Gold(ゴールド) Night(ナイト) ―退屈をもてあました男は予言の乙女を欲する―

第3章 予言が引き寄せた恋

2,歌姫がついたうそ

約2,300字(読了まで約7分)


 いつもどおり気だるげな、抑揚(よくよう)の少ない声が聞こえて、はっといつのまにか うつむいていた顔を上げた。
 おどろいた顔で振り返る歌姫さんのさらにうしろには、玄関(げんかん)ホールのほうから歩いてくる(みかど)さんがいる。


「し、支配人……!」

「帝、さん……」

「仕事を放り出してなにをしているかと思えば。結花(ゆいか)との話は、フロアで歌うことよりも、うちに利益(りえき)をもたらすのか?」

「っ……も、もうしわけありません。この子が支配人と一緒に暮らしていると聞いたもので、すこし()いてしまったんです」


 歌姫さんはすぐに反省した顔になったけど、最後に はかなく笑った。
 思わずなんでも許してしまいそうになるその顔を見ても、帝さんは無表情のまま。
 それでも、帝さんは歌姫さんと、特別な関係なんだよね……?


「今すぐ仕事にもどれ」

「……はい。失礼いたしました」


 歌姫さんは胸に手を当てて頭を下げる。
 ちらりと私を見て にらんだあと、歌姫さんは帝さんに会釈(えしゃく)しながら来た道を引き返した。
 帝さんはすれちがう歌姫さんを見ることもなく、私に近づく。

 さっきの話を聞いたあとだと、帝さんの顔を見ているだけでも胸がずきずきして、へにょ、と顔がゆがんでしまうのを止められなかった。


「……あの女から、なにを言われた?」

「んぇ……そのぉ……」


 歌姫さんが帝さんと特別な関係だって聞いた、なんて本人を前にして言えないし。
 視線を落として口をつぐむと、帝さんは「待て」と言った。


金栗(かなぐり)美歌(みか)。おまえとの契約(けいやく)は今日で終わりだ。もう帰っていい」

「へ……っ?」

「……えっ? そんな、支配人、どうしてですか!?」


 帝さん、急になにを。
 びっくりして顔を上げると、玄関ホールにもどるところだった歌姫さんも、あせった顔で引き返してくる。


「おまえが結花に言ったこと。それがすべてだ」

「っ……あ、あれは、つい言ってしまっただけなんです! 支配人がその子を特別あつかい しているように見えて、嫉妬してしまって……」

「……ここに残しておけば、おまえは またくり返すだろう」

「もう、もう二度と支配人と寝たなんて うそはつきません! ですからお願いします、ここで歌わせてください!」


 振り向いて冷たい目を向ける帝さんに、歌姫さんは必死なようすで頭を下げた。
 “支配人と寝たなんて うそ”……?と、歌姫さんの言葉に ぱちりとまばたきをすると、帝さんは目を細めて歌姫さんを見てから、私に視線をもどす。


「結花、あの女を()いたことはない。あの女から聞いたことはすべて忘れろ。くだらないうそだ」

「え……?」


 大きく目を開いた私に背中を向けて、帝さんは歌姫さんに近づく。


「もうしわけありません! もうしわけありません!」

「契約は終わりだ。そののどを つぶされたくなかったら、大人しく帰れ」

「……!!」

「1秒でもこの場に残れば……」

「っ、失礼いたしました!」


 歌姫さんは ふるえた声でさけぶと、従業員用通路の向こうへ、ドレスのすそをつかんで走っていった。
 帝さんはその姿をながめて、玄関ホールへもどっていく。
 1人、ぽつんとこの場に残された私は、めまぐるしく起こったことを必死に整理しようと、自分のほおに触れた。


「えぇと、歌姫さんが言ったことは、うそ……?」


 帝さん、歌姫さんとそういう関係になったことはないの……?


「よ、おつかれ~、ゆいちゃん」

「わっ。び、びっくりした、(れん)さん……!?」


 ぽん、ととつぜん肩をたたかれて、私は はね上がりながら振り返る。
 いつのまにかうしろに立っていたのは、へらりと笑う廉さんだった。


「あの女がゆいちゃんを追って、カジノフロアを抜け出すのが見えたからさ。すぐ帝サマにご報告したわけよ。無事解決したようで なにより」

「え……あ、ありがとうございます」


 帝さんが来たのは、廉さんが呼んでくれたからだったんだ……。


「しっかし、今日は厄日(やくび)だなぁ。客にも女にもからまれて。大丈夫かい、ゆいちゃん?」

「は、はい……ちょっと混乱してますけど」

「ん~? どうした?」


 廉さんってやっぱり、セキュリティールームからぜんぶ見てるんだなぁ、と思いつつ。
 ゆるく笑って聞いてくれた廉さんに、私は前のめりで確認した。


「あ、あの、帝さんってほんとに、歌姫さんと、そのぉ……特別な関係になったこと、ないんでしょうか?」

「帝サマが、あの女と? ないない、絶対ない。なに、あの女に吹きこまれたん?」

「吹きこまれたというか、帝さんと寝た歌姫さんのほうが特別だって……」


 しょも、と眉を下げてもやもやを吐き出すと、廉さんは私の頭をぽんぽんとなでる。


「けん制してやろうっていう わるあがきだな。帝サマの特別になりうるのは、ゆいちゃんだけだよ。だれになに言われたって気にすんな」

「私、だけ……」


 廉さんにそう言われて、なぜかうれしくなってしまっている私がいる。
 でも、“特別”って、たぶん……。


「私が……帝さんの命を救う存在だから、ですよね?」

「……へぇ、帝サマがそこまで話したのか。いい調子だ、そのまま帝サマを落としちまいな」

「んぇ……廉さんも、私が勝つことを望んでるんですか? なんで……」


 帝さんも廉さんも、私に勝とうって思ってないんだろう?
 これじゃあゲームになってないような。
 うーん?と首をかしげると、廉さんは笑ってすこしかがみ、私の頭をゆっくりなでながら目を合わせた。


「愛の魔法で死が遠ざかるんだ。俺も帝サマが死ぬことは望んでないから、がんばってくれ、ゆいちゃん」

「愛の、魔法……?」


 とつぜん、おとぎ話みたいなワードが。
 私はあくまで、帝さんの命を救うだけの存在のはずなのに……。
 どうして帝さんも廉さんも、私が帝さんを落とすことを望んでるんだろう?


ありがとうございます💕

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