邪神(じゃしん)花嫁(はなよめ)は、金目当ての傭兵(ようへい)にさらわれる

2,さらわれた(ひめ)

約2,200字(読了まで約6分)



「おい、よけいなことはするな!」


 制止する言葉を無視して、ベッドわきにたれ下がっている、使用人を呼ぶためのタペストリーを下に引っぱる。
 これで使用人がいる部屋に合図がいったはず。
 だれかがこの事態に気づいてくれたら、と思っていると、うしろからベッドに押さえつけられて、体がうつ()せにしずんだ。


「っ……!」

「ったく、こっちもムダに ケガをさせる気はないんだ。大人しくしててくれりゃあ、痛くはしねぇからよ」


 その言葉どおり、背中側でひとまとめにされた腕は、それほど痛くはないけれど。
 硬いひも状のもの、おそらくロープで手首をぐるぐると拘束(こうそく)されていく感触がして、あせりが増した。
 邪教徒(じゃきょうと)では ないとしても、このままさらわれたら、どうなってしまうか……!


「な、なにが、目的、ですか……っ?」

「さぁな。俺の仕事は、(ひめ)さんをさらうことだけだ。じゃ、依頼主(いらいぬし)のとこに行くまで、しずかにしててもらうぜ」


 この“傭兵(ようへい)”は、なにも知らないの……?
 ごくりとつばを飲むと、体があお向けにたおされて、くしゃくしゃに丸めた布を口のなかに押しこまれる。


「んん!」

「あとは足をしばって、と……」


 つぶやきながら、傭兵は腰に下げたふくろのなかに手を入れ、取り出したロープで私の足首も拘束した。
 この傭兵に連れ出される前に、使用人が来てくれたら――!
 そう願う心とは裏腹に、傭兵はだれに じゃまされることもなく、私を肩にかつぎ上げる。

 傭兵が歩くたびに感じるゆれと、目の下から頭の先へ流れていくように見える床が、私の恐怖(きょうふ)をあおった。
 となりの自室へ移動して、ゆっくりと扉を開けながら慎重(しんちょう)廊下(ろうか)へ出た傭兵は、早足で廊下のおくへ進む。
 月明かりだけが()しこんだ薄暗い廊下は、シーンとしずまり返っていて、傭兵の小さな足音がよくひびいた。

 けれど、そこにコツコツと、もうひとつの足音が遠くから聞こえてきて、希望が胸に差しこむ。


「んんー! んんー!!」

「おいっ」


 言葉にならない声でも、と必死にくぐもった声を出せば、すぐさま傭兵が小声でとがめてきた。


「え……? だれか、いるの? ……きゃあっ!」

「チッ、見つかったか……!」


 タペストリーの呼び鈴を受けて来てくれたのか、廊下の先に使用人の姿が見えた瞬間、傭兵が舌打ちをして走り出す。
 使用人の姿が遠のき、体に伝わるゆれが大きくなって、私は身を硬くしながら目をつぶった。


「2人であの世へ行くことになるから、あばれんなよ!」

「んんっ!?」


 傭兵に話しかけられた直後、冷たい夜風が足に吹きつける。
「姫さま!?」とはるか前のほうから聞こえた声に答えるひまもなく、私の体は傭兵ごと、ふわりと浮いた。
 あわてて目を開けると、開いたガラス窓が目の前に見える。

 ドン、と体の下から衝撃(しょうげき)が伝わるのと同時に、周りからガサガサッと()の葉がこすれ合う音が聞こえた。
 この傭兵、木に飛び移った――!?


「もっかい行くぞ」

「んん!?」


 そんな、物語みたいなことを!
 目を見開いた私は、木の上から飛び降りた瞬間の浮遊感と、高速で流れていく景色(けしき)を見て、クラリとめまいを覚える。
 ふたたびドン、と体に衝撃が伝わったときには、そのまま意識まで飛んでしまったかと思った。


****

 破天荒(はてんこう)な逃走ルートを通って、王城から私を連れ去った傭兵の次なる移動手段は、荷馬車だった。
 荷台に下ろされて、幕を閉じられたのは はるか前のこと。横たわった体に伝わる連続的な衝撃に耐えている時間が、もうどれほどになったか わからない。
 半分気絶しているあいだに馬車が止まり、御者台(ぎょしゃだい)から降りてきたらしい傭兵が、幕を開いて私を肩にかつぎなおした。


「荒い走り方をしてわるかったな。元気か、姫さん?」

「んん……」


 弱々しく声を出した私の返答をどう受け取ったのか、傭兵は「そーかい」と答えて歩き出す。
 もう、彼の(やと)い主がいる場所へ来てしまったのかな……。
 夜が明けたら邪神(じゃしん)に――、なんていうひまもなく、私の命は ないのかもしれない。

 “不吉な姫”である私を、彼の雇い主がどのような目的でさらわせたのか、わからないけれど……。
 どこかで、逃げるすきを探さないと。
 馬車のゆれにさらされて疲れた体へムチを打つように、私は顔を上げて、周りの景色に目を走らせた。

 どうやら傭兵の目的地は貴族の邸宅(ていたく)らしく、私たちのすぐそばには大きな屋敷がある。


「今度はしずかにたのむぜ」


 私に忠告(ちゅうこく)したあと、傭兵はカチャリと屋敷の裏にある扉を開けて、建物のなかに入っていった。
 ここは、使用人用の出入口……?
 薄暗い廊下には、だれかがいるようすは まるでない。

 人の気配(けはい)がしたら声を出して助けを求めようか、それとも逆にかこまれてしまわないよう、しずかにしておくべきか。
 そんな なやみは、けっきょく だれともそうぐうしなかったせいで、意味を持たなかった。
 傭兵はしばらく歩いたあと、廊下のとちゅうで足を止めて、コンコンとノック音を立てる。


「失礼しますよ、姫を――、はぁっ?」


 カチャ、とかすかに扉を開ける音が耳に入った。
 傭兵がおどろきの声をあげたのと同時に、鉄のような、独特の臭いが鼻を刺激(しげき)する。


「おい、おいおい……なんで死んでんだよ……!?」


 “死”――?
 まさかこれは血の臭い? と困惑(こんわく)しながら、私は傭兵の背中越しに、部屋のなかへ視線を向けた。


ありがとうございます💕

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