邪神(じゃしん)花嫁(はなよめ)は、金目当ての傭兵(ようへい)にさらわれる

1,深夜、運命の前日

約2,200字(読了まで約6分)



「いいな、かならずこの国の(ひめ)をさらってくるのだ」

「はいはい。その代わり、姫をここに届けたあかつきには、約束の100万、きっちりちょうだいしますよ」


 デール王国の王都に位置する、ヴァーノン伯爵(はくしゃく)別邸(べってい)執務(しつむ)室にて。
 ろうそくに(とも)された火が こうこうと2人だけの室内を照らし、床に濃い影を落としている。
 いくつもの星が見える窓を背にした中年の男、ヴァーノン伯爵は「わかっている」と答えて、口元を笑みの形にゆがませた。


「くっくっ……この私が花嫁(はなよめ)を手に入れれば、教団の悲願(ひがん)(かな)う……今のような新参者あつかいではなく、伯爵の私にふさわしい待遇(たいぐう)へと変わるだろう……!」


 つややかなダークブラウンの執務づくえをはさんで、ヴァーノン伯爵の向かいに立つ男、グレンは、()り上げたショートの黒髪に指を(もぐ)らせる。

(“教団”ねぇ……まさか、禁断の邪教(じゃきょう)じゃねぇだろうな。あーあ、やっかいな仕事受けちまった。まぁ、仕事に見合った金をくれるからいいけどよ)

 筋肉質な褐色(かっしょく)(はだ)よりも明るい、金色のたれ目をヴァーノン伯爵に向け、グレンは太い眉をくいっと上げた。


「じゃ、失礼しますよ。今度会うときは、姫をお連れするんで」

「たのんだぞ、傭兵(ようへい)


 ヴァーノン伯爵に強い視線をそそがれて、グレンは「えぇ」と答える。
 ひらりと手を振って執務室から出たグレンが、屋敷のなかで使用人と出会うことは一切なかった。


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Side:シンシア・デール

 月明かりが()しこむ部屋のなか。
 薄い夜着に着替えたのは、あの月が高く(のぼ)る前だったというのに……私はベッドに腰かけたまま、まだ体を横たえることができずにいた。


「どうしよう……どうしたら、いいの……っ?」


 胸にうずまくのは焦燥(しょうそう)と不安ばかり。
 私は明日、邪神(じゃしん)生贄(いけにえ)にささげられて、死んでしまうかもしれない。


「だれか……」


 苦しさのあまり、助けを求めたい気持ちが かすれた声となって、宙に溶ける。
 言葉を()わしたことも、顔を合わせたことも数える程度の、3つ離れた弟の顔が浮かんでは、頭がグラグラとゆれるような感覚におちいった。

 赤い満月の夜に生まれた、デール王国の不吉な姫。それが私、シンシア・デール。
 この夜が明ければ、16年間。私は生まれてからずっと、人に()けられて生きてきた。
 母である王妃殿下からも、人と関わってはいけないと言われて、私は自主的に他者との交流を絶ち、王城の図書室で日々をすごしている。

 いつもどこかで苦しみを感じていた私を(いや)してくれたのが、物語の世界。私の人生は、読書と共にあった。
 けれど、本の数には かぎりがある。15年かけて、図書室にある本をすべて読みつくしてしまった私は、王族のみが見ることのできる禁書を読むようになった。
 そのせいで、今日知ってしまった事実は、夜がふけた今でさえ、私の心をかき乱している。


[赤い満月の夜に生まれた女児は、邪神の花嫁である。16歳になったとき、その女児を生贄として邪神にささげると、邪神はこの世界を支配する力を得る]


 それは、邪神を信仰(しんこう)する邪教にまつわる本だった。
 人間を生贄にささげた人に、一瞬で別の場所に移動したり、火や水を自由にあやつる、この世の摂理(せつり)を超越した力をあたえる邪神は、()むべき存在。
 倫理にさからう邪神を信仰することは、デール王国のみならず、世界中のどの国でも禁じられている。

 それでも、邪教徒はすくなからずこの世に存在していた。私の、近くにも。


「私1人が命を失うだけじゃない……」


 “邪神の花嫁”である私が生贄にささげられて、もし邪神がこの世界を支配する力を手に入れてしまったら……きっと、平和はなくなる。
 (のが)れることは できないとあきらめて、生贄になる運命を受け入れてはいけない。
 けれど、この王城で、私が だれかに助けを求めることもできない……。


「あぁ……」


 今にも泣きそうな、弱々しい声がのどの おくからもれた。
 両手で顔をおおって、おく歯をかみしめる。
 ただ時間ばかりが すぎてしまうことに、あせる気持ちが胸のなかで あばれているのを感じていると、カチャ、と小さな音が聞こえた。

 息を飲んで、バッと顔を上げた私の視界に飛びこんできたのは、となりの自室に続く扉をゆっくり開けて姿を現した、体格のいい男性。
 フードつきのローブと、あごから鼻までをおおう布で顔を隠していて、素性(すじょう)がわからない。貴族らしくも使用人らしくもない動きやすそうな軽装と、腰から下げられている大きめのふくろが、ローブのすきまからチラリと見えた。


「うわ、起きてんのかよ。……ごきげんよう、姫さん。おしずかに」

「……!」


 まさか、邪教徒……!?
 もう私を捕まえに来たの、と青ざめて口を押さえると、金色のたれ目をのぞかせた男性は、ゆっくりこちらに近づいて来る。


「そうそう、大人しくしててくれ」

「わ、私を、つれていく、の、ですか……っ?」


 知らない人に言葉を投げかけるのがひさしぶりで、恐怖(きょうふ)とあいまって、ぎこちないしゃべりになった。
 男性は私から視線を外さず、一歩一歩距離を詰めながら答える。


「理解が早いな。そのとおり、俺は依頼(いらい)を受けて姫さんをさらいに来た傭兵(ようへい)だ」


 傭、兵……?
 邪教徒ではないの? と、ぽかんとして彼を見つめたあとに、もう残っている距離がわずかだと気づいて、あわててまくらもとの壁に手を伸ばした。


ありがとうございます💕

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