Gold(ゴールド) Night(ナイト) ―退屈をもてあました男は予言の乙女を欲する―

第4章 隠されたひみつと えらんだ欲望

2,(みかど)の変化

約2,300字(読了まで約7分)



「俺が求めたこと、覚えているな」

「んぇっ……は、はぃ……」


 (みかど)さんに求められたことって、あの、キスのことだよね……?
 大きな鼓動(こどう)を聞きながら、視線を落として小さく答えると、耳裏に手が差しこまれて肩がはねる。
 思わず視線を上げれば、せまる美貌(びぼう)が見えて、ぎゅっと目をつぶった。

 ……唇から伝わる体温に、心臓が破裂(はれつ)しそう。


「……春日野(かすがの)とは なにを話していた?」


 やわらかい感触が離れて目を開けると、帝さんが数センチの距離しかない状態で、私を見つめた。


「へ、晴琉(はる)くん、ですか? え、ぇと……」


 廉さんと、セキュリティールームで見てたりしたのかな……?
 でも、帝さんにどんな顔をして会えば、って話してたなんて、本人には言いづらいよ~……!
 つい目を泳がせて言葉に詰まると、また唇が重ねられて、心臓が ばくっとはねる。


結花(ゆいか)

「う……そ、そのぉ……ドロップハートに負けちゃった、っていうことを話して~……」

「……他には?」


 帝さんにそんな聞き方されたら、話しにくくても言うしかないじゃん……!


「うぅ~……み、帝さんに、どんな顔して会えばいいんだろうって、相談、してました……」

「……口説(くど)かれてないか?」

「んぇ……?」


 口説かれて? って、晴琉くんに?


「い、いえ……特に、そういうことは……」


 帝さんの顔に視線をもどしながら答えたあと、もしかして、と考えつく。
 これ……帝さんに嫉妬(しっと)されてたり、とか、する……??


「……そうか。俺に向ける顔を、あまり春日野に見せるな」


 目を伏せて顔を離しながら、帝さんはそんなことを言った。


『帝サマのも、規定値(きていち)よりは下だったけど、“反応”してましたよ』


 廉さんの言葉が頭のなかをぐるぐると回る。
 も、もしかして、もしかして。


「……返事は?」

「は、はい!」


 帝さんに視線を向けられて、とっさに いきおいよく答えた。
 気だるげな無表情で小さくうなずいた帝さんは、形のいい薄い唇を開く。


「今日は帰りが遅くなる。俺を待たずに帰っていい」

「わ、わかりました……」


 心臓がばくばく音を立てているのを聞きながらうなずくと、帝さんは手を上げて。
 ぽん、と私の頭をなでた。


「もうもどっていい」

「……」


 ぽかん、と開いた口から、心臓が飛び出したんじゃないかと、一瞬本気で思った。
 帝さんは手を離すと、私の顔を見つめて、ふ、とほほえみ、うしろを向いて歩き出す。


「~~っ!?」


 ばっと、自分のほおにそえた両手に、高熱が伝わった。
 もしかして、もしかして、もしかして……っ!
 わ、私……帝さんと、“両想い”になれる可能性があるのかな……っ!?


****

 どきどきして、気もそぞろになりながら仕事を終えた今日。
 開店前に言われたとおり、1人で家に帰ってきて寝る準備を済ませた私は、天蓋(てんがい)つきのふかふかベッドではなく、たなに近づいて引き出しを開けた。
 そこに入っている1枚のチケットを取り出して、[Jackpod(ジャックポット)]とかっこよく書かれた文字をながめる。


「はぁ……」


 (はく)ツキくんの1st(ファースト)ワンマンライブ。
 最初のブラックジャックでも、ドロップハートでも負けてしまって、もう絶対に行けないことは確定してしまったけど。
 名残惜(なごりお)しくて、まだこのチケットは手放せていない。


「ライブ……もう4日、や、日付変わってるから3日後かぁ……」


 いいかげん、次のもらい手を探さないとだめだよね……。
 明日……厳密(げんみつ)に言えば今日だけど、起きたらちゃんと処理しよう。
 黒街(くろまち)に住んでるんだから、黒街から出られないのは しかたない……。

 お父さんも借金を返すためにずっと がんばってくれてるみたいだし、いつかはライブに行ける日も来るかもしれないよね。
 うん、そのときを楽しみに、っていうことで、今回は すぱっとあきらめよう。


「もう、寝よ」


 つぶやいて、チケットを引き出しのなかにしまってから、私はふと浮かんだ顔につられるように、となりの部屋につながっている扉を見た。
 帝さん……帰りが遅くなるって言ってたけど、もう帰ってるかな……?


「……」


 帰ってるなら、ちょっとあいさつしてから寝たい、かも。
 あの扉を私が使うのは初めてだけど……入ってきていいって、言ってたもんね……?
 私はごくりとつばを飲んで、扉の前まで歩き、おそるおそるノックした。


「あのぉ、帝さん……もう帰ってきてますか……?」


 扉の向こうにも聞こえるように、ちょっと声を張ってから耳を澄ませてみたけど、物音は聞こえない。
 まだ帰ってきてない、か……もう寝てる、とか……?


「……うぅ」


 だめ、帝さんの顔、見たい。
 もう寝てるなら、顔を見るだけ見てから寝たい。
 そんな欲望に負けて、私はそっとドアノブを押し下げてみた。

 抵抗(ていこう)なく、しずかに開いた扉の向こうを ちらっとのぞき見る。
 私の部屋の明かりがもれて、一部室内が照らされているけど、帝さんの姿は見えなかった。
 ベッドは、どうだろう……?


「失礼します……」


 小声でことわりを入れて、体が通るくらいに扉を開け、足音で起こしたりしないように、しずかに帝さんの部屋に入る。
 どきどきしながら、もれ出た明かりをたよりに、扉の反対側にあるベッドへ近づくと、帝さんの姿はなかった。


「……まだ、帰ってないんだ」


 どこかさみしい気持ちで肩を落としたあと、サイドテーブルに口が開いた封筒(ふうとう)と書類が置かれていることに気づく。
 折りたたまれた跡があるその書類にちょっとだけ視線を向けて、[青波(あおなみ)結花(ゆいか)]という文字を見つけた私は、思わずその書類の内容を読んでしまった。


「――……え?」

[11月2日の借入金(かりいれきん)完済(かんさい)(もっ)て、青波結花が黒街から出ることを許可する]



ありがとうございます💕

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