ふびん女子は、隠れ最強男子の腕のなか。

8,知暖(ちはる)先輩の怒り

約2,000字(読了まで約6分)


 段差のとちゅうに腰かけていた知暖(ちはる)先輩は私に気づくと、にこっとほほえんでくれる。


「おかえり、優衣(うい)

「お待たせしました……」


 さっきのこと、ちゃんと話したほうがいいよね……?と視線を落として考えていたら、先に知暖先輩の声が聞こえてきた。


「どうしたの? ……もしかして、なにかあった?」

「あ……えぇと、その。実は、トイレのなかで男子に待ち伏せされていたみたいで……」


 と、視線を上げて口にした瞬間、知暖先輩は眉根を寄せて近づいてきて、私の左手をすくいとる。
 右手が取り残されるように落ちてから、無意識に手首に触れていたことに気づいた。


「このアザ……そいつにつけられたの?」

「え……?」


 アザ?とびっくりして、セーラー服のそでを少し上にずらした知暖先輩の手元を見る。
 そこには確かに、指の形まではっきり残ったアザができていて、ゾッとした。


「他には?」

「あ……え、えっと、つかまれていたのはそこだけで……あの、口をふさがれて、声が出なくて……1年生の女の子が助けてくれたんです」


 低い声で聞かれて、知暖先輩の顔色をうかがいながら説明すると、先輩は無表情で「そっか」とつぶやく。


「……ごめんね、優衣。こんなバカなことするやつがいるなんて……俺も、手ぬるかったみたいだ」


 知暖先輩は無表情のまま、私の手首をするりとなでた。
 知暖先輩……もしかして、怒ってる……?


「二度とこんなことが起きないように、徹底的(てっていてき)にシメるから。……本当にごめん、怖かったでしょ?」


 無表情で冷たく言う知暖先輩から静かな怒りを感じる一方で、私に向いた瞳が気遣うようにやわらかいまなざしへと変化して、胸がキュンとする。
 私のために、こんなに怒ってくれるなんて……知暖先輩は凛恋(りこ)さんの彼氏になる予定、って言われたけど、私……。
 知暖先輩のこと、好きになってるかも……。


「……だ、大丈夫です。本当に、真陽ちゃんがすぐ助けてくれたし……っ。これくらい、すぐ治ると思いますから」


 凛恋さんにもうしわけなくて、知暖先輩の手からするりと腕を引いて、そでの下にアザを隠しながらほほえんだ。
「教室に戻りましょう」と知暖先輩の横を通って階段を登ろうとすると、うしろから抱きしめられて心臓が跳ねる。


「俺が守るって言ったのに、本当にごめん……その腕、保健室に行って冷やそう?」

「っ……は、はい……」


 背中に知暖先輩の体温を感じて、バクッバクッと鼓動が大きくなった。
 うわずった声が私の気持ちを表していて、抱いてしまった恋心をはっきりと自覚する。
 凛恋さん……ごめんなさい……。


****

 トイレ事件があった翌週、私は今まで以上に気を遣う生活を送っていた。
 凛恋さんにも、知暖先輩にも私の気持ちを気づかれないように振る舞って、凛恋さんが知暖先輩にアプローチするところを、見ないフリして。
 知暖先輩にやさしくされるたび、ときめく胸を抑えこむのはなかなか大変。

 そんななか、凛恋さんが朝早くから出かけるということで、いつも用意してもらっているお弁当が、今日はなしになった。
 凛恋さんにはコンビニで調達して、ともうしわけなさそうに言われたのだけど……。
 日ごろの感謝をこめて、私がお弁当を作ることにした。


「今日の昼休み、楽しみだったんだ。優衣が作ってくれた弁当、早く食べたいな」


 昼休み、昇降口(しょうこうぐち)からグラウンドに続く、ミニ階段にて。
 トイレ事件以降、不良男子たちからさらに遠巻きにされるようになった知暖先輩が、にこにこと笑いながら言う。
 明らかに不良男子たちから恐れられてるように見えるのは、あの日、私を強二(きょうじ)さんにあずけて離れていたあいだに、なにかしたからなのかな……?


「そんなに、大したものではないですけど……」


 外でお昼を食べるきっかけとなった気持ちのいい青空の下で、私ははにかんで白いYシャツ姿の知暖先輩にお弁当を渡した。
 いつも肩に羽織(はお)っている学ランは、今私のおしりの下に敷かれている。
 知暖先輩の好意の結果だけど、ちょっともうしわけないな……。
 お弁当を受け取った知暖先輩は、ぱかっとふたを開けて表情を明るくした。


「うわ、すごい。(いろど)りが豊かだね。優衣って料理得意なの?」

「はい……もともと自分でお弁当を用意してましたし、家で家族のごはんを作ることもあったので、味は悪くない、と思います」


 ふつうに食べられるくらいには。
 自分のお弁当箱も開けながら、ドキドキして横目に知暖先輩を見ると「いただきます」とさっそく玉子焼きが口に運ばれる。


「んま」


 口元を押さえながらこぼされた一言が、飛び跳ねたいくらいうれしくて、顔がだらしなく緩んだ。
 横目に私を見た知暖先輩は、目を見張って、妖艶(ようえん)に瞳を細めながら、じぃっと私を見つめる。
 もぐもぐとそしゃくしてのど仏をごくりと動かしたあと、知暖先輩はやわらかくほほえんで口を開いた。


「おいしいよ、ありがとう。……ねぇ、優衣、彼氏いるの?」

「えっ? い、いえ、彼氏なんて、そんな……!」

「ふぅん? それはよかった」



ありがとうございます💕

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