Gold(ゴールド) Night(ナイト) ―退屈をもてあました男は予言の乙女を欲する―

第4章 隠されたひみつと えらんだ欲望

4,結花(ゆいか)の心

約2,100字(読了まで約6分)


 自分の心にしたがって、やりたいように……。
 私が今したいことって、なんだろう?
 (みかど)さんに、あの許可証のことを聞く?

 黒街(くろまち)から出て、お父さんたちのところに移り住む?


「……(はく)ツキくんのライブに、行きたい」

「ライブ?」


 一番しっくりくる欲望をぼそっとつぶやくと、晴琉(はる)くんがふしぎそうな声でくり返した。
 私は顔を上げて、晴琉くんに笑ってみせる。


「推しのVライバーが、明々後日(しあさって)ライブをするんです。私、先月それを知って、チケットを買ってから、ずっとライブに行きたくて……」

「……そっか。それで、勝負をしたんだね」

「はい。だから、明々後日のライブに行ってきます」

「……ん。帝さまにはバレないように準備しなよ。引きとめられるかもしれないし、もしかしたら外に出れないようにされるかもしれないし」


 だまって話を聞いていた(あかね)が、そうやって私に声をかけた。
 その言葉を聞いて、私は はっとする。


「そ、そっか……! 帝さんにバレないように……え、そんなことできるかな私~……っ!?」

「外に出たいならそうするしかないでしょ。しっかりしろ」

「うぅ……がんばる……!」


 かっとうしながら決意を固めると、茜に ばんっと背中をたたかれた。痛い。


結花(ゆいか)は ずれてるけど、まぁなんとかやってけるくらいには したたかだし。がんばれよ。うっかり黒街に住んでたとか言わないよーに」

「え、ずれてるの、私……?」

「そーゆーとこ。あのね、わかってる? 外で“黒街に住んでた”とか言ったら、秒で孤立(こりつ)するから。まじ、大罪(おか)したレベル」

「えぇ……そうなの」


 黒街に住んでただけで……? 私、ふつうに暮らしてる平々凡々(へいへいぼんぼん)な一般人なんだけどなぁ……。
 うーん、と想像ができずに首をかしげていると、私たちのやりとりを見ていた晴琉くんが くすっと笑う。


「結花さんはSNSとかもやってないから、外のことあんまり知らないんだっけ。黒街の印象はかなりわるいから、外では隠しておいたほうがいいよ」

「わ、わかりました……」


 晴琉くんにまでそう言われたら、気をつけないと。
 外では黒街のことを話しちゃだめ、うん、覚えた。
 2人の忠告(ちゅうこく)を心に きざんでから、そうだ、と茜に顔を向ける。

 ひとつ、ちゃんと言っておかないとね。


「茜。私、博ツキくんのライブに行ってくるけど――」



****

 私は日曜日と水曜日がお休みの日だから、水曜日の今日はGold(ゴールド) Night(ナイト)には行かず、学校からちょっとだけ遠い家に帰ってきた。
 いきおいは弱まったけど、朝から降り続けている雨は放課後もやんでいなくて、明日も降ってるかもなぁ、なんて思いながら、カサをたたんで家に入る。
 玄関(げんかん)で待ってくれていた使用人さんにぬれたカサをあずけて、もらったタオルでスクールバッグを拭いてから2階に上がると、帝さんに出会った。うしろには使用人さんをつれている。

 ワインレッドのスーツを着ているから、これからGold Nightに出勤するところみたい。


「おはようございます、帝さん」

「あぁ」


 ライブに行くことは隠す、ライブに行くことは隠す……。
 わ、私、変な顔してないかな。
 どきどきしながら笑顔を向けると、帝さんは私に近づいて、頭に手を伸ばしてきた。

 な、なに……っ!?と肩がはねたけど、帝さんは湿気(しっけ)でいつもよりうねり度が増した私の髪をととのえるようになでる。
 は、ぼさぼさになってたかな、はずかしい……っ。


「雨の日はボリュームがあるな」

「うぅ、すみません……お見苦しいものを」

「いや」


 帝さんはいつもどおりの声で答えて、髪に触れていた手を私のあごに移した。
 きょとん、とする私の顔をすこし持ち上げて、流れるようにキスをする帝さんに、ばくっと遅れて鼓動(こどう)が加速する。
 し、使用人さんもいる前で……っ!?

 瞬時に顔が熱くなった私から唇を離した帝さんは、すこしだけ口角を上げて私のほおをなでた。


「今日はゆっくり休め」

「は、はぃ……」


 か細く答えた私の顔から手を離して、帝さんはとなりを通過する。
 案の(じょう)あつあつになっている顔を両手で押さえて、「行ってらっしゃいませ……」と口にしたあと、私は帝さんに聞きたかったことを思い出した。


「あ、あのぉ、帝さん……すこしお聞きしたいことがあるんですが」

「……なんだ?」


 うしろを向いて呼び止めると、帝さんは足を止めて振り向いてくれる。
 私は帝さんのそばにいる使用人さんをちらりと見て、「そのぉ」とおずおず言った。


「予言のことで……」

「……」


 帝さんは私を見つめたまま「下がれ」と使用人さんに命令する。
 使用人さんは頭を下げて、階段のほうへ足早に去っていった。


「なにが聞きたい?」

「えぇと……予言って、もしかしてまだ、終わってないんですか……?」

「……どうして終わったと思う?」


 逆に尋ねられてしまって、ぱちぱちとまばたきをする。


「その……私が(どく)を受けてたおれちゃったあの日、帝さんをかばったから、帝さんの命を救えたのかなって……」


 帝さんを見つめておずおずと私の考えを説明すると、帝さんは目を閉じた。
 それから、ふぅと息を吐いて、しずかに私を見つめる。


「“予言”された俺の死の原因は、――俺自身だ」

「……え?」



ありがとうございます💕

(※無断転載禁止)