ふびん女子は、隠れ最強男子の腕のなか。

9,滝戸(たきど)高校最強の人

約2,100字(読了まで約6分)


 よ、“よかった”…?
 目を細めてほほえむ知暖(ちはる)先輩に見つめられて、じわっと顔の熱が上がってきている気がして、私は顔を(そむ)ける。


「家族想いで、ひかえめで、健気(けなげ)で、かわいくて、料理もできて……優衣(うい)って、いい子だよね?」

「え……?」

「――よぉ。女とランチとはいいご身分だな」


 とつぜんのほめ殺しにドキッとしたとき、知らない男の人の声が聞こえてきて、びっくりしながら振り向いた。
 すると、私たちのうしろに不良男子が5~6人立っていて。


「……なんの用?」


 知暖先輩はほほえみながらも、いつもより冷たい気がする声で尋ねる。


遠藤(えんどう)、てめぇ、滝高トップの吉田(よしだ)さんよりハバきかせてんじゃねぇぞ。吉田さんに負けたナンバー2は日陰で大人しくしてろや」

「そうだ、最近調子に乗ってるみてぇじゃねぇか!」

「はぁ……かわいい女の子の前で口汚くさわがないでくれる?」

「「なっ……」」


 ビクビクして知暖先輩と不良男子たちの様子を見ていると、知暖先輩は目を伏せてお弁当にふたをした。
 不良男子たちは怒ったように顔をゆがめると、私を見て手を伸ばしてくる。
 おそわれる……っ!?


「この状況で“最悪”を選ぶとか、お前たちバカ?」

「いぎッ!?」

「ち、知暖先輩……っ?」


 ぎゅっと目をつぶって顔を背けると、知暖先輩の低い声が聞こえて、おそるおそるまぶたを上げた。
 知暖先輩はお弁当を階段に置いて、私に向かって伸ばされた腕を立ちながらひねり上げる。
 それから私を見てやさしくほほえみ、人差し指を口の前に立てた。


「優衣、怖かったら目、閉じて、耳ふさいでて?」

「は、はい……っ!」


 思わずこくこくうなずくと、知暖先輩はにっこり笑ったあとに、不良男子たちへ冷たい視線を向ける。
 不良男子たちは一斉におそいかかったのだけど……知暖先輩は軽やかに手足を動かして、攻撃をきれいに()けながら反撃した。
 目の前で起こるなぐり合いなんて、怖いはずなのに……知暖先輩の動きがあまりにも華麗(かれい)だから、私は目を大きく開いて見惚(みほ)れてしまう。
 夢中になって知暖先輩をながめているうちに、不良男子たちはいつの間にか全員たおれてしまった。


「……すごい……」


 腰に手をついて不良男子たちを見下ろす知暖先輩を見て、ほぅっと心の声がもれる。
 知暖先輩は振り向いて私を見ると、目を細めて少しいたずらに笑った。


「――む、遅かったか……」

「あれ、強二(きょうじ)。どうしたの?」

「あ……」


 そのとき、昇降口(しょうこうぐち)から体格のいい強二さんが出てきて、知暖先輩ともども、強二さんに顔を向ける。
 ぺこっと会釈(えしゃく)すると、強二さんは私にうなずき返しながら知暖先輩に近づいた。


「窓からこいつらの姿が見えたから、急いで来たんだが。俺は必要なかったようだな」

「ははっ、俺もひよわじゃないからね」

「あぁ、知ってる。知暖は俺よりも強い、まさしく最強の男だからな」

「え……?」


 強二さんよりも強いって……滝戸高校のトップは、強二さんなんじゃないの……?
 きょとんとする私をちらりと見た強二さんは、眉根を寄せて目を伏せる。


「俺は実質、知暖に負けたんだ。あのとき――外野の邪魔(じゃま)が入らなければ」

「外野の、邪魔……?」

「昔の話だよ」

「1年の、冬の終わりのことだ。俺は当時、学年最強と言われていた知暖に勝負を挑んだ。だが、こぶしを(まじ)えて俺の負けを薄々さとったとき、あそこから」


 強二さんは校舎のほうを向いて、3階の教室を指さした。


「俺たちの共倒れをねらった2年が、机を投げてきた。知暖は俺をかばって机の下敷きになり……肩に、後遺症が残ったんだ」

「えっ……!?」

「大したものじゃないよ、ちょっと動かしづらくなっただけ。日常生活は充分に送れる」


 勢いよく知暖先輩を見ると、当の先輩は笑って自分の右肩をぽんぽんとたたく。
 そんなことして大丈夫なのかな……っ。


「それでも……まだ俺と互角(ごかく)に戦えること、知っているぞ」

「どうかな。まぁ、それなら俺を心配する必要もないって分かるでしょ?」


 じっと視線を交えていた2人だったけど、知暖先輩が私を見ると、強二さんはため息をついて笑った。


「こいつらの始末は俺がする。知暖たちはゆっくりしろ」

「ありがとう」


 知暖先輩はにこっと笑って、不良男子たちを引きずっていく強二さんを見送る。
 私も強二さんに会釈をしたあと、眉を下げて知暖先輩を見つめた。


「肩、大丈夫なんですか……? それに、ひどいけがをしたんじゃ……」

「ぜんぶ治ったから平気だよ。でも……優衣がハグしてくれたら、もっとよくなるかも」

「えっ!?」


 は、ハグ!?
 赤面する私を見て、知暖先輩は「ははっ」と笑う。
 よ、よく分からないけど、ハグすると肩がいい感じになるとか、あるのかな……!?


「じょうだ――」

「そ、それでよくなるなら……っ」


 私は思いきって知暖先輩に近づき、その背中に腕を回した。
 頭上から「え」という声がもれ聞こえる。
 ど、どれくらいの強さがいいんだろう……っ?


「……優衣ってほんと、かわいいね」


 笑い混じりにそう言った知暖先輩は、ぎゅっと、私を抱きしめ返した。
 ドキッとしつつ、これくらいの強さがいいんだ、と理解して、私も腕にぎゅっと力をこめた――。


ありがとうございます💕

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