ふびん女子は、隠れ最強男子の腕のなか。
8,知暖 先輩の怒り
段差のとちゅうに腰かけていた
「おかえり、
「お待たせしました……」
さっきのこと、ちゃんと話したほうがいいよね……?と視線を落として考えていたら、先に知暖先輩の声が聞こえてきた。
「どうしたの? ……もしかして、なにかあった?」
「あ……えぇと、その。実は、トイレのなかで男子に待ち伏せされていたみたいで……」
と、視線を上げて口にした瞬間、知暖先輩は眉根を寄せて近づいてきて、私の左手をすくいとる。
右手が取り残されるように落ちてから、無意識に手首に触れていたことに気づいた。
「このアザ……そいつにつけられたの?」
「え……?」
アザ?とびっくりして、セーラー服のそでを少し上にずらした知暖先輩の手元を見る。
そこには確かに、指の形まではっきり残ったアザができていて、ゾッとした。
「他には?」
「あ……え、えっと、つかまれていたのはそこだけで……あの、口をふさがれて、声が出なくて……1年生の女の子が助けてくれたんです」
低い声で聞かれて、知暖先輩の顔色をうかがいながら説明すると、先輩は無表情で「そっか」とつぶやく。
「……ごめんね、優衣。こんなバカなことするやつがいるなんて……俺も、手ぬるかったみたいだ」
知暖先輩は無表情のまま、私の手首をするりとなでた。
知暖先輩……もしかして、怒ってる……?
「二度とこんなことが起きないように、
無表情で冷たく言う知暖先輩から静かな怒りを感じる一方で、私に向いた瞳が気遣うようにやわらかいまなざしへと変化して、胸がキュンとする。
私のために、こんなに怒ってくれるなんて……知暖先輩は
知暖先輩のこと、好きになってるかも……。
「……だ、大丈夫です。本当に、真陽ちゃんがすぐ助けてくれたし……っ。これくらい、すぐ治ると思いますから」
凛恋さんにもうしわけなくて、知暖先輩の手からするりと腕を引いて、そでの下にアザを隠しながらほほえんだ。
「教室に戻りましょう」と知暖先輩の横を通って階段を登ろうとすると、うしろから抱きしめられて心臓が跳ねる。
「俺が守るって言ったのに、本当にごめん……その腕、保健室に行って冷やそう?」
「っ……は、はい……」
背中に知暖先輩の体温を感じて、バクッバクッと鼓動が大きくなった。
うわずった声が私の気持ちを表していて、抱いてしまった恋心をはっきりと自覚する。
凛恋さん……ごめんなさい……。
****
トイレ事件があった翌週、私は今まで以上に気を遣う生活を送っていた。
凛恋さんにも、知暖先輩にも私の気持ちを気づかれないように振る舞って、凛恋さんが知暖先輩にアプローチするところを、見ないフリして。
知暖先輩にやさしくされるたび、ときめく胸を抑えこむのはなかなか大変。
そんななか、凛恋さんが朝早くから出かけるということで、いつも用意してもらっているお弁当が、今日はなしになった。
凛恋さんにはコンビニで調達して、ともうしわけなさそうに言われたのだけど……。
日ごろの感謝をこめて、私がお弁当を作ることにした。
「今日の昼休み、楽しみだったんだ。優衣が作ってくれた弁当、早く食べたいな」
昼休み、
トイレ事件以降、不良男子たちからさらに遠巻きにされるようになった知暖先輩が、にこにこと笑いながら言う。
明らかに不良男子たちから恐れられてるように見えるのは、あの日、私を
「そんなに、大したものではないですけど……」
外でお昼を食べるきっかけとなった気持ちのいい青空の下で、私ははにかんで白いYシャツ姿の知暖先輩にお弁当を渡した。
いつも肩に
知暖先輩の好意の結果だけど、ちょっともうしわけないな……。
お弁当を受け取った知暖先輩は、ぱかっとふたを開けて表情を明るくした。
「うわ、すごい。
「はい……もともと自分でお弁当を用意してましたし、家で家族のごはんを作ることもあったので、味は悪くない、と思います」
ふつうに食べられるくらいには。
自分のお弁当箱も開けながら、ドキドキして横目に知暖先輩を見ると「いただきます」とさっそく玉子焼きが口に運ばれる。
「んま」
口元を押さえながらこぼされた一言が、飛び跳ねたいくらいうれしくて、顔がだらしなく緩んだ。
横目に私を見た知暖先輩は、目を見張って、
もぐもぐとそしゃくしてのど仏をごくりと動かしたあと、知暖先輩はやわらかくほほえんで口を開いた。
「おいしいよ、ありがとう。……ねぇ、優衣、彼氏いるの?」
「えっ? い、いえ、彼氏なんて、そんな……!」
「ふぅん? それはよかった」
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