ふびん女子は、隠れ最強男子の腕のなか。

3,転校した理由

約2,000字(読了まで約6分)


 自然な名前呼びにも、守ってくれるという言葉にも、ドキッとする。
 遠藤(えんどう)先輩がどうして私にやさしくしてくれるのかは分からないけど……遠藤先輩みたいな人がいてくれてよかった。


「ありがとうございます……」

「ううん。こうやって裏でサポートするのが俺の役目だから」


 裏でサポート……?
 ほほえんで答える遠藤先輩を見てふしぎに思いながら、歩き出した先輩についていく。
 周りを見て、男子校かと思うくらい男子しかいない校内に、ここまでお嬢さま学校と正反対な学校もないだろうなぁ……と考えた。


優衣(うい)はどうして滝高に来たの?」

「え……あ、えっと、その。先月、お父さんが勤めていた会社が、倒産して……叔母(おば)さんの家に家族でお世話になったんですが……」


 階段を登りながら、となりにならぶように足を緩めてくれた遠藤先輩をちらりと見て、視線を落としながら答える。


「叔母さんの旦那さんって、いくつも会社を経営してる人で、いわゆるセレブな家庭というか。従弟(いとこ)たちも、小中高とエスカレーター式の名門校に通っているんですが……」

「うん」

「私と弟も、叔母さんの好意でいい学校に転校させてもらえることになって。私は女の子だからと、お嬢さま学校に転校させてもらえる、という……」


 話、だったと思うんですけど……と、小さく続ければ、遠藤先輩の「え」とおどろく声がとなりから聞こえた。
 改めて口にしても、当事者の私でさえよく分からない状況なんだよね……。


「もしかして、それで実際に来てみたら、滝高だった……とか?」

「……はい」

「……優衣って、その叔母さんとあんまり仲良くないの?」


 どこか気遣うような、慎重に尋ねる声を聞いて、肩を丸めるように体を小さくする。
 正直なところ……。


「きらわれてる、みたいです……もともと、叔母さんとお母さんは姉妹仲がよくなかったという話で……私はお母さんによく似てるみたいだから」

「……そっか。なんというか……ふびんだね」

「うぅ……」


 同情されると、現実を認めざるをえない……。
 私、叔母さんにきらわれるあまり、この学校に転校することになったのかな……。
 なにかの間違いじゃなくて、わざとうそをつかれたんだとしたら、かなりショックかも……。
 校則が厳しいからってスマホも家に置いてきたし、寮があるって聞いて遠くまで引っ越してきたし……もしかしてあのアパートも、本当は寮じゃない……?


「……(けん)は、大丈夫かな」

「健って……弟?」

「あ、はい……弟は、従弟と同じ学校に転校するはずなので、学校にいなかったら従弟が気づくとは思うんですけど……」


 健はちゃんと従弟たちと同じ学校に転校できてるのかな……?
 どこか大変な学校に転校させられてたりは……。
 心配で口元に手をやると、となりから遠藤先輩のやさしい声が聞こえた。


「家族想いなんだね。こんな状況なのに、弟の心配をするなんて」

「そ、そんな……お父さんも仕事がなくなって大変だろうし、お母さんは天国にいるし……私が気にかけてあげないと、誰も気づけないかもしれないから」


 私は高校2年生になったけど、健はまだ中学3年生になったばかりだから、助けを必要としていたら助けてあげないと。
 ほめられるほどのことではないのに、遠藤先輩を見るとほほえんで私を見つめていたから、ほおが熱くなって視線をそらす。


「いい子は、なおさら丁重(ていちょう)に守ってあげないと」


 笑うようにつぶやいた遠藤先輩は、階段の前の教室を通り過ぎて3年2組に入り、「みんな、ちょっといい?」と声をかけた。
 私は、とうとう3年生の教室に着いてしまった……!と緊張(きんちょう)して、おそるおそる視線を上げる。
 教室のなかにいたのはやはり不良男子ばかりで、全員の視線が私に向いていることに気づくと、肩が跳ねた。
 だけど、遠藤先輩がその視線を断ち切るように、ひらひらと手を振る。


「2年の転校生、俺が面倒見ることにしたから。うちの教室に通うけど、ビビらせないように頼むよ」

「え、アイドル……? 超かわいくね……?」

「あの1年とはタイプちげーの?」

「こっちの子はかよわいお姫さま。かわいいから近づきたいのは分かるけど、俺らに慣れてないから、遠くから見守る感じでよろしく」

「「おう」」


 向けられた視線の数に緊張したものの、遠藤先輩が話すとみんな視線をそらして、ちらちらとしか見てこなくなった。
 同じクラスの不良男子たちよりも怖くなさそう……というか、少し理性的な感じで、ちょっとほっとする。


「おいで、優衣」

「あ、はい……」


 振り返った遠藤先輩にうながされて、私は緊張しながら3年2組の教室に入った。
 遠藤先輩が2年の不良男子に移動を頼んでいた私の机とイスは、そのあとすぐに運びこまれて、スクールバッグも元の位置に戻される。
 さっきの教室と同じ、窓ぎわの一番うしろの席。
 だけど、となりには遠藤先輩の席がある。

 ドキドキしながら席に座ると、遠藤先輩がいるほうから電話の着信音が聞こえた。


「はい、もしもし。どうしたの、凛恋(りこ)さん?」



ありがとうございます💕

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