Gold(ゴールド) Night(ナイト) ―退屈をもてあました男は予言の乙女を欲する―

第1章 黒街(くろまち)から出るための勝負

2,カジノGold(ゴールド) Night(ナイト)

約2,400字(読了まで約7分)



「あははっ、そんなことがあったの」


 落ち着いた濃色(のうしょく)の赤じゅうたんに、金色の装飾(そうしょく)が混じったクリーム色の壁。
 上面が緑色のテーブルと、座ればふかっとする紫紺(しこん)のイスが等間隔(とうかんかく)でならび、一角にはスロットマシンが林立(りんりつ)するここは、カジノGold(ゴールド) Night(ナイト)の店内。
 時計も窓もないせいで時間感覚が(くる)うこの空間で、私たちスタッフはただ今、開店準備中だ。


「笑いごとじゃないですよ、晴琉(はる)くん。おしりを触られたときなんか、ぞわっとしたんですから」

「ごめんごめん。災難(さいなん)だったね、結花(ゆいか)さん」


 白いYシャツに、黒いベストと、同色のスラックスというおなじ制服姿をした、1歳上の後輩にねぎらいの言葉をもらって、私はうなずく。
 各テーブルを回って、白、赤、緑、黒、紫、オレンジ、グレーの7色があるチップを整理し、専用の置き場にセットしながら、彼のその後を思い浮かべた。

 あの人はどう“始末”されたんだろう。
 さすがにお亡くなりコースではないと思うけど、ちょっと過激(かげき)な罰が(くだ)されたりしたのかな。


「でも、支配人じきじきに助けてもらえてよかったね」


 近くのテーブルで作業している晴琉くんにそう言われて、視線を向ける。
 店内のライトに照らされて、きれいに染まった金髪がきらきらと輝いて見えるのが、彼の容姿のよさをかき立てていた。
 右目の上で、根元を立ち上げるようにして分けられた前髪が、ぱっちりとした金色の目にすこしかかっている。

 文句なしのイケメンである晴琉くんは、私を横目に見て、「さすが特別な女の子」と小首をかしげながらほほえんだ。


「え、特別じゃないですよ……? 私なんて平々凡々(へいへいぼんぼん)な一般女子ですから」

「あはは、結花さんはそう言うけど。中学1年のときからここで はたらいてるんでしょ?」

「まぁ……そうですね」

「いくら無法の黒街(くろまち)とは言え、ここで採用されるのは最低でも高校生から。まちがいなく特別な女の子だよ」


 さとすように言われて、たしかに、と昔のことを思い出す。

 黒街に人が来る理由は、いろいろとあるけれど。
 この街の住人が(かか)えている事情としてよく聞くのは、借金(しゃっきん)だ。
 本人が借金している例もあるけど、家族や恋人が借金をしていて、その担保(たんぽ)として黒街に連れてこられることが多い。言ってしまえば、人質のようなもの。

 私が黒街に住んでいるのも、その例に もれない。
 我が()の場合は、お父さんが古い知り合いに だまされてサインをしたところが連帯(れんたい)保証人(ほしょうにん)(らん)で、多額(たがく)の借金を背負ってしまい。
 お母さんと2つ上のお兄ちゃんと、当時赤ちゃんだった私の3人が黒街に連れてこられたらしい。

 そこまでは、まぁよくある話なのだけど。
 4年前……私が中学1年生のとき、お母さんが病気で亡くなってしまって、私とお兄ちゃんは、これからどう生活していくかという問題にそうぐうした。
 お兄ちゃんが出した結論は、お父さんをたよること。

 借金をして黒街に連れてこられた人が黒街を出るには、とうぜん、借金を完済(かんさい)する必要がある。
 でも、黒街にはひとつ、外に出るための例外があって。
 それが、カジノGold Nightで“外”を()けて勝負し、勝つことなんだ。


『希望するゲームは?』


 当時、高校生ながらGold Nightの支配人をしていた(みかど)さんは、今と変わらず、この世のすべてに興味がなさそうな、冷たく、()だるげなようすで聞いた。


『ブラックジャックで、お願いします』


 お兄ちゃんは きんちょうした顔で、勝負にいどむために数日間勉強していたゲームの名前を()げ、テーブルについた。
 ランダムに くばられたトランプの合計を21に近づけるゲームが、ブラックジャック。
 昔からなにかと運がよかったお兄ちゃんは、帝さんが提示(ていじ)したルールで見事に勝ち、黒街から出る権利を()た。


『次は妹の番だ』

『え……ま、待ってください。妹の代わりに、もう一度僕が勝負します』

『代理は認められない。……お前が希望するゲームは?』

『えぇと……あのぉ、一番ルールが かんたんなゲームはなんですか……?』

『……ウィール・オブ・フォーチュンだ。あの円盤(えんばん)をディーラーが回して、円盤の頂点がどのわくで止まるかを予想して賭ける』


 帝さんが示したほうを見ると、垂直(すいちょく)に立っている、大きくてきらびやかな円盤の一部が、遠くからでも目に入った。
 しくみはよくあるルーレットとおなじで、ただその当たりを予想するだけ。
 それならたしかに かんたんそうだと、私はウィール・オブ・フォーチュンでの勝負を希望した。

 そして、帝さんが提示した、15分以内に一定以上のチップをかせぐというルールで、目標を達成できずに負けた。


『男のほうに送迎(そうげい)を』

『そんな、結花……! 待ってください、僕たち母が亡くなったんです! 妹を1人にできません! もう一度勝負させてもらえませんか!』

『……。外を賭けた勝負は一度きりだ』


 お兄ちゃんは連行されるように黒街を出て行き、残された私は、人生のピンチをむかえた……はずだったのだけど。
 名前と年齢(ねんれい)を聞かれた私は、そのあと、なぜかGold Nightで(やと)ってもらえることになった。衣食住(いしょくじゅう)つきで。

 周りにはたいそう ふしぎがられたけど、私だって今でもなぞに思っている。
 私はとりあえず、へへ、と晴琉くんに向けて笑い、ごまかした。


「それに、結花さんは――」

《――青波(あおなみ)結花(ゆいか)、セキュリティールームへ来るように》

「んぇっ」


 晴琉くんの言葉をさえぎってカジノフロアへとひびいたアナウンスに、びくっと肩がはねる。
 せ、セキュリティールームに呼び出しなんて……私、なにかしちゃったかな。


「あれ。結花さん、呼ばれてるね」

「は、晴琉くん……心当たりがなくて、こわいんですが」

「あはは、きっと大丈夫だよ。こっちは僕がやっておくから、行ってらっしゃい」

「ありがとうございます……行ってきます……」


 笑顔で引き受けてくれた晴琉くんにチップの整理を任せて、私は肩を丸めながらセキュリティールームへ向かった。


ありがとうございます💕

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