邪神 の花嫁 は、金目当ての傭兵 にさらわれる
10,花嫁 の運命から逃 れるとき
「その前に! 私が命を絶てば、王妃殿下たちのたくらみは、夢で終わりますね」
服のそでから出したナイフを自分の のどもとに突きつけて、私は王妃殿下に強い視線を向ける。
真紅のローブを着た
怒りに満ちた顔をして、王妃殿下が私の腕をつかむ。
「やめなさい、シンシア!」
「いやですっ!」
ギリギリとにぎられた腕を気にすることなく、私は全力をこめてナイフをのどに引き寄せようとした。
「――シア!」
そのとき、私の心をゆさぶる男性の声がして、腕にこめた力がゆるむ。
王妃殿下はそのすきを
「いや……っ」
ゾクリとした
――キンッ
「チィッ!」
ギュッと目をつぶった私の耳に、
私の肩をつかむ手が離れて、まぶたの向こうに光が
「無事かっ!? 無茶なことすんなバカ!」
「グレン、さん……?」
パチッと目を開けて声が聞こえたほうを見ると、抜き身の剣をにぎって馬に乗ったグレンさんが、真剣な顔で私を見下ろしていた。
金色の目と視線が
「なにをしているのです、早くあの者を始末しなさい!」
王妃殿下の声が離れた場所から聞こえて、いつのまにか湖の前に殿下が
転移の力は人にふれていると使えないから……私を連れて逃げることはできなかったんだ。
周りを見ると、私のうしろにいた邪教徒たちは地面にたおれ
「グレンさんっ、乗せてください!」
「そこで待ってろ、全員――」
「――早く!」
馬上にいるグレンさんに手を伸ばしてお願いすると、グレンさんは「わぁったよ」と眉根を寄せて、剣を左手に持ち替える。
「引っぱってやるから飛べ!」
「はい!」
差し出された手をつかんで、引っぱられるのと同時に地面を
そのままグレンさんの腕のなかにおさめてもらい、短く一息ついたあとに、グレンさんの顔を見る。
「やめなさい!」
「
王妃殿下や邪教徒たちがさけぶ声を聞いて、時間がないとあせりながら、グレンさんの両ほほをつかんだ。
私を見る金色の瞳に視線を返し、小さく
「ごめんなさい」
いぶかしげに眉をひそめたグレンさんが唇を開く前に、私は顔を寄せて――口づけをした。
「あぁぁぁ!!」
「なんてことだ!!」
王妃殿下たちの絶望に満ちたさけび声が聞こえると、ホッと体の力が抜ける。
これで、もう……。
「……なんだ?」
顔を離すと、グレンさんは じっと私を見つめて、しずかに尋ねた。
「男性と口づけを
目を見張ったグレンさんは、「じゃあ」と口にして周りへ視線を向ける。
邪教徒のたくらみは、
私も落ちついた気持ちで邪教徒たちを見たけれど、“もう私がねらわれることはない”という予想は、まちがっていた。
「やめろ、やめろ、やめなさい! 16年間純潔を失わないように守ってきたのに! シンシア、おろかな娘!」
王妃殿下はそうさけぶと、私たちのすぐ横に転移して、血走った目でナイフを振り回す。
すぐにグレンさんが剣で応戦して、キンッ、キンッと甲高い音がひびいた。
「もうシアに
「うるさい、うるさい、うるさい! ようやく待ちに待ったときがおとずれたのに、あきらめられるものか!」
「我らの
「「おぉぉ!」」
“邪神の花嫁”を失って怒り
湖から水が立ち
「グレンさんっ」
「チッ、そろいもそろってイカれ野郎ばっかかよ!」
とっさにグレンさんの体に抱きつくと、グレンさんは ぐちを吐きながら剣を振り、馬を走らせて ありえない現象の数々から逃げる。
体の横すれすれを通りすぎた水の柱、地面に落ちて草を燃やし出す火の玉、森のそばを走れば目の前に伸びてくる木の枝。
王妃殿下自身も、何度も私たちの近くに現れてナイフを振り回してきた。
「シアっ、この状況をなんとかできたら、残りの人生俺にくれるか!?」
「えっ?」
「“はい”って答えたらやる気出る!」
振り落とされないよう、グレンさんにギュッと抱きつきながら、心臓がさわぐのを感じる。
“残りの人生”って……その言葉、プロポーズのように聞こえてしまうのは、ロマンス小説の読みすぎ……!?
「ど、どういう意味ですかっ?」
「
「っ……!?」
「だから、シアが残りの人生を俺にくれんなら、なんとしても2人で生き抜く!」
まっすぐな言葉に胸を打たれて、顔が熱くなる。
“好き”と告白されて、はげしく脈打つ心臓が、私の気持ちを明確に表している気がした。
今なら、
だから、私も――。
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