邪神 の花嫁 は、金目当ての傭兵 にさらわれる
3,白紙にもどった依頼
さかさまに見える
そこには、目を見開いたまま動かず、薄く開いた唇から赤い液体をたらした中年の男性がいた。
イスにもたれるように座るその体の胸には、ふかぶかとナイフが突き刺さっている。
「んっ……」
初めて目にした人の死体を前に、思わず体がふるえた。
「
まず気にするところがお金なの……? と思いつつ、さかさまに見える男性の顔を薄目で観察する。
あの男性が、この
図書室で読んだ貴族
「ったく、だれだよ、殺しやがったの……大罪
不満たっぷりにぼやいた傭兵は、「あーあー、ったく、どうしたもんかな~」とため息混じりに言って、私を肩から下ろした。
“依頼主”の貴族に背を向ける形で立った私は、傭兵が半開きになっていた扉を閉めるようすを、
しずかに扉を閉めると、傭兵はドアノブから手を離して、顔を隠した
「なぁ、姫さん。やっぱ城まで無事に帰すから、今日のこと、なかったことにしてくんねぇ?」
え、と思わず目が丸くなる。
フードの下からのぞく金色の目は、私をまっすぐに見つめていた。
「金をくれるやつもいねぇし、ここまでタダばたらきした上に指名手配なんざされちゃあ、
「……んん」
どう答えるにしても、口をふさがれたままでは気持ちを伝えられない。
すこしあごを突き出すようにして、この布を外して欲しいという思いを表すと、傭兵の男性はフードの上から頭をかいた。
「あー、でかい声出すなよ。助け呼んだら
約束します、という答えをうなずきで返す。
傭兵の男性は「よし」と口にして私に近づき、口内に押しこまれた布のかたまりを抜き取ってくれた。
「……あの、男性は、どなたなのですか?」
「ヴァーノン
左手を腰に当てながら、傭兵の男性は肩をすくめるようにして答える。
ヴァーノン伯爵……貴族名簿に載っていた名前だ。
けれど、そのヴァーノン伯爵がどうして私をさらうよう、傭兵に依頼したのか……それはまったく見当がつかない。
「あなたは、ヴァーノン伯爵の考えを、なにも聞いていないのですか……?」
ろうそくが
「さぁな。一介の傭兵に、ぺらぺらと犯罪計画を話すはずもないだろ?」
……たしかに。
ヴァーノン伯爵の目的がわからないままなのは、すこし気にかかるけれど……伯爵は死んでしまって、もうそのたくらみが進行されることはないだろうし。
私はチラリと振り向いて、背後にあるヴァーノン伯爵の遺体を確認する。
「伯爵、を殺害した人に、心当たりは……?」
「あったら金をぶん取りに行ってる」
「……あなたは、お金が優先なのですね」
「生きていくためには、なにかと必要なもんだろ?」
視線を戻すと、傭兵の男性は笑うように目を細めて私を見つめ返した。
お金のために犯罪を犯すのはどうかと思うけれど、物語のなかでもお金を動機とする人物たちはいたから、理解できなくはない。
けっきょくのところ、今私は、なんらかの犯罪行為から解放されることができた……のかな。
「もう質問はいいか? 俺は姫さんと
「あ……」
そうだった。
今は、彼を罪に問うか、
……って、私、“城に帰って”どうするの?
「……」
とつぜんの出来ごとに巻きこまれて、いつのまにか忘れかけていた重大な問題を思い出し、頭がクラリとした。
このまま城に帰っていいのか……頭痛すら感じるなやみを抱えて、硬く目を閉じると、コツ、コツ、と部屋の外から足音が聞こえる。
「おっと……答えを聞く前に、ここから逃げたほうがよさそうだな。声を出すなよ、姫さん。貴族の殺人事件に巻きこまれたくは ねぇだろ?」
目を開けて傭兵の男性を見ると、口元をおおう布の前に人差し指を立てていた。
その後、すばやくこちらにせまってきた彼は、私を横抱きにして、執務づくえの向こうにある窓に近づく。
「な、なにを……っ?」
「2回目だから、慣れたもんだろ?」
金色のたれ目をニヤリと細めた傭兵の男性は、私を抱えたまま、器用に窓を開け。
夜空の下へ、飛び降りた。
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