邪神 の花嫁 は、金目当ての傭兵 にさらわれる
1,深夜、運命の前日
「いいな、かならずこの国の
「はいはい。その代わり、姫をここに届けたあかつきには、約束の100万、きっちりちょうだいしますよ」
デール王国の王都に位置する、ヴァーノン
ろうそくに
いくつもの星が見える窓を背にした中年の男、ヴァーノン伯爵は「わかっている」と答えて、口元を笑みの形にゆがませた。
「くっくっ……この私が
つややかなダークブラウンの執務づくえをはさんで、ヴァーノン伯爵の向かいに立つ男、グレンは、
(“教団”ねぇ……まさか、禁断の
筋肉質な
「じゃ、失礼しますよ。今度会うときは、姫をお連れするんで」
「たのんだぞ、
ヴァーノン伯爵に強い視線をそそがれて、グレンは「えぇ」と答える。
ひらりと手を振って執務室から出たグレンが、屋敷のなかで使用人と出会うことは一切なかった。
****
Side:シンシア・デール
月明かりが
薄い夜着に着替えたのは、あの月が高く
「どうしよう……どうしたら、いいの……っ?」
胸にうずまくのは
私は明日、
「だれか……」
苦しさのあまり、助けを求めたい気持ちが かすれた声となって、宙に溶ける。
言葉を
赤い満月の夜に生まれた、デール王国の不吉な姫。それが私、シンシア・デール。
この夜が明ければ、16年間。私は生まれてからずっと、人に
母である王妃殿下からも、人と関わってはいけないと言われて、私は自主的に他者との交流を絶ち、王城の図書室で日々をすごしている。
いつもどこかで苦しみを感じていた私を
けれど、本の数には かぎりがある。15年かけて、図書室にある本をすべて読みつくしてしまった私は、王族のみが見ることのできる禁書を読むようになった。
そのせいで、今日知ってしまった事実は、夜がふけた今でさえ、私の心をかき乱している。
[赤い満月の夜に生まれた女児は、邪神の花嫁である。16歳になったとき、その女児を生贄として邪神にささげると、邪神はこの世界を支配する力を得る]
それは、邪神を
人間を生贄にささげた人に、一瞬で別の場所に移動したり、火や水を自由にあやつる、この世の
倫理にさからう邪神を信仰することは、デール王国のみならず、世界中のどの国でも禁じられている。
それでも、邪教徒はすくなからずこの世に存在していた。私の、近くにも。
「私1人が命を失うだけじゃない……」
“邪神の花嫁”である私が生贄にささげられて、もし邪神がこの世界を支配する力を手に入れてしまったら……きっと、平和はなくなる。
けれど、この王城で、私が だれかに助けを求めることもできない……。
「あぁ……」
今にも泣きそうな、弱々しい声がのどの おくからもれた。
両手で顔をおおって、おく歯をかみしめる。
ただ時間ばかりが すぎてしまうことに、あせる気持ちが胸のなかで あばれているのを感じていると、カチャ、と小さな音が聞こえた。
息を飲んで、バッと顔を上げた私の視界に飛びこんできたのは、となりの自室に続く扉をゆっくり開けて姿を現した、体格のいい男性。
フードつきのローブと、あごから鼻までをおおう布で顔を隠していて、
「うわ、起きてんのかよ。……ごきげんよう、姫さん。おしずかに」
「……!」
まさか、邪教徒……!?
もう私を捕まえに来たの、と青ざめて口を押さえると、金色のたれ目をのぞかせた男性は、ゆっくりこちらに近づいて来る。
「そうそう、大人しくしててくれ」
「わ、私を、つれていく、の、ですか……っ?」
知らない人に言葉を投げかけるのがひさしぶりで、
男性は私から視線を外さず、一歩一歩距離を詰めながら答える。
「理解が早いな。そのとおり、俺は
傭、兵……?
邪教徒ではないの? と、ぽかんとして彼を見つめたあとに、もう残っている距離がわずかだと気づいて、あわててまくらもとの壁に手を伸ばした。
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