邪神(じゃしん)花嫁(はなよめ)は、金目当ての傭兵(ようへい)にさらわれる

4,真紅(しんく)のローブをまとった人物

約2,500字(読了まで約7分)


 また窓から!?
 体が落ちていく感覚に、ギュッと目をつぶって身を硬くすると、すぐにドンッと衝撃(しょうげき)がおそってくる。
 傭兵(ようへい)の男性はその場にとどまることなく、屋敷のわきに()めた荷馬車のもとへ走った。


「ど、どこへ行くのですかっ?」

「どっか適当なとこ」


 適当って……!
 私にも考える時間をあたえて欲しい、と切実に思っていると、荷馬車と私たちのあいだに、とつぜん真紅(しんく)のローブをまとった人物が、どこからともなく現れる。
 目にしても現実かうたがってしまうこの光景を、私は以前にも目撃(もくげき)したことがあった。


「うわっ、なんだおまえ? どこから現れた!?」

偉大(いだい)なる邪神(じゃしん)さまにさずかった力です。……おまえの依頼主(いらいぬし)がどうなったかは見たでしょう」


 威厳(いげん)のある低い女性の声がひびく。
 フードの下に隠れた顔がどのような見目をしているか、確信を持って想像できた私は、一瞬、首を()められたかのように呼吸ができなくなった。


邪教徒(じゃきょうと)、それも生贄(いけにえ)をささげたことがあるイカれたやつか……」


 傭兵の男性はボソッとつぶやいて、一歩うしろに下がる。


「ヴァーノン伯爵(はくしゃく)を殺したのはおまえか? よくも俺の仕事をムダにしてくれたな」

「“だれが”、それはささいなこと。しかし、我々邪教があの者を始末したことは事実です」

「はっ……」


 鼻で笑うような声をもらしながら、傭兵の男性は私の体を(かか)えなおすようにゆすった。
 真紅のローブを着た女性は、色の白い右手をこちらに差し出す。
 私の人生を、“邪神さまの生贄にささげる”という言葉でしばってきた、この国で一番(とうと)い身分の女性……王妃殿下。


「姫を渡しなさい。その者は、邪神さまにささげる最高の生贄。さからうならば、我々邪教がおまえの敵となります」


 邪教にまつわる禁書を読んでから、今まで以上に出会うことをおそれていた母が、とうとう目の前に現れてしまった。


「姫を邪神の生贄に、なんてたいそうなことを考えてるもんだ。あんたらのゴタゴタに巻きこまれるのは、ごえんりょ願いたいもんだが」


 傭兵の男性は軽い口調で言葉を返したあと、ひっそりとため息をついて「どうすっかな」とつぶやく。
 苦渋(くじゅう)がにじみ出たその声に、ふるえるばかりだった体が、絶望にとりつかれた頭が、正気(しょうき)を取りもどした。
 彼は今、私を王妃殿下に渡すか迷っている。そして彼は、お金のために、依頼主の目的も知らず、王族をさらう人物。

 お金で動く彼なら、もしかすれば……。


「た、助けて、ください」


 私はフードの下から、前を向いている男性の顔を見上げて、ふるえる唇を開いた。
 金色の目が動いて、私を見下ろす。


「15年分のおこづかい、一切手をつけずに、()めてあります……っ。ぜんぶ、あなたにあげますから、助けてくださいっ……!」


 王妃殿下には聞こえないように小さく、けれど切実な思いをこめてささやくと、太い眉がくいっと上がった。


「へぇ」


 笑いをふくんだ声がこぼされる。
 ギラリとした彼の瞳が、私を射抜いた。


「それ、ざっといくらだ?」

「ひゃ、150万に、なっているはずです……っ」


 毎年渡される金額を計算して答えると、ヒュウ、と布で隠れた彼の口元から高い音が聞こえる。
 傭兵の男性は向かいに立つ王妃殿下に視線をもどして、小さく私に答えた。


「その依頼、引き受けた」


 無事に契約(けいやく)が結ばれたことを意味するその言葉を聞いて、ホッとこわばった体の力が抜ける。


「邪教徒さんよ、俺は金でしか動かない。俺に言うことを聞かせたいなら、相応の金を持ってくるんだな」

「……」


 王妃殿下にそう言い放った傭兵の男性は、クルリと体の向きを反転させて走り出した。
 荷馬車に近づくことはできないから、別の逃げ道を探すしかなかったのだと思う。
 けれど――。


「逃がしません。姫を“誘拐(ゆうかい)”して、おまえの役目は終わりました。大人しく姫を渡しなさい」

「チッ、どこにでも一瞬で移動できんのか。その力めんどうだな……!」


 私たちの行き先をさえぎるように、パッと目の前に現れた王妃殿下が、手を差し出しながら近づいてくる。
 傭兵の男性は立ち止まって、1、2歩下がり、また王妃殿下に背を向け、荷馬車のほうへと走った。


「きゃぁぁぁっ! 旦那(だんな)さま!!」

「!」


 頭上から、夜のしずけさをやぶるようにひびいた悲鳴(ひめい)が、王妃殿下の注意をそらしたのか。
 傭兵の男性は じゃまされることなく荷馬車へたどり着き、私を御者台に下ろして、自分も馬車に乗りこんだ。


「ムダだということがわかりませんか? 望みどおり報酬(ほうしゅう)は はらいましょう、姫を渡しなさい」

「あいにくと、先約があるんでね!」


 荷馬車のすぐ横へと転移してきた王妃殿下が、私の足をつかむ。
 心臓までつかまれたように こわばった私の体を片手で抱いて、傭兵の男性は王妃殿下の腕を()った。


「くっ……!」


 王妃殿下の手が離れた直後、傭兵の男性は手綱(たづな)をあやつって馬を走らせる。
 今度は道の先に転移してきた王妃殿下を見て、「しつけぇな」とこぼした彼に、私はなんとか力になろうと、口を開いた。


「あの方は、“その場所”を知っていないと、転移できません! まっすぐ走らず、でたらめに進路を変えて、どこにいるか予測がつかないようにしてくださいっ」

「おう、知り合いかっ?」

「は、いっ」


 王妃殿下を()けるために、無理をしてまがった馬車にゆられ、体がかたむく。
 手も足もしばられていて、どこかにつかまることができないから、ただ体に力を入れて()えていると、「おっと」とふたたび男性の腕が腰にまわった。


「こんなことなら しばらなきゃよかったな。俺のローブのすそでもつかんで、耐えててくれ」

「は、はい……っ!」


 身をよじって、うしろ手に彼のローブをつかむと、腰にまわされた腕が離れる。
 片手でムチを持った彼は、また道の先に転移してきた王妃殿下を見ながら、馬に軽くムチを当てた。


「ハッ! しっかりつかまってろよ、姫さん。飛ばすぜ!」


 その言葉どおり、荷台を引く馬はより速くかけ出す。
 私は手のなかに にぎりこんだローブのすそを離さず、夜の街を走る荷馬車にゆられ続けた。


ありがとうございます💕

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