Gold(ゴールド) Night(ナイト) ―退屈をもてあました男は予言の乙女を欲する―

第2章 ドロップハートの攻防戦(こうぼうせん)

11,いつもどおりの(みかど)

約2,100字(読了まで約6分)


 従業員用通路を通って支配人ルームまで来ると、私はコンコンコン、と扉をノックして「おつかれさまです、青波(あおなみ)です」とあいさつした。


「はいはい、どうぞ~」

「あれ……?」


 扉の向こうから返ってきたのは、どう考えても(みかど)さんとはちがう声。
 というか、(れん)さんの声に聞こえたけど……?
 私は首をかしげつつ、「失礼します」と支配人ルームの扉を開けて、なかに入った。

 そこにいたのは、やっぱり廉さんと、この部屋の主である帝さんの2人で。


「ゆいちゃん、復帰(ふっき)そうそうでわるいけど、帝サマ連れて早退(そうたい)してくれるか?」

「え? 早退、ですか?」


 帝さんを連れて?
 ぱちぱちとまばたきをしながら、「ほら、観念してチェッカー外してくださいよ」と帝さんに話しかける廉さんを見る。
 帝さんは廉さんを横目に見てから、スーツをすこしまくってチェッカーを外した。

 廉さんは帝さんからチェッカーを受け取ると、私のほうへ歩いてきて、帝さんのチェッカーを差し出す。


「帝サマ、ゆいちゃんの風邪(かぜ)もらっちゃったみたいでさぁ。これはゆいちゃんが家に持ち帰っといてくれるか?」

「み、み、帝さんが風邪を!?」


 思わず廉さんのうしろにいる帝さんを見たけど、顔色から表情から立ち姿からなにまで、いつもどおりの帝さんに見えて、風邪……?と首をかしげた。


「そう、気づくの遅れたけど、だいぶ熱出てるからゆいちゃんに看病(かんびょう)たのむわ」

「は、はあ……わかりました」


 ひとまず帝さんのチェッカーを受け取ると、廉さんは「先に帝サマ車に乗せとくから、ゆいちゃんは着替えてから来てくれ」とゆるく笑う。
 もう一度帝さんに視線を向けても、やっぱりいつもどおりにしか見えなくて、うーん?と思いながら、私はうなずいた。


****

 廉さんが呼んだらしく、いつもよりうんと早い時間に(むか)えに来てくれた車に乗り、帝さんと一緒に家へ帰ってきた。
 看病をお願いされた身として、いつもと変わりなく歩く帝さんのとなりを歩き、帝さんの部屋までつきそったはいいものの。
 帝さんはモノクロカラーの部屋に入るなり、気だるげに言う。


「仕事をする。結花(ゆいか)は部屋にもどっていい」

「んぇ……でも、廉さんが……」

「わざわざ休まなくても仕事に支障(ししょう)はない」


 “わざわざ休まなくても”、“支障はない”……っていうことは、やっぱり体調をくずしてるってことだよね?


「……帝さん、失礼します」


 私はすこし考えてから、帝さんの前に回りこんで、前髪の下に手を差しこんだ。
 すると、手のひらに人の体温をはるかに上回った熱を感じて、目を見開く。


「な、なんでこんなに熱があるのに平然としてるんですか!?」

「……」


 顔色までいつもどおりって、どんな魔法を使ってるの!?
 これはたしかに早退案件だし、看病も必要だよ!!
 私はあわてて帝さんの腕をつかみ、部屋の右側にあった黒いベッドへと、帝さんを引っぱっていった。


「こんなに熱があるのに仕事なんてしちゃだめです! 大人しくしててください!」

「これくらい……」


 帝さんをベッドに座らせて、スーツのボタンを外しながらお説教をすると、当の本人はため息をつく。
 でも、私の手にかかったその吐息(といき)すら相当に熱くて、ああもう、とわからないなりにネクタイを急いでゆるめた。
 Yシャツのボタンにも手をかけて、1つ、2つ、3つ……と外してから、露出(ろしゅつ)した(はだ)に気づき、はっ、と赤面する。


「ご、ごめんなさいっ! えぇと、1人で着替えられますか? 使用人さんを呼んできましょうか?」

「……いい。そこのクローゼットに服があるから、適当に取ってくれ」

「わ、わかりました!」


 顔をそむけていても、帝さんが自分でスーツを()ぎ始めたのがわかって、すぐにそこ、と教えられたクローゼットの前まで移動した。
 失礼します、と心のなかでことわりを入れながらクローゼットを開けて、えぇと、と寝間着(ねまき)に使えそうなものを探す。
 あちこち かきわけてグレーのスウェットを見つけたから、上下がそろっていることを確認して帝さんのもとまで運んだ。


「はっ……き、着替え、持ってきました……」

「……あぁ」


 帝さんがなにをしているか うっかり忘れて、肌色面積が多い姿を目撃してしまい、ぎゅいんと顔をそむけながらスウェットを差し出す。
 すこしして、私の手からスウェットが離れていったのを感じとり、帝さんに背中を向けて立った。
 両手で顔をおおいながら、衣擦(きぬず)れの音が聞こえなくなるまで待つと、「いいぞ」と帝さんの声が聞こえる。

 おそるおそる振り返ると、帝さんはスウェット姿でベッドわきに立っていた。
 こんなラフな格好(かっこう)をしてるところ、初めて見た……じゃなくてっ、早く寝かせないと!


「さぁ、帝さん、早く横になってください」

「……仕事、」

「だめです! 具合がわるいときは休まないと。ゆっくり寝て、体を治してください」


 かけ布団をめくってすぐベッドに入れるようにしてから、私は眉を下げて帝さんに笑いかける。
 帝さんはしばらく無言で私を見つめていたけど、観念するようにため息をついてベッドに入った。


ありがとうございます💕

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