Gold Night ―退屈をもてあました男は予言の乙女を欲する―
第1章 黒街 から出るための勝負
6,帝邸 の朝
《そう、それでね、今日の朝はポタージュを食べたんだ。朝から好きなものを食べるとやっぱり幸福度がちがうよ》
横向きに置いたスマホの右下で、ショートボブの金髪の下から、ひとつに結んだうしろ髪を伸ばしている男の子が、赤い瞳を閉じてにっこりと笑う。
私は脱いだパジャマの代わりに、黒のセーラー服を頭からかぶり、つくえの上に置いたスマホへ視線をもどした。
《あ、ストレートフラッシュできた。幸福度だけじゃなくて運も上がるみたいだね》
ほのぼのとしたゆるい雑談をしながら遊んでいたポーカーで、あっさりと最強かつレアな役をそろえた博ツキくんに、いやいや、と心のなかでツッコむ。
朝から好きなものを食べたからって、ストレートフラッシュを作れるのは博ツキくんくらいだよ。
アカウント作成を禁止されているからコメントはできないけど、チャット
[いや、ポタージュ食べたくらいで運上がらないよ?]
[それデフォルトの
[なんでそんなあっさりストレートフラッシュ作れるん……?]
[運カンスト]
[さすはく]
ふふ、と笑いながらスカートを
水曜日の18時、だめもとでチケット販売サイトを開いて待機していたら、なんと博ツキくんワンマンライブのチケットを買えてしまった。
コンビニで支払いと印刷を済ませて、もうチケットは手元にあるんだけど、最大の問題は
でも、チケットを買えたからには、絶対ライブに行きたいなぁ……。
画面のなかの博ツキくんが《え、これポタージュ効果じゃないの?》とコメントにリアクションしている声を聞いて、
食堂に行ってごはんを食べなきゃ。
すこしのあいだだったけど、久しぶりに配信を生で見れてよかった。
部屋を出てしずかな
「おはようございます、お
「おはようございます」
私を見てきれいにおじぎをした使用人さんに、笑顔であいさつを返す。
それから、テーブルのようすが いつもとちがうことに気づいて、あれ?と首をかしげた。
いつもなら
使用人さんも一緒に食べるのかな?と考えてから、そんなわけないか、と自分で否定するまで数秒。
それじゃあこの料理はだれが……と考え、ぽっと1人の顔が浮かんだタイミングで、私のまうしろの扉が開いた。
「……」
「あ、帝さん。おはようございます」
「……あぁ」
振り返ると、廊下に立っている帝さんと目が合う。
目を丸くしながらあいさつしたあと、これじゃあ食堂に入るじゃまをしてる、と気づいてあわてて横にずれた。
「すみません」
「いや」
いつもどおり、口数少なく答えた帝さんは、別の使用人さんを連れて食堂に入る。
一緒に来た使用人さんが、座りやすいように引いたイスへと腰を下ろす姿を見て、私もテーブルについた。
帝さんのななめ向かいの席で、朝食を前に、「いただきます」と小さく口にする。
「……」
「……」
おはしを持って、朝から食べれたら幸福度が上がりそうなひじきの煮物を一口食べつつ、ちらりと帝さんを見た。
今日も
私はいつも17時から25時まで、8時間はたらいているけど、帝さんは開店準備の時間からいたり、遅くに来たりする。
早い時間から来ていたら一緒に帰ることもあるけど、昨日はそうじゃなかったし……帝さん、何時間寝たんだろ?
この時間に起きてるってことは なにか用事があるんだよね。
「今日は
帝さん、カジノ以外にも、お家のお仕事を手伝ってるみたいだし。
気になって尋ねると、帝さんは視線を上げて、無言でじっと私を見つめた。
えっと……?と首をかしげてから、あ、聞いちゃいけなかったのか!と気づいて、すぐに「すみません」とあやまる。
「いつも遅くまでおつかれさまです……体は大丈夫ですか?」
「……あぁ。
「え。あ、大丈夫です! 今日もぐっすり5時間寝て、元気いっぱいに目が覚めました。それに、久しぶりに推しの配信を生で見れたんですよ」
「そうか」
リアタイできたことでしか得られない幸福を伝えたくて、笑顔で話すと、帝さんは興味がなさそうに視線をそらした。
推しと言えば、とライブの話も切り出したかったけど、もくもくとごはんを食べる帝さんを見ていたら、ちょっと声をかけづらくて口を閉じる。
ごはんを食べ終わったら話そう……うん。
ひじきの煮物、ちゃんと味わって食べたいもの。
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