Gold(ゴールド) Night(ナイト) ―退屈をもてあました男は予言の乙女を欲する―

第2章 ドロップハートの攻防戦(こうぼうせん)

13,好奇心の質問

約2,600字(読了まで約7分)


 もぐもぐと、大人しく私の手からおかゆを食べている(みかど)さんを見ていると、なんだか、こう……そわそわする。
 もしかして私、無自覚にハードルが高いことをしているのでは。


「ふー、ふー……」


 次の一口をすくって、熱を冷ましてから帝さんの口元へ運ぶと、おかゆは帝さんの口内へおさまった。
 たまに「どうぞ」と言うくらいで、しずかな空間で帝さんのお食事を手伝っているうちに、帝さんはおかゆを完食する。


「けほっ……」


 レンゲを土鍋のなかに入れてふたを閉めていると、となりからセキが聞こえて視線を向けた。
 あれ……帝さん、なんだかさっきより顔が赤みをおびてる?
 セキもしてるし、もしかして熱が上がったのかな?


「帝さん、ちょっと失礼しますね」

「……」


 ことわりを入れて、長い前髪の下に手を差しこむと、思ったほどの高熱は伝わってこない。
 最初のインパクトが強すぎたせいかもしれないけど、むしろ最初より熱はやわらいでるような……?

 うーん……もしかして、具合がわるいのをがまんしなくなったから、ちゃんと体調不良が表面的に見えるようになってきたのかな?


「……マスク、しておけ」

「あ、はい」


 けほ、とまた小さくセキこんだ帝さんを横目に、トレーに置きっぱなしだったマスクを顔につけた。
 帝さんが がまんするのをやめてくれたなら、いい調子だ。


「帝さん、なにか してほしいことはありませんか?」

「ない」


 他にもなにか できることはないかと、口角を上げて聞くと、あっさり振られる。
 でも、帝さんは自主的に体を横たえて、ふとんのなかにもどった。
 私はタオルを新しい氷水につけて、水分をしぼりとってから帝さんのおでこに乗せる。


「それじゃあ、帝さんがお話してくれたみたいに、私も帝さんとお話していいですか?」

「……あぁ」


 帝さんの肯定(こうてい)を聞いて、えんりょなくベッドに近づいた。


「帝さんの好きなこととか、(れん)さんとどうやって友だちになったのかとか、Gold(ゴールド) Night(ナイト)の支配人になった理由とか、いろいろ聞きたいです」

「……」


 思いつくまま口に出すと、帝さんは無言で私を見つめる。
 は、またやってしまった!?と、あわててあやまろうとしたとき、帝さんは視線を天井(てんじょう)に向けて答えた。


「好ききらいは特にない……廉は俺の部下だ。冬木(ふゆき)の人間だから、子どものころから俺に(つか)えていた」

「はあ、部下……」

「Gold Nightの支配人になったのは、当主に命じられたからだ」


 カジノの従業員ともちがう、個人の部下を持っているあたり、(くに)家の人はやっぱりちがうなぁ。
 それに、帝さんに命令した“当主”って、國家のご当主さまのことだよね?


「子どものころから部下がいて、高校生なのにご当主さまからGold Nightの支配人を任されるなんて……帝さんって、やっぱりすごいですね」

「……満足したか?」

「あ、帝さんが子どものころ のことも聞きたいです。帝さんはどんな子だったんですか?」


 横目に見て聞かれたから、好奇心のままに尋ねれば、帝さんは伏し目がちに口を開いた。


「今と、そう変わらない。だが……昔はまだ、世のなかがこんなに退屈なものだと知らなかった」

「え、退屈……?」


 そうかな? いろんな刺激(しげき)であふれてる気がするけど。
 帝さんには、私とは ぜんぜんちがう ふうに見えてるのかなぁ。
 なにせ國家の人だし、なんでもそつなくこなせるし。

 でも……高校生のときからカジノの支配人なんてやってても、帝さんは、世のなかを退屈に感じてるの?
 それって……すごく生きづらそう。
 帝さんがいつも気だるげな雰囲気(ふんいき)で、この世のすべてに興味がないような、冷たい目をしてる理由がちょっとわかった気がする。

 眉を下げて見つめると、帝さんは私と目を合わせて、ぽつりとこぼした。


「死ぬ運命だろうと、興味はない。ただ……結花(ゆいか)が俺に刺激をあたえてくれるなら、それを味わってみたい」

「私が、刺激を?」


 ぱちぱちと まばたきをすると、帝さんはふとんから手を出して、私のほおに触れる。


「俺に勝て。退屈以外のものを……――」


 ほおから伝わる熱にどきどきしながら、帝さんの視線を困惑(こんわく)とともに受け止めた。
 “俺に勝て”って、ドロップハートで、ってこと……だよね?
 帝さんは、私が勝つことを望んでるの?


「けほっ……もう、遅いな。部屋にもどれ」


 帝さんはセキをしたあと、するりと手を引いて、どこかに視線を向けながらそんなことを言う。
 その視線の先をたどれば、壁にかけられた時計があった。
 たしかに、もう遅い時間だけど……。


「心配だから、そばにいたいです。今日は帝さんのお部屋で寝てもいいですか?」

「……ぶり返すぞ」

「マスクは外しません!」


 意気ごむように両手をにぎると、帝さんは、じっと私を見つめたあとにため息をこぼす。
 それから、かけぶとんをめくった。


「帝さん……?」

「ここで寝るんだろ」

「えっ!?」


 み、み、帝さんのベッドで!?
 私はぶわっと赤面して、あわてて弁解(べんかい)する。


「そ、そんな! 私、床で寝ますから! それか ソファーをお借りして!」

「病み上がりの人間を、そこらの場所で寝かせておけるか……」

「うぅ……」


 なにも言い返せない。
 でも、帝さんのベッドで一緒に寝るなんて~……っ。
 私は顔の熱を感じながら、せいだいに目を泳がせた。


「……俺がチェッカーを外してるあいだに、俺に慣れておけ」

「!」


 帝さんのその言葉に、たしかに、と納得して、ベッドを見る。
 今のうちに、帝さんにくっついておけば、これからちょっとしたことで どきどきすることがなくなるかも……!?
 名案すぎる提案(ていあん)採用(さいよう)して、私は「わかりました!」とベッドにおじゃますることにした。

 さっそくベッドに入ると、帝さんは私に背中を向けるように体勢を変える。
 風邪(かぜ)が移りにくくなるように、かな……?
 このままとなりにいるだけでも どきどきはするけど、せっかくならもっと耐性をつけるために、と私は思い切って帝さんの背中に抱きついた。


「……」

「つ、つらくて目が覚めたら、えんりょなく私を起こしてくださいね……!」


 自分でやっておいて、これ、心臓が口から飛び出そうなくらいどきどきする……!
 私は「あぁ」という帝さんの返事を聞いて目をつぶり、眠れそうにないほど ばくばくとさわぐ鼓動(こどう)を、しばらく聞いていた。


ありがとうございます💕

(※無断転載禁止)