Gold(ゴールド) Night(ナイト) ―退屈をもてあました男は予言の乙女を欲する―

第1章 黒街(くろまち)から出るための勝負

3,監視(かんし)された生活

約2,100字(読了まで約6分)


 カジノフロアを出てセキュリティールームまで来た私は、扉をノックしてから「失礼します、青波(あおなみ)です」と部屋のなかに入る。
 何台ものモニターがならび、店内のようすがいくつも映し出されたセキュリティールームの光景は、いつ見てもあっかんだ。


「よぉ、ゆいちゃん。ごきげんいかが?」

(れん)さん、おつかれさまです。えぇと……どうして私は呼ばれたんでしょうか……?」


 モニターの前のイスに座って、背もたれに体をあずけながら電子たばこを吸っていた廉さんが、白いけむりを吐き出してへらりと笑う。
 イスを回転させ、体ごとこちらに向いた廉さんは、「まぁまぁ」と言いながら、電子たばこをポケットにしまってゆっくりと立ち上がった。
 グレーに染めた髪のあいだから、たれ目気味な(むらさき)色の瞳がのぞく。


「今日は店先でナンパされた らしいじゃんか? 大丈夫だったか~?」

「え……はい、(みかど)さんが助けてくれたので……」


 もしかして、ただ心配してくれただけ?
 おしかりを受ける雰囲気じゃなさそうだと肩の力が抜けた私は、こちらに歩いてきた廉さんにゆるく笑いかけられて、口角を上げた。
 帝さんが感情をそぎ落としたダウナーだとすれば、廉さんは愛想のいいダウナーといった感じ。

 友だち同士?だからか、気だるげな雰囲気がそっくりだ。容姿がととのっているところも。


「うんうん、聞いたぜ~? ゆいちゃんもそんなに大きくなったかぁ」

「はい、高校2年生です」


 ふふん、と便乗(びんじょう)してすこし胸を張ってみれば、廉さんは「おぉ~。昔は中1だったのになぁ」と演技がかった調子で返してくれた。
 えへ、と笑う私の肩を()いた廉さんに連れられて、来たばかりのセキュリティールームを出る。
 人気(ひとけ)がない従業員用通路で、廉さんはへらりとした笑みを浮かべて、ズボンのポケットからスマホを取り出した。


「これは、そんなゆいちゃんが今日作ったアカウントですよね~?」

「えっ」


 スリープボタンが押されて、パッと明かりがついたスマホには、たしかに私が夜中の1時すぎに作ったSNSのアカウントが表示されている。


「な、なんで……」

「企業ひみつ。ゆいちゃんは帝サマん()に住んでるから、黒街(くろまち)の外とつながるのはナシって説明したよな? さてさて、これはセーフでしょうか?」

「うぅ……決して家の情報をもらそうとか、帝さんのことを書こうとか、そんなつもりはないんですよ……? ただ、推しの情報を見たくて~……」


 4年前は、まさか帝さんの家に住ませてもらえるなんて、予想外も予想外だった。
 とは言え、私は学校があるし、朝方は寝ているだろう帝さんと家のなかで顔を合わせることは、この4年間を振り返ってみても、あんまりなかったんだけど。
 肩を落として廉さんを見上げると、へらりと口角を上げたまま、すげなく一蹴(いっしゅう)される。


「だーめ。アカウント消そうな?」

「う……はい……」


 がっくり、とうつむいて、私は廉さんに連行されるまま、スタッフルームへ移動した。


「帝さんの家に住んでると言っても、立ち入り禁止の場所もあるし、私が知ってることなんて ささいなことだと思いますけど……」


 ざんねんな気持ちをおさえきれないまま、私が使っているロッカーを開けて、荷物のなかからスマホを取り出す。
 画面を点灯(てんとう)させる前に、私は振り返って、うしろに立っている廉さんを見た。


「私ってそんなに重要な情報を知りうる立場なんですか?」

「ん~? どう思う?」


 ズボンのポケットに手を入れながら、にこりと笑う廉さんを見て、あ、と感じとる。
 これは……私、また聞いちゃいけないことを聞いたのかも。
 昔から踏みこんじゃいけないラインがわからなくて、よく不快に思われることを聞いちゃうんだよね……。

 それで今までさんざん怒られてきたし、友だちともケンカになっちゃったから、相手の反応でやってしまったのが理解できるようになった。


「ごめんなさい……なんでもないです。えぇと、私、ナンパされるのはもう えんりょしたいですね……おしりをなで回されたんですけど、気持ちわるくて」


 あやまったあとに話題を変える、これが何度もやらかしてきた私が身につけたスキル。
 こうすると、それなりの確率(かくりつ)でケンカしたまま終わらず、許してもらえることがある。


「っはは、次の話題がそれ? 相変わらずゆいちゃんにはペース(みだ)されるな~」


 吹き出すように笑った廉さんは、そんなことを言いつつも、いつもどおりの ひょうひょうとした雰囲気をくずしていない。


「ぜんぜん そんなふうには見えませんけど……?」

「そ~? ゆいちゃんをナンパしたやつには、きつ~いオシオキをしたって話だから、安心しな」

「わぁ……えぇと、ありがとうございます?」


 で、いいのかな。
 きつ~いオシオキの内容を想像してしまって、ちょっとこわいんだけど。
 廉さんは笑いながら「どういたしまして」とあっさり返した。

 私はつられるように、へら、と愛想笑いを浮かべて、スマホのスリープを解除する。
 なんの気なしにロック画面へと視線を落としたその目を、私はすぐに大きく開いた。


ありがとうございます💕

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