邪神(じゃしん)花嫁(はなよめ)は、金目当ての傭兵(ようへい)にさらわれる

3,白紙にもどった依頼(いらい)

約2,000字(読了まで約6分)


 さかさまに見える執務(しつむ)づくえの向こう側。
 そこには、目を見開いたまま動かず、薄く開いた唇から赤い液体をたらした中年の男性がいた。
 イスにもたれるように座るその体の胸には、ふかぶかとナイフが突き刺さっている。


「んっ……」


 初めて目にした人の死体を前に、思わず体がふるえた。


冗談(じょうだん)きついぞ……! せっかく城に忍びこんで(ひめ)をさらって来たってのに、依頼主(いらいぬし)が死んでちゃあ、金がもらえねぇじゃねぇか!」


 まず気にするところがお金なの……? と思いつつ、さかさまに見える男性の顔を薄目で観察する。
 あの男性が、この傭兵(ようへい)(やと)った人……見覚えがあれば、と思ったけれど、そもそも知っている人物がすくない私では、顔を見ても名前がわからない。
 図書室で読んだ貴族名簿(めいぼ)には、肖像画(しょうぞうが)なんてついていなかったし……。


「ったく、だれだよ、殺しやがったの……大罪(おか)した結果がタダばたらきじゃ、わりに合わねぇぞ」


 不満たっぷりにぼやいた傭兵は、「あーあー、ったく、どうしたもんかな~」とため息混じりに言って、私を肩から下ろした。
 “依頼主”の貴族に背を向ける形で立った私は、傭兵が半開きになっていた扉を閉めるようすを、警戒(けいかい)しながら ながめる。
 しずかに扉を閉めると、傭兵はドアノブから手を離して、顔を隠した格好(かっこう)のまま私に向きなおった。


「なぁ、姫さん。やっぱ城まで無事に帰すから、今日のこと、なかったことにしてくんねぇ?」


 え、と思わず目が丸くなる。
 フードの下からのぞく金色の目は、私をまっすぐに見つめていた。


「金をくれるやつもいねぇし、ここまでタダばたらきした上に指名手配なんざされちゃあ、(そん)するだけだ。今後仕事にありつけなくなるとこまるし、たのむ」

「……んん」


 真正面(ましょうめん)からそんなふうにお願いされるとは思わなかった。
 どう答えるにしても、口をふさがれたままでは気持ちを伝えられない。
 すこしあごを突き出すようにして、この布を外して欲しいという思いを表すと、傭兵の男性はフードの上から頭をかいた。


「あー、でかい声出すなよ。助け呼んだら速攻(そっこう)逃げるからな」


 約束します、という答えをうなずきで返す。
 傭兵の男性は「よし」と口にして私に近づき、口内に押しこまれた布のかたまりを抜き取ってくれた。


「……あの、男性は、どなたなのですか?」

「ヴァーノン伯爵(はくしゃく)らしい」


 左手を腰に当てながら、傭兵の男性は肩をすくめるようにして答える。
 ヴァーノン伯爵……貴族名簿に載っていた名前だ。
 けれど、そのヴァーノン伯爵がどうして私をさらうよう、傭兵に依頼したのか……それはまったく見当がつかない。


「あなたは、ヴァーノン伯爵の考えを、なにも聞いていないのですか……?」


 ろうそくが(とも)されたこの部屋では、一部見える彼の(はだ)褐色(かっしょく)であることもわかるけれど、やはり顔の大部分は隠されていて、真意がうかがいづらい。
 唯一(ゆいいつ)見える金色の目をのぞきこむように、おずおずと傭兵の男性を見つめれば、彼はすこしのあいだ、無言で私に視線を返した。


「さぁな。一介の傭兵に、ぺらぺらと犯罪計画を話すはずもないだろ?」


 ……たしかに。
 ヴァーノン伯爵の目的がわからないままなのは、すこし気にかかるけれど……伯爵は死んでしまって、もうそのたくらみが進行されることはないだろうし。
 私はチラリと振り向いて、背後にあるヴァーノン伯爵の遺体を確認する。


「伯爵、を殺害した人に、心当たりは……?」

「あったら金をぶん取りに行ってる」

「……あなたは、お金が優先なのですね」

「生きていくためには、なにかと必要なもんだろ?」


 視線を戻すと、傭兵の男性は笑うように目を細めて私を見つめ返した。
 お金のために犯罪を犯すのはどうかと思うけれど、物語のなかでもお金を動機とする人物たちはいたから、理解できなくはない。

 けっきょくのところ、今私は、なんらかの犯罪行為から解放されることができた……のかな。


「もう質問はいいか? 俺は姫さんと交渉(こうしょう)できるか、ってことのほうが気になってるんだが」

「あ……」


 そうだった。
 今は、彼を罪に問うか、見逃(みのが)して城に帰してもらうか、考えなきゃ。
 ……って、私、“城に帰って”どうするの?


「……」


 とつぜんの出来ごとに巻きこまれて、いつのまにか忘れかけていた重大な問題を思い出し、頭がクラリとした。
 このまま城に帰っていいのか……頭痛すら感じるなやみを抱えて、硬く目を閉じると、コツ、コツ、と部屋の外から足音が聞こえる。


「おっと……答えを聞く前に、ここから逃げたほうがよさそうだな。声を出すなよ、姫さん。貴族の殺人事件に巻きこまれたくは ねぇだろ?」


 目を開けて傭兵の男性を見ると、口元をおおう布の前に人差し指を立てていた。
 その後、すばやくこちらにせまってきた彼は、私を横抱きにして、執務づくえの向こうにある窓に近づく。


「な、なにを……っ?」

「2回目だから、慣れたもんだろ?」


 金色のたれ目をニヤリと細めた傭兵の男性は、私を抱えたまま、器用に窓を開け。
 夜空の下へ、飛び降りた。


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