいるグレンさんに手を伸ばしてお願いすると、グレンさんは「わぁったよ」と眉根を寄せて、剣を左手に持ち替える。


「引っぱってやるから飛べ!」

「はい!」


 差し出された手をつかんで、引っぱられるのと同時に地面を()れば、グイッと体が持ち上がった。
 そのままグレンさんの腕のなかにおさめてもらい、短く一息ついたあとに、グレンさんの顔を見る。


「やめなさい!」

花嫁(はなよめ)を止めろ!!」


 王妃殿下や邪教徒たちがさけぶ声を聞いて、時間がないとあせりながら、グレンさんの両ほほをつかんだ。
 私を見る金色の瞳に視線を返し、小さく謝罪(しゃざい)の言葉を口にする。


「ごめんなさい」


 いぶかしげに眉をひそめたグレンさんが唇を開く前に、私は顔を寄せて――口づけをした。


「あぁぁぁ!!」

「なんてことだ!!」


 王妃殿下たちの絶望に満ちたさけび声が聞こえると、ホッと体の力が抜ける。
 これで、もう……。


「……なんだ?」


 顔を離すと、グレンさんは じっと私を見つめて、しずかに尋ねた。


「男性と口づけを()わして純潔(じゅんけつ)が失われれば、邪神(じゃしん)の花嫁としての価値が失われると……ことわりもなく、もうしわけありません」


 目を見張ったグレンさんは、「じゃあ」と口にして周りへ視線を向ける。
 邪教徒のたくらみは、(かな)うことがない……。
 私も落ちついた気持ちで邪教徒たちを見たけれど、“もう私がねらわれることはない”という予想は、まちがっていた。


「やめろ、やめろ、やめなさい! 16年間純潔を失わないように守ってきたのに! シンシア、おろかな娘!」


 王妃殿下はそうさけぶと、私たちのすぐ横に転移して、血走った目でナイフを振り回す。
 すぐにグレンさんが剣で応戦して、キンッ、キンッと甲高い音がひびいた。


「もうシアに生贄(いけにえ)としての価値はないんだろ! いさぎよく あきらめたらどうだ?」

「うるさい、うるさい、うるさい! ようやく待ちに待ったときがおとずれたのに、あきらめられるものか!」

「我らの悲願(ひがん)をじゃましたうらみ……! 2人とも邪神さまの生贄にささげてやる!」

「「おぉぉ!」」


 “邪神の花嫁”を失って怒り(くる)った邪教徒たちが、次々にその異能を使い始める。
 湖から水が立ち(のぼ)り、こちらにせまってきたり、とつぜん宙に現れた火の玉が飛んでくるだけではなく、地面に生えた草まで、グンと伸びておそってきた。


「グレンさんっ」

「チッ、そろいもそろってイカれ野郎ばっかかよ!」


 とっさにグレンさんの体に抱きつくと、グレンさんは ぐちを吐きながら剣を振り、馬を走らせて ありえない現象の数々から逃げる。
 体の横すれすれを通りすぎた水の柱、地面に落ちて草を燃やし出す火の玉、森のそばを走れば目の前に伸びてくる木の枝。
 王妃殿下自身も、何度も私たちの近くに現れてナイフを振り回してきた。


「シアっ、この状況をなんとかできたら、残りの人生俺にくれるか!?」

「えっ?」

「“はい”って答えたらやる気出る!」


 振り落とされないよう、グレンさんにギュッと抱きつきながら、心臓がさわぐのを感じる。
 “残りの人生”って……その言葉、プロポーズのように聞こえてしまうのは、ロマンス小説の読みすぎ……!?


「ど、どういう意味ですかっ?」

高潔(こうけつ)で、弱いところもあるシアに()れた。ぜんぶ背負って死にに行くのを放っておけないくらい、シアが好きだ!」

「っ……!?」

「だから、シアが残りの人生を俺にくれんなら、なんとしても2人で生き抜く!」


 まっすぐな言葉に胸を打たれて、顔が熱くなる。
 “好き”と告白されて、はげしく脈打つ心臓が、私の気持ちを明確に表している気がした。
 今なら、孤児院(こじいん)の応接室で芽生えた感情の名前が、わかる気がする。

 だから、私も――。


ありがとうございます💕

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