Gold(ゴールド) Night(ナイト) ―退屈をもてあました男は予言の乙女を欲する―

第1章 黒街(くろまち)から出るための勝負

7,かんたんには とれない許可

約2,000字(読了まで約5分)


 ごはんを食べるときの ささいな音がひびくくらい しずかな食堂で、もくもくと朝食をとる。
 ぞんぶんにごはんを味わい、最後におみそ汁を飲んでいると、(みかど)さんがすこし先に食事を終えて席を立った。
 は、とおわんを置いて、食堂を出て行こうとする帝さんの背中を見る。


「あのぉ、帝さん。ひとつお願いしたいことがあるんですが……」


 席を立ちながら声をかけると、使用人さんに扉を開けてもらって廊下(ろうか)に出ようとしていた帝さんが振り向いた。


「なんだ?」

「私、11月になったらちょっと黒街(くろまち)の外に出たいんです。それまでどんな仕事でもしますし、何時間でもはたらくので、外に出る許可をいただけませんか?」


 (はく)ツキくんのライブは11月8日、土曜日に開催(かいさい)される。
 数日間の外出許可をもらえれば、ライブ会場まで行って、ライブを観てこれると思うんだ。
 できれば、お兄ちゃんとお父さんにも会いに行って、ちょっと話ができたらうれしいんだけど。

 おずおずと顔色をうかがうと、帝さんは、ふい、と顔の向きを戻した。


「……だめだ」


 いつもどおりの()だるげなトーンであっさりことわられて、やっぱりだめかぁ、とため息をこぼしながら、食堂を出る帝さんの背中を見送る。
 帝さんの姿が壁の向こうに消えて、使用人さんの手で扉が閉められると、私はイスに座りなおして おみそ汁のおわんを手に取った。

 ライブに行くためのチケットはある。
 でも……11月までまだ時間があるとは言え、どうやって黒街の外に出ようかなぁ。
 ごく、とおみそ汁を飲みながら、私はぼんやりと思考の海をたゆたった。


 朝食を終えたあと、学校に行くための身支度を済ませた私は、部屋からスクールバッグを持って玄関(げんかん)に向かう。
 ここはもともと帝さんが1人で住んでいたお(うち)で、まさに豪邸(ごうてい)!っていう広い(つく)り。
 2階は帝さんの生活空間で、立ち入りを禁じられている場所もあるんだけど、書斎(しょさい)とかシアタールームには たまに行かせてもらってる。

 食堂とかお風呂場……というかあれは大浴場(だいよくじょう)だけど、そういう部屋は1階にあるから、1階のすみの部屋をもらった私でも快適(かいてき)に生活できてるんだ。
 学校からはちょっとだけ遠いから、毎朝けっこう歩くんだけど。

 前に住んでいた家の10倍は広い玄関に着くと、黒いYシャツに黒いネクタイ、その上、上下黒のスーツに身を包んだ帝さんが階段を下りてきた。
 1人しかくつを()けるスペースがない、なんてことは ないんだけど、帝さんに先をゆずるつもりで足を止める。
 すると、帝さんは ちらりと私を見て口を開いた。


「乗せてやる」

「え?」


 きょとん、とまばたきをくり返せば、帝さんは私の前を横切って、使用人さんが用意したかわぐつを履きながら、もう一度声を出す。


「車」

「あ……ありがとうございます」


 まさか、一緒に乗せてもらえるなんて。
 おどろきつつも、ほおをゆるめて、私は使用人さんがついでに用意してくれたかわぐつを履き、玄関を出る帝さんのあとに続いた。


 座席がふかふかで、上品ないい香りがただよう車のなかは、朝食のときとおなじく無言。
 後部座席のはしと はしに座って、まんなかに1人分の空間がある、帝さんの近寄りがたさを表したようなこの距離感で、私は話題を探していた。


「あのぉ……帝さん」

「……なんだ?」

「えぇと……どうして私を家に住まわせたんですか? (ひい)でたところがあるわけでもないのに、カジノでも(やと)ってもらえましたし……」


 お母さんが亡くなって、ショックだった。
 でも、悲しみを追いやるように、生活の危機もせまっていて、これからどうなるんだろうって不安な気持ちもあったんだ。
 お兄ちゃんだけ黒街から出ていける、ってなったときも、私1人でどうやって生活すればいいんだろうってこまった。

 そんなときに、帝さんが手を差し伸べてくれたから、私は家族と離ればなれになっても4年間生活してこれた。
 お兄ちゃんとだって文通させてもらえることになって、生まれて初めて、お父さんからの手紙をもらえたりもしたし。
 今は、お兄ちゃんが いそがしくなっちゃったのか、ここ数年ぱったりと手紙のやりとりは途絶(とだ)えてしまったけど。

 中学生でバイト、それもカジノで はたらくなんていうのはちょっぴり変わってたけど、仕事をもらえたおかげで、好きな物を買えるお金も持っている。
 帝さんは、私の恩人(おんじん)なんだ。


「……」


 帝さんに対しては感謝の気持ちでいっぱいなんだけど、そんな帝さんに横目でじっと見つめられて、あ、またやってしまった、と反省する。


「すみません、なんでもないです。えぇと、今日のごはんもおいしかったですよね。私、ひじきの煮物が好きなので、朝から食べれてしあわせでした」


 へら、と笑って話題を変えると、帝さんはすこしのあいだ私をながめて、「そうか」と言いながら窓の外へ視線を移した。
 踏みこんだ質問ばっかりして、帝さん、怒ってないかな……?


ありがとうございます💕

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