邪神 の花嫁 は、金目当ての傭兵 にさらわれる
8,変わった気持ち、口ずさむ歌
「2人でゆっくりお話できましたか?
目を丸くしながら横を見れば、院長先生はおだやかに ほほえんで私を見ている。
雰囲気……どんなふうに変わっているのかな?
「はい……大事なお話が、できました」
うなずいてほほえむと、院長先生は目尻のシワを深めて、糸のように目を細くした。
うれしそうに「そう、よかった」とこぼすようすには、人柄のよさがにじみ出ている。
「グレンは家族想いで、とてもいい子です。……あ、“子”なんて言ったら失礼ね、16歳になってここを出てから、もう6年も経つ立派な大人なのだから」
「6年……」
と言うと、今は22歳?
私より6歳年上なんだ……。
グレンさんのことをすこし知れて、胸がトクトクと音を立てる。
院長先生は私にやわらかい笑顔を向けた。
「グレンはきっと、お嬢さんをしあわせにしてくれますよ」
しあわせに……?
どういう意味だろう、と首をかしげてから、ふと物語で似たような言葉を見た記憶があることを思い出す。
そのときは、まもなく結婚する女性に向けられていた。
「あ、いえ……っ! 私たちは、そのような関係ではなくて!」
「あら、そうなのですか? グレンが
院長先生はおどろいたように、口の前に手をそえて そんなことを言う。
グレンさんが、私に気を許した顔を……?
そうだったかな、と先ほどのようすを思い返して、たしかにすこしやわらかい表情をしていた気がする、と気づいた。
私が
体のうち側に
ほおに熱が集まるのを感じながら、私は口元をゆるめてグレンさんの顔を思い浮かべた。
****
グレンさんを待つあいだ、私は子どもたちが集まっている広間におじゃまして、ときどき声をかけられたりしながら、みんながあそんでいるようすをながめる。
私もこうやって、年の近い子たちとあそべていたら……と、あこがれを前にしたような気持ちでいると、どこからか歌う声が聞こえてきた。
「弟が待つ、
「あー、それ!
「えへへっ、うん! 続きも覚えてるよ。……母は待つ、常夜の森で待つ。本を手放して身支度をしたならば、常夜の森で旅立ちを」
かわいらしい歌声がつむぐ言葉に、ドキリと心臓がはねる。
私は歌っている子を目で探して、おそるおそるその子に近づいた。
「あ、あの、その歌、どうしたの?」
しゃがんで声をかけると、歌っていた女の子は振り向いて、きょとんとする。
「えーっとね、昨日から、吟遊詩人のお兄さんが歌ってるんだよ。歌って欲しいってお願いされたから、しばらく歌うんだって」
「そう、なの……ありがとう。もう一度、歌ってもらえるかしら?」
「うん、いいよ!」
にっこり笑って答えてくれた女の子は、私に向きなおって歌を聴かせてくれた。
“弟が待つ、常夜の森で待つ。尊きお方にささげるその身を清めて、常夜の森で旅立ちを”
“母は待つ、常夜の森で待つ。本を手放して身支度をしたならば、常夜の森で旅立ちを”
「もう一回歌ってあげようか?」
「い、いいえ……大丈夫。聴かせてくれて、ありがとう」
私はバクッ、バクッと音を立てる鼓動を聞きながら、なんとか笑顔を作って、女の子にお礼を告げる。
「どういたしまして!」と
王妃殿下が、私を呼んでいる。
常夜の森に行かなければ、ジュリアンの身があぶない。
全員が助かる方法を考えているひまなんて、なかったんだ……!
「シアさん? どうされました?」
とにかく急がなければ、と思いながら廊下を進んでいると、うしろから院長先生の声が聞こえた。
私はハッとして、足を止める。
「あ……もうしわけ、ありません。あの、行かなければならないところがありまして……紙とペンをお借りすることはできますか?」
「えぇ……大丈夫ですよ」
常夜の森へ行く前に、グレンさんに手紙を残しておかないと。
そう思いなおして、私は事務室へ向かう院長先生についていき、数枚の紙とペンを借りた。
[グレンさんへ。
せっかく私もみんなも助かる方法を考えようと言ってくださったのに、このような結果になってしまい、もうしわけありません。
吟遊詩人を通して、王妃殿下が私を呼んでいることを知ったので、常夜の森へ行ってきます。
厚かましいお願いですが、私の死後も、どうかこの依頼をやりとげてください。
もう1枚の手紙に、私が知る、王妃殿下と
私の直筆の手紙を王城に届ければ、すこしは王妃殿下にうたがいが かかるはずです。
同時に、グレンさんへ私の私財をすべてゆずり渡すようにもお願いしています。
もし手紙の内容が守られなければ、王城から私の私財をぬすんでくださって大丈夫です。
めんどうをおかけしますが、この国を、そして孤児院の子どもたちを守るために、どうかよろしくお願いいたします]
この世界に残しておかなければいけないもの。
そのすべてを手紙に書き切ってから、私は院長先生に手紙をたくして、1人、孤児院を出た。
(※無断転載禁止)