Gold(ゴールド) Night(ナイト) ―退屈をもてあました男は予言の乙女を欲する―

第1章 黒街(くろまち)から出るための勝負

9,外を()けた勝負

約2,300字(読了まで約6分)


 受付で入場料を払い、こちらへ向かってくるお客さまに笑顔を向けて、道をあける。
 玄関(げんかん)ホールのすみに向かい、[STAFF(スタッフ) ONLY(オンリー)]と書かれた扉の内側に入ってしばらく歩くと、従業員用通路の先のほうで扉が開いた。
 あそこはセキュリティールーム……と、ぼんやりながめていると、そこから(れん)さんと(みかど)さんが出てきて、「あ」と思わず声がもれる。

 その声に気づいたのか、2人がこちらを見た。


「おー、ゆいちゃん。おつかれ」

「おつかれさまです」


 片手を上げて、ひら、と軽く振る廉さんと、無言の帝さんに会釈(えしゃく)して、すすす、と2人に近づく。
 会話するのにこまらない距離まで来ると、おずおずと2人を見上げて「あのぉ」と話しかけた。


「今っておとりこみ中……ですか?」

「ん~? どうしたん?」


 へらりと笑って答えてくれた廉さんに ほっとして、話がある帝さんのほうへ視線を移す。


「帝さんにお願いがあって……」

「……なんだ?」


 帝さんは私と目を合わせて、そっけなく答えながらも聞く姿勢をとってくれた。
 (くに)家の人だからと おそれられているけど、帝さんはけっこうやさしい。


「私、“外”を()けて勝負したいんです。今からでも、仕事が終わったあとからでも、明日でもいいので、勝負させてもらえませんか?」

「あ~、それはだめ――」

「――わかった」

「えっ」


 目を伏せて許可してくれた帝さんに、廉さんがめずらしくおどろいた顔を向けてガン見している。
 私は、やった、と小さくガッツポーズをとった。


「本気ですか、帝サマ。もしゆいちゃんが勝ちでもしたら……」

「もういい」

「……あー、ハイ、わかりました。帝サマがおっしゃることにイチ下僕(げぼく)はさからえませんよ」


 2人とも今年で21歳だけど、廉さんは早生まれだから、学年では帝さんの1つ上だった。
 でも、やっぱり國家の人だからか、帝さんには敬語の廉さんが、天井(てんじょう)をあおいで おでこを押さえる。
「はぁーーー」と吐き出されたため息が、なんだか重々しい。

 廉さん、私が勝負をすることに否定的なのかな……?


「希望するゲームは?」

「あ……うぅんと……」


 いつものひょうひょうとした態度をくずしている廉さんをよそに、帝さんから勝負のことを聞かれて、Gold(ゴールド) Night(ナイト)にあるゲームを思い出した。
 研修のときにゲームのルールはぜんぶ覚えたし、適性をはかるために一通りのゲームの進行をやったこともある。
 その結果、ディーラーとしてはルーレット担当になったけど、だからと言ってルーレットが得意かと言えばそうじゃないし……。

 この場面ではこうすれば勝つ確率が高い、っていう定石(じょうせき)も覚えてるブラックジャックにしようかな。
 お兄ちゃんにも あやかれるかもしれないし。


「ブラックジャックでお願いします」

「……それなら、勝利条件はハウスより先に3回ゲームに勝つこと。ハウスが先に3回勝てば、結花(ゆいか)の負けだ」

「分かりました!」


 よかった、昔みたいにチップを一定以上かせぐ、とかだったら自信がなかったけど、単純(たんじゅん)なゲームならまだ可能性があるかも。
 とは言っても、先に3回勝つ、なんていうのも運要素が強いけど……。
 がんばろう!


「今から始める。着替えてこい」

「はい!」

「廉、仮面(かめん)を用意しろ」

「はいはい……」


 帝さんに言われて、私はスタッフルームに行き、更衣室(こういしつ)で学校の制服に着替えて、ひとつに結んだ髪をほどいた。
 身支度を終えて通路にもどれば、ちょうど話を終えたのか、廉さんが帝さんと別れてセキュリティールームに入っていく。
 帝さんは暗い(むらさき)色の、目元を隠す形をした仮面を持ってこちらに歩いてきた。


「つけろ。声は出さなくていい」

「はい」


 帝さんから仮面を受け取って、ゴムひもを頭につけ、視界を確保できるように位置を()調整する。
 私の姿を確認したあと、帝さんは玄関ホールに向かって歩き出した。
 帝さんのうしろに続いてカジノフロアまで もどってくると、私たちの存在に気づいたお客さまから周りのお客さまへ、ざわめきが伝染(でんせん)していく。

 Gold Nightの制服じゃ だめだし、かと言って学校の制服以外の着替えは持ってきてないし。
 お客さまとしては来れない高校生が、支配人の帝さんと一緒に、なんて、だれだって目的がわかるよね……。

 ルーレットのテーブルもそうだし、ブラックジャックのテーブルも数台あるけど、帝さんが向かったのは、ちょうど1人席を立って空きができたテーブル。
 近づく帝さんに気づいて顔を上げた、そのテーブルを担当している晴琉(はる)くんは、うしろにいる私を見て、すこし目を丸くした。


「3先で、“外”を賭けて」

承知(しょうち)いたしました」


 帝さんが端的(たんてき)に伝えると、晴琉くんはうなずいて、ゲームを始める用意をする。
 となりのお客さまどころか、近くにいる周りのお客さまに見られながら、私は一番左の空席に座ってトランプが くばられるのを待った。
 半円の形をしたテーブルの円周をなぞるように、さっ、さっ、と右から左へくばられたトランプが、まずは1枚表を向いた状態で届く。

 私の1枚目はスペードの8。とは言っても、ブラックジャックじゃ、スペードとかハートとかのスートは関係ないんだけど。
 トランプを使ったゲームは、ジョーカーを(のぞ)いた52枚1組のデックを6組分混ぜて使うから、おなじカードが出る可能性もある。
 次に来るカードがなんなのか、なんてまるで予想できないのが常。

 プレイヤーと、ブラックジャックではハウスと呼ばれるディーラー、全員の手元に2枚のカードが行き渡ると、かけひきが始まる。


ありがとうございます💕

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