Gold Night ―退屈をもてあました男は予言の乙女を欲する―
第2章 ドロップハートの攻防戦
9,風邪 をひいた結花
「は、はい、どうぞ……!」
どぎまぎして、ちょっと姿勢を正しながら返事をすると、扉が開いて、黒を基調とした家具が見える部屋から帝さんが入ってくる。
「お、おはようございます、けほっ……んん、すみません、
「あぁ」
ひとまず仕事について言っておかなきゃいけないことを、と先に
もう使用人さんから聞いたりしてたのかな……?
「チェッカーを外しておけ。体調不良でもカウントされる」
「あ、はい……」
扉の前に立ったままそう言われて、そう言えばお風呂上がりからつけたままだったチェッカーを左手首から外す。
こと、と腕時計のような見た目をしたチェッカーをテーブルに置くと、帝さんがソファーに近づいてきた。
「まだ食べるか?」
テーブルの上のおかゆを見て聞かれ、「えぇと……」とびみょうな返しをしてしまう。
帝さんは私に視線を移して、答えを待つように見つめてきた。
「そのぉ……食べたいところなんですけど、お
「それなら残しておけ。あとで片付けさせる」
帝さんにそう言われると、はい、とすなおに うなずくことができる。
話が終わるまではソファーに座っていようと思ったのだけど、帝さんは私の前に手を差し出した。
首をかしげれば、「立て」と言われて、帝さんの手を取りながら、ふらふらと立ち上がる。
帝さんは私をベッドに連れて行き、横にならせた。
「体調をくずさないように、使用人が管理しているはずだが」
「あ……えぇと、たぶん、私のせいです……昨日は、けほっ、長風呂をしたあと、しばらく家のなかを歩き回っていたので……」
私は布団を口元まで引き上げて、「すみません、帝さんのとなりの部屋になること、きんちょうして……」とあやまる。
「……そうか」
帝さんはベッドわきから私を見下ろしたまま、ただそれだけ答えた。
気持ち、朝より体がしんどいのだけど、さっきまで寝ていたせいか、すぐにまた眠れそうな気配がない。
帝さんも、ベッドわきに立ったまま、話を終えてどこかへ行くそぶりがなく。
もしかして、そばにいてくれるのかな……?
「あのぉ……よかったら、座ってください」
「……」
はしっこを空けて、ベッドに座れるスペースを作ると、帝さんはそこを見たあと、部屋のなかにある1人がけのソファーをベッドわきまで移動させた。
ベッドに座ってもらってよかったのに……あ、でもあんまり近くにいて風邪が移ったりしたらよくないか……。
白いソファーに座った帝さんは、私と目を合わせて、しばらく無言で見つめ合ったあとに口を開く。
「外に出たいのは、
「え……はい」
「……どこがそんなに好きなんだ」
しずかに聞かれて、私は「えぇと」と
「最初は、ゲームのなかのカジノで遊んでいる切り抜き動画を見かけて……びっくりするぐらい運がよくて、でも引きどころをわかってたり」
ただ強運なだけじゃなくて、理性的に
カジノで はたらいてるからこそ、めったにいる人じゃないって、一目惚れしたのかなぁ。
「あ、でも、それだけじゃなくて……けほっ、ちょっと待ってくださいね」
私はまくらもとに置きっぱなしだったスマホをたぐり寄せて、お気に入りの動画を検索する。
目的の切り抜き動画を見つけると、再生を始めて、帝さんに見せた。
《僕、雨ってけっこう好きなんだよね。ほら、雨が降ったあとってさ、水たまりができるでしょ》
スマホを持ちながら、うんうん、と博ツキくんの声を聞く。
《僕さ、水たまりを踏んで、どこまで水しぶきを飛ばせるかチャレンジするのが好きなんだよね》
《え、みんなやらないの!? あんなに楽しいのに!? 博戯家では雨上がりの定番だったよ!?》
コメントと話す博ツキくんの声がとぎれ、動画の再生が終わると、私はスマホをシーツの上にもどして、帝さんを見た。
「これ、視聴者の人みんな、やらないよって笑ってるんですけど、私は共感しかなくて……! この動画を見て、私、一生この人を推そうって決めたんです」
「……そうか」
あれ、おかしいな。
いつもどおりの無表情なはずなのに、なぜか帝さんがあきれた顔をしてるように見える。
「……楽しそうだな」
「! はい! 今度雨が降ったら、帝さんも一緒にやりましょう!」
「……あぁ」
帝さんにわかってもらえたことが うれしくてうれしくて、にっこにこの笑顔でさそうと、まさかの
“あぁ”だって! 帝さんが“あぁ”って言ってくれたよ!
わ~っ、近づきがたい
4年間一緒に暮らしてたけど、ぜんぜん知らなかった!
え、うれしすぎて風邪も治りそう! っていうかもう治ったんじゃないかな!?
体のだるさも頭痛も吹き飛んで――
「――けほっ、けほっ、こほっ」
「……大人しくしてろ」
「は、はいぃ……」
治ってなかった、ぜんぜん。
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