邪神(じゃしん)花嫁(はなよめ)は、金目当ての傭兵(ようへい)にさらわれる

7,依頼(いらい)の内容

約2,100字(読了まで約6分)



「シアが王城にもどれなかった理由は理解した。で、今後どうするかだが」


 先のことへ向けた思考をうながすグレンさんの言葉を聞いて、ただおそろしさにとらわれるだけだった状態から抜け出せた。
 私はグレンさんの視線を受けながら、胸を押さえるように両手をにぎりこむ。


「王妃殿下を告発するため、一度は失うことを覚悟した命です。自分の命は、惜しくありません……ですから」


 今の今まで、かっとうしていた。
 けれど、邪教(じゃきょう)から、邪神(じゃしん)からこの世を守るためには、きっとこの方法しかない。
 それを口にする覚悟を決めて、私はふるえる手を押さえこんだ。


生贄(いけにえ)にされる前に、私が、この命を絶てば。世界が危機にさらされることはないはずです」

「……」

「けれど……王妃殿下が邪教徒であることを明かさなければ、この国はいつか危険におちいってしまうかもしれません……」


 真実を知る私は、命を絶つ前にやらなければいけないことがある。
 150万の依頼(いらい)。グレンさんに、力を貸してもらいたいこと。
 それがようやく見えたから、私は顔を上げてグレンさんを見た。

 けれど、グレンさんが目を細めて私の胸元を見ていることに気づき、あわてておくびょうな気持ちが表れている両手を背中に隠す。


「お、お話を聞いていただいて、ありがとうございます。グレンさんへの依頼ですが、王妃殿下が邪教徒であることを明かす手助けをしていただければと……」

「……高潔(こうけつ)な精神を持った、立派な“(ひめ)さま”なのはいいが。おまえ、本当は死にたくなんかないんだろ」

「っ、そのような、ことは……!」


 グレンさんはすべてを見透(みす)かすような、冷静な目を私に向けた。
 国を守る、民を守る王族としての役目をまっとうしきれない、おくびょうな私を見つけられてしまったような気がして、心がふるえる。
 私を見つめたまま、グレンさんはその唇を開いた。


「だれだって、死にたかねぇよ。本当にたのみてぇことが、他にあるんじゃねぇのか?」


 低い声が、私の心をゆさぶってくる。
 眉を八の字にして、唇を硬く閉じ、返せる言葉を探しながらグレンさんを見つめると。


「すなおになれよ。――守ってやるからさ」

「っ……」


 グイッと手を引っぱってくれるような力強い言葉をかけられて、じわっと涙がこみ上げた。
 グレンさんのまっすぐな目を前にして、あふれた涙がほおを伝っていく。


「死にたく、ない……っ」


 ひとつ、本当の気持ちが飛び出すと、もうあふれ出す感情を止められなかった。


「ジュリアンを、この国の人を、世界の人を、守りたい……! 助けて……っ」


 次から次へとあふれ、ほおをぬらしていく涙が、私の視界をゆがませる。
 輪郭(りんかく)がぼやけたグレンさんは、ソファーから立ち上がって、私のそばへ来た。
 頭の上に、初めて感じる(ぬく)もりが乗る。


「方法を考えようぜ。シアも、他のやつらも助けられる方法をさ」


 ゆっくりと左右に動く温もりが、心のうちに火を(とも)したように、胸が温かくなった。


「ありがとう、ございます……っ」


 ふるえきった涙声で感謝を伝えると、頭の上の温もりはポンポンとはねる。
 グレンさんは「ちいせぇ体に(かか)えこみすぎだ」と言って、私のとなりに腰かけながら、肩を抱き寄せた。
 体にふれる体温が胸のうちまでジンと()みてきて、私は思わずグレンさんの服をつかみ、顔を寄せる。


「ずっと……ずっと、つらかったんです……っ!」

「あぁ」


 やさしい声に、ポンポンと頭をなでてくれる感触に受け止められるまま、私は声をあげて16年分の涙を流した。


****

 人の温もりを、初めて知った瞬間。
 抱えこむしかなかったすべてを吐き出したあと、私は孤児院(こじいん)の玄関でグレンさんと向かい合っていた。


「お気をつけて。むりはしないでくださいね」

「ちょっくら向こうの動きを探ってくるだけだ。あぶないことはねぇよ」


 軽く笑って答えるグレンさんがたのもしくも、心配になる。
 1にも2にも、まずは情報収集、ということで、グレンさんはあれから王妃殿下がなにか行動していないか、調べてきてくれることになった。

 今は、そばに院長先生もいる。
 あまり直接的な言葉は言えないけれど、もう一度なにか、とかける言葉を探したとき、グレンさんが先に口を開いた。


「いい子で待ってろ、シア」

「……私、それほど子どもではないです」


 そんな言葉を返しながらも、本のなかでしか聞かなかった言葉を向けられたことがうれしくて、同時にドキドキもして、ほおが熱くなる。
 グレンさんは明るくほがらかに、「ははっ」と笑った。


「先生、シアをたのむな」

「えぇ、行ってらっしゃい、グレン」

「あぁ」


 顔のシワを深めて、にこやかにほほえむ院長先生と視線を()わすグレンさんの顔を見る。
 私に視線をもどしたグレンさんは「じゃあな」と言って、手を上げながら孤児院を出ていった。

 人前に出ることがないから、一般に顔が知られていない私だけど、城に(つか)える人が通りかかれば、気づかれてしまう可能性がある。
 孤児院のなかで隠れていよう、と玄関に背を向けると、院長先生から話しかけられた。


ありがとうございます💕

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